83話 ハロウィンの夜に
すっかり肌寒くなった晩秋。
何時もより時期の早い木枯らしの吹いたハロウィンの夜の出来事である。
すっかり遅くなった時刻、会社から帰宅し
煌々と月明かりに照らされた屋敷の庭の風情を楽しみながら
玄関へとたどり着く。
すると、何やら玄関先に女たちが集まっており
そこにはハロウィンでお馴染みのカボチャ頭をした奇妙な怪異
ジャック・オ・ランタンが座り込んでいたのだった。
ある意味において、実にシュールな光景である。
彼の周りは、我が家の女たちと
ハロウィンパーティーに集まった妖怪女性達が怖い顔をして取り囲んでいる。
よく見れば彼はカボチャの表面にタラリと冷や汗をかき
冷たい地面に正座させられているのである。
何 が あ っ た ッ ! ?
───「この人、ヘンタイですッ!」
いつもは穏やかな雪音さんにしては珍しく、かなり憤った様子で俺へと捲し立てる。
…まあ、変態かと問われれば、ジャック・オ・ランタンとは
限りなく変態ちっく寄りな容姿ではあるのだが。
だが見た目でヒトや妖怪を判断するのも、如何なものか?と思わないでもない。
俺はカボチャ顔のくり抜かれた目を見る。
そこには困惑したような光が浮かび、そして首をプルプルと否定するかのように震わせる。
「まあまあ、雪音さんも皆んなも落ち着いて? まずは話を聞こうか。」
────事の起こりを聞けば、こういうことだった。
日が暮れ、すっっかりと暗くなった
屋敷のドアがノックされ、その応対に式神幼女の鈍色と天色が出た。
樫材の重い扉を開け、そこにいたのは…
『トリック オア トリートッ!』
さっそうとマントを跳ね上げ
そう叫ぶジャック・オ・ランタン氏が立っていたのだった。
───この怪奇ッ!カボチャ男との不期遭遇に
鈍色と天色は、小首を傾げてから、顔を見合わせ、こう尋ねた。
「『とりっくおあとりーと』でありまするか? 」
「我が家は、もう新聞は取っているのでありまする。」
「だから『とりっくおあとりーと』は要らないのでありまする。」
二人は、そう告げドアを閉めようとしたものだから
ジャック・オ・ランタンも慌てて
「そんなこと言わずに三ヶ月だけも!サービスするから!・・・って違うッ!」
などと手に持っていた洗剤を地面に叩きつけ、自分で自分にツッコミを入れつも
大きなカボチャ頭を揺らし、口角泡を飛ばしながら必死に来意を説明し始めたそうな。
「違う!違うョ!トリックオアトリートってのは「お菓子くれないと悪戯しちゃうぞ!」って意味だよ!」
2人は、このジャック氏の説明に対して
「お菓子をあげないと身たち「いたずら」されちゃうのでありまするか?」
「そうッ!」
カボチャ男は力強く頷いたのであった。
で、このジャック・オ・ランタンと式神幼女達との
やり取りを雪音さんたちが聞いていた訳ね。
───おおよその事情は解かった。
些細な認識の行き違いってヤツだね。
「も、もう正座ヤメてもいい?」
苦悶の表情(?)を浮かべたカボチャ男は、俺に尋ねてきた。
まあ、全ては誤解だったわけですしね。。。
「うぉッ! 足がジンジンする!」
ジャック・オ・ランタン氏は正座時間が長すぎて、どうやら足が痺れた様子。
立ち上がろうとはしているのだが、上手く立てず
女の子座りのポーズのまま、足の先をさすりながら呻吟している。
そんなカボチャさんの痺れた足を、鈍色と天色の姉妹小狐が
「オジちゃん痛いでありまするか?」
と擦った・・・その瞬間。
「んほ──────────────────ッ!!!! 」
痺れが脳天まで突き抜けた様な声を上げたのだった。
…お前が悪戯されてどうすんだ?と
───それにしても「トリックオアトリート」発言で変質者呼ばわりされるとか
世知辛い世の中になってきたものですネ。
「全くもってその通りッ!」
パンプキン頭さんは、ようやく足の痺れから回復し立ち上がると
腕を組み、俺の言葉に深い同意を示すかの如く、力強く頷いた。
やっぱりデスネ、ハロウィンてのは子供たちにとっても楽しみなものですしネ
「然り!しかり!」
彼は大きなカボチャの頭を振り、吐き捨てるように
「全くもって嘆かわしいことだッ」
ジャック・オ・ランタン氏は、ぐるりと妖怪女性陣睨めつける。
皆、先程の誤解からの折檻したのがバツが悪いせいか、ジャック氏から一斉に目を逸らす。
大人になるって、悲しいことですネ
この俺の呟きに、ジャック・オ・ランタン氏は拳を作り、力みながら叫ぶ。
「その点、子供たちは純粋で素晴らしいッ!」
「だが、もうJKとかになると心が汚れてるッ! やはり理想はJCとJSッ!」
ハロウィンの夜にジャック・オ・ランタンの魂の演説は延々と続く。
そんな演説のさなか、雪音さんは着物の袂からスマホを取り出すと
何処かへと電話を始めた。
「モシモシ? けーさつですか?すぐ来てください。…ええ、ハイ、変質者が居るんです。」
───屋敷の壁に赤色回転灯の光が映る。
そしてジャック・オ・ランタン氏は、パトカーの後部座席に乗せられて署へと連行されていった。
誰ともなしに呟く。
「嫌な事件だったね・・・」と
───ジャック氏が連行されて行った直後のことである。
屋敷の前にタクシーが停まった。
「ありがとうございました。」
「うびびー!」
そんな声が聞こえ、バタンと扉が閉まる音。
門をくぐり一人の女性が屋敷の庭へと入ってくる。
驚くほどの美貌を誇る女性だった。
その顔を見た途端に、周囲の女性たちが色めき立つ。
「ないごっけ?」
『 島 根 』と書かれたお土産の入った紙袋を持った木花咲耶姫だった。
ああ、もう11月か…神無月も終わりかぁ…