82話 だんじょん!
──いま俺たちは迷宮の最深部に到達した。
そして目の前には、ファンタジーゲームに出てくるような立派な宝箱。
この場にいるのは…
聖剣を持った戦士役の俺。
自分自身を装備した、クノイチ装束の妖刀の忍。
巫女姿で河童印の薬の入ったカバンを持った回復役の雲外鏡の鏡
そんな面白パーティーの一行。
忍者姿の妖刀の忍が慎重にカギを外していく。
「キンッ」と錠の外れた音がした。
ギギッと軋む音を立てて、重い蓋が開く。
中に入っていたのは……ジュラルミンのケースが一つ。
そしてケースのパチン錠をゆっくりと外し、中身を確認する。
中にはギッシリと詰まった諭吉さんの札束。
皆で顔を見合わせ、ゆっくりと頷き、俺はため息を一つ吐き
「ちょっと、迷さんいるー?」
「お呼びですかー?」
どこか、おっとりとした口調がダンジョンの深淵に響き
俺達の前に、いきなり一人の女性が現れる。
黒髪をまとめ上げ、和装に割烹着姿の二十代半ばと思わしき女性。
どこかの粋な小料理屋の女将と言われれば、「成る程」と納得してしまいそうだ。
「これはナニ?」
札束の詰まったジュラルミンケースを指し示し、俺は彼女に尋ねる。
「はい! 迷宮攻略のクリア・アイテムの宝物です!」
彼女…迷さんは、ニッコリと微笑むと
さも「当然」とばかりに説明する。
「……現ナマは止めなさい。」
「え~っ!?」
迷宮の最深部に、素っ頓狂で場違いな声が響き渡ったのである。
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彼女は妖怪「迷家」
山中で道に迷った人の前に、突如として現れる屋敷の妖怪だ。
お腹を減らした旅人に食事を振る舞ったり
不思議な什器や家畜など何か与え、貰った者は冨貴を得ると伝えられる。
ある意味において、福の神の一種だ。
だが、昨今は山中で迷う徒歩の旅人などおらず
すっかり暇を持て余しているのだとか…
そこで彼女は目下のところ
現代風アレンジを施し、再びお客さん(?)を呼び込むべくリニューアル改装中なのである。
俺たちは、そのテストプレイヤーとして問題点の洗い出しに協力を要請されたのだ。
……ただ、彼女が嬉々として持ってきたリニューアル案が
何故か所謂ゲームなどでお馴染みの「ダンジョン」形式だったのです。
迷い家とは一体……?
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ここで一時、休憩がてらタイムを取り
お茶を飲みながら、「ダメ出し」という名の改善案会議を始めることに相成った。
問題だとして、一番やり玉に上がったのはダンジョンの構造だった。
……階段降りて、一本道の突き当りに宝箱配置するのってどうよ?
せめて迷路にしなさいよ?
「だって…迷ったらかわいそう…。」
本気で「ダンジョン」やる気あんのか?あんた
それと迷宮なのに明るすぎる。あとビルの廊下みたいなダンジョンやめて下さいね。
なんかオフィスに侵入した窃盗犯みたいな気分になるから。
「…だって、暗かったら危ないですよ?」
口を尖らせ、上目使いで不満げに反論してくる迷さん。
「良いんだよ!ダンジョンなんだから!雰囲気が大事なの」
そんな俺達の主張に、彼女は渋々といった様子で
「…じゃあ」
パチン!と彼女は指を鳴らす。
すると俺達の周りの風景が一変し、石造りのおどろおどろしい壁や床へと変わる。
やれば出来るじゃない。
でも、まだちょっと明るすぎる気もしますね。
パチン!迷い家は再び指を鳴らす。
すると迷宮は一気に明度を落とし、辺りは暗くなった。
そして、そんな俺たちの頭上には煌々と灯る「非常口」と書かれた避難誘導灯。
「普通はダンジョンに誘導灯はありません」
「だって!だって!完全に暗闇にしたら…世の中には暗所恐怖症の人もいるのに!」
正直、頭を抱えたくなった。
そもそもホスピタリティ精神の塊みたいな妖怪が、ダンジョンやるのに無理がある。
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「……あとは、迷宮の怪物も欲しいところですわね。」
突如として、雲外鏡の鏡がそんな事を言い出した。
ちなみに現在、迷宮で使うランタンの代わりに
鏡が作り出した、光り輝くトラペゾヘドロンならぬ鏡が周囲を照らし出している。
「怪物が欲しい」そのセリフの部分の時に
彼女の口元が、嬉しそうに歪んだのを俺は見逃さなかった。
「そんなモノが本当に必要ですか? 」
迷い家の迷さんは、チョコンと首を傾げる。
「絶対に必要です。」
きっちりキッパリと鏡は、有無を言わせぬ態度で言い切った。
「まあ、そんな大仰な怪物は要らないだろ?」
迷宮の主としてドラゴンとか配置されても
迷い込んできた人たちが死屍累々になるしネ
低層モンスターとして、スライムとかゴブリンかコボルドでも配置して
適当にヤラれたふりして宝箱に誘導すればいいじゃない。
「あ、それでしたら是非ともトラップとかも欲しいところでございますね! 」
負けじと妖刀が、そんな提案をしてくる。
まあ、ちょっと吃驚させる程度の罠ってのも緊張感があって良いかも…。
「吊り天井とか、底に鋭い刃物が並んだ落とし穴とか、スリリングでございますよ?」
充分、危ねえよッ!
お前は、迷い込んだ人たちを殺す気か!?
「……そんなモノなんでしょうか?」
らめぇー!本気にしちゃらめなのー!
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休憩時間が終わり、入り口から再度テストプレイを開始することとなった。
雲外鏡の作り出した、鏡の明かりを頼りに、ダンジョンに挑む。
そして俺が、明かりに照らされた壁に目を向けたところ…
「迷いさん、ターイムッ!」
「はい! 今度はなんでしょう!? 」
バンバンと壁を叩き、そこに貼られているモノについて彼女に問い質す。
【この先、怪物の飛び出しに注意!】
【 ↓ ここに罠があります! 】
【 迷宮案内図ありマス。ご自由にお取り下さい。】
【 ← 宝箱近道はコチラ。】
「なんじゃ、こりゃあぁ!!!」
俺の剣幕に、いささか怯え気味で彼女は答える。
「よ、良かれと思いましてぇ…。」
ハッキリ言わせてもらいますね。
迷さん、貴女にダンジョン・マスターは無理ムリむりのカタツムリ。
もう諦めて、地道に山中で遭難者待ってなさい。
「誰も来ないのは、もうイヤなの! カマって欲しいの! 」
妖怪「迷い家」ってカマッテちゃんだったのかよ!?
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取り敢えず、各種の注意書きを撤去させてから
気を取り直して、再度入り口からスタートする。
明かりを頼りに、慎重に迷宮を進む。
すると、何やら軽快な音楽がかかり、俺達の目の前の空間にウィンドウが開く。
[ すらいむ があらわれた! ]
おおッ!…ようやく、それらしくなってきました!
俺は聖剣を抜き放ち、忍は自分自身たる妖刀を構え、鏡は呪文を唱える準備をする。
そんな俺達の前に現れたスライム。
ぬめぬめテラテラとして、ぷるんぷるんと蠢く!
其れは紛うことなき…
「蒟蒻やないかーい!?」
眼の前に迷さんが現れると弁明を始めた。
「だって…スライムさんに依頼したら予約でスケジュールが一杯だったんです。」
スライムも、あっちこっちで引っ張りだこだからなあ…忙しかったのか。
でも、だからって蒟蒻で代用はないでしょう?
「でも、これ群馬の下仁田の蒟蒻なんですよ?」
なるほど、それなら一級品。
下仁田の蒟蒻は美味しいよね。
違うッ!
「あるじ様! スライムげっと! でございますよ!」
妖刀が蒟蒻を捕まえて、バッグへと仕舞っている。
……まあ良いか。あとで雪音さんに料理してもらおう。
****************
[ こぼるど があらわれた! ]
しばらく進んだ俺達の前に、再びモンスター出現を知らせるウィンドーが開きBGMが響く。
俺たちの前には、一つのダンボール箱が置かれており
その中には狂暴なコボルドが…「きゅーん!きゅーん」とか甘えるように鳴いている。
「ごく普通の子犬やないか!? 」
再び現れた迷さんは、俺との視線をそらしながら
「コボルドの手配が付かなかったものですから…」
「近所のポチに子犬が産まれたので、ちょっとコボルドさんの代用に借りてきまして…」
よくポチが貸してくれましたね!?
こんな子犬が敵で出てきたら倒せんわ!
それどころか、思わずモフモフ、ナデナデするがな!
あー!もふもふ! あー! なでなで!
その場にて皆で子犬たちをモフり倒し始めた。
……俺は充分に堪能したところで、迷さんに向かって
「貴女には向いてない。ダンジョンは諦めて他の方法考えなさい。」と宣告したのだった。
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…その後、彼女は迷宮主を諦め、迷い家の小料理屋を始めたそうだ。
都会の片隅に、ひっそりと…誰かが迷い込む美人女将のいる不思議な小料理屋。
演歌が流れる中で、美味しい料理と美味しいお酒を愉しむ、都会の隠れ家。
最初から、そうするべきだったのだ。
博愛精神あふれる彼女にはそっちのほうが遥かに似合う。
そう考えながら俺はトイレのドアを開ける。
「あら、夏樹さんいらっしゃい。」