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80話 ぼっちなう


──深い深い山の奥。


木々には綿のような雪が積り、時折、粉雪が舞う。

近くでは、一面凍結している岩と岩の狭間を、ざぁざぁと滝が落ち流れていく。


そこからわずか離れた河原では

長い黒髪をまとめ上げ、合気道用の道着を身にまとい

紺のハカマを穿いた雪音さん。と、道着姿の俺は向かい合う。


裂帛の気合も何もない。

ただ互いに静かに、姫神流の構えを取り向かい合う。


構える雪音さんには、付け入る寸毫の隙きすらない。

降り積もる雪の中に微笑む菩薩像のように、ただ存在するだけだ。

静寂の中を刻が過ぎてゆくばかりである。


周囲は肌を刺すような厳寒、吐く息は白く煙る。

だが静かに佇む雪音さんを前に、緊張のイヤな汗が流れる。

まるで巨大な壁のようだ。


耐えきれなくなった俺は雪音さんへと仕掛ける。

拳を突き出し、その手を雪音さんが触ったと思った瞬間…



──俺は宙を舞っていた。



************************



「つめたーいッ!」


俺は放り投げられた雪の中から慌てて飛び出す。

そのまま式神狐少女たちがいる焚き火の側まで行って

パチパチとはぜる暖かな火にあたる。


微笑を浮かべたな雪音さんも側にやって来た。


「…大丈夫でしたか?」


彼女は優しく俺の頬に付いた雪を払ってくれる。


押忍! 流石です師匠!

息が全く乱れていませんネ。



──さて、なぜこんな冬の深山にやって来ているのかと云いますと

本日は姫神流の寒稽古のためにやって参りました!


十分に温まったので、今度は焚き火にお尻を向けて後ろ側を温める。

ふぃー…極楽だよ~。


修行もどうやら一段落、ちょっと休憩タイムです。

そんな俺達の様子を見ていた、ちびっ子式神の一人がズイと前に出て来た。


「はい、質問がありまする!」


一番年下の式神娘の鈍色が手を挙げる。


はい、どうぞ。


「なんで修行なのに、一泊二日なのでありまするか?」


瞳をキラキラさせ、興味津々といった風情で

鈍色はそんな事を尋ねてきた。


うん、非常に良い質問ですね!

それはですね、この修業は、あるじ様のお休みの土日を利用しているからです。

おわかり頂けましたでしょうか?


「はい! 身も質問がありまする!」


鈍色の実の姉妹で、同じく我が家の式神の空色も手を挙げ質問してくる。


「この修業のしおりでは、現地着午後一時で温泉宿のチェックインが午後三時になっているでありまする。」


空色は「修行のしおり」と題された小冊子を広げ、修行の予定の部分を指し示す。


それはですね、何しろこんな山奥ですので、移動に時間が掛かってしまいます。

温泉宿の方は、こんな冬の山の中で野宿したら、人間であるボクは凍死してしまうからです。


かの高名な剣豪の塚原卜伝の逸話にこんなのがあります。


「塚原卜傳馬の後へを避けて過る」


馬は何時後ろ脚を跳ね上げるかわかりません、だからこそ用心して離れた後ろを通るべきだ。

つまり真の強者というものは、常日頃から無用の危険は冒さぬものである。と


だからこそ、あるじ様は無用の危険を避けるために温泉宿へと宿泊するのです。


この答えに2人の式神はウンウンと頷く。


早速、ご理解頂けたようでなによりです。

……他に何か質問のある方はいらっしゃいますか?


この俺の問いかけに、長い銀髪を三つ編みにして後頭部でまとめ上げた

我が家の式神たちの最年長で、メイド長の銀色が

「解せぬ…」といった表情をしながら、おずおずと手を挙げた。


「…実質2時間無い修行って意味があるのでありまするか?」


はい、これはあくまでボクが「修行に行ってきた」という

精神的満足感を味わうための物ですので問題ありません。


「……と、言うわけで修行の時間は終了です。」


たらりと鼻水を垂らしながら

俺は高らかに修行の終了を宣言したのであります。


*****************


歩いて山道を下り温泉宿へと向かっていると、途中の拓けたところがある。

そこは冬の山々を見渡せる絶景のポイントでもあるのだ。


そこには豪奢な黄金の髪を輝かせた狐神の玉藻さん

そして、銀色の髪をゆったりと三つ編みにした天狗の姫が待っていた。


暖か気な登山ルック姿だった。



「お疲れ様じゃ。」

「寒くなかった?」


そう言いながら2人は、まるで雪音さんに見せつけるかのように俺に擦り寄ってきた。

背後から肌を刺すような強烈な殺気と凍気が膨れ上がるのがわかる。


話を逸らすべく、別の話題を振る。


童女わらめは?」


確か茶髪の座敷わらし、もとい、お座敷ギャルの童女わらめが居たはずなのです。


「寒いから、先に温泉宿に行くだって。」


あんの座敷ギャルめ…



──まあ、どうにかこうにか皆んなと合流して一安心。


修行も済ませ、あとは温泉宿でゆっくりと思うと

晴れやかな気分になってくる。


旅行気分も戻ってきて、周囲の山々の冬景色を眺めていると

ムズムズしてきて思わず、俺は山に向かって定番のアレを叫ぶ。


「やっほー!」


『ヤッホー!』


おほー、木霊が返ってきた!

やっぱり山に来たら、これは定番だよねー。


「バーカ!」


『バーカ!』


楽しくなってきた。

日頃の鬱憤の解消にもモッテコイね!


女たちの「男ってバカね」な視線など無視して、もう一回。


「アホー!」


『うっせえよ!童貞!』


「!!!」


いきなり木霊に罵倒された!しかも一番気にしてることを!


「何だとコラ!」


世の中、言って良いことと悪いことがあるのよ!


「ほれほれ、そろそろ征くぞ。」


呆れたような口調で玉藻さんが急かす。


「だって、あの木霊がッ!」


悔しい! このガラス細工のような繊細な男心を打ち砕いた木霊め!

どうしてくれよう?


「童貞って言う人が童貞なんですーッ! 」


『あんだと!この野郎ー!』


「バーカ!ばーか!」


『お前の母ちゃんデベソーッ!』


等と、俺と木霊が低レベルな罵り合いをしていると

ガサガサと熊笹が揺れ、何かが俺達の前に現れたのだ。


おっ!まさかクマか!


「貴様ぁー!さっきから、やかましーわッ!」


それは、気の強そうなつり目気味の大きな瞳で

オカッパ頭に、白い毛糸の帽子、ドテラを着込んだ一人の美少女であったのでした。


***********************


ガサガサと山の中の獣道から現れた一人の少女。

彼女は俺を指差すと


「お前、「なんで、こんな山の中に幼女が?」とか考えたな? 」


なんで考えていることが?と俺が疑問に思った時

雪音さんと玉藻さんと姫が、スッと俺を取り囲むように前に出る。


すると嘲笑するような表情を浮かべた幼女は、雪音さんを指差し


「そこの雪女は「気をつけてサトリです」と警告しようとしている。」


「気をつけてサトリです! 」


幼女の言葉通りの警告を発した雪音さんは

「…クッ」とばかりに表情を引き締め、唇を噛む。


面白げに雪音さんを眺めてから、サトリはニヤニヤと玉藻さんを指差す。


「そこな狐女は「厄介な…」と考えている。」


玉藻さんはサトリの言葉に「ちっ!」と短く発すると押し黙る。


満足気に頷くと、スイッと指を天狗の姫に向け…


「そして、そこの天狗女は…! そんなこと考えちゃおらんわ!ボケェ! 」


いったい何考えてたの?


「また夏樹の妖怪ハーレムのメンバーが増えるのかな?とか考えた。」


ハーレムなんて人聞き悪いわ!


「そこの人間!「こんなツルペタ幼女とか論外」とか失礼なこと考えてんじゃねえ!」


「あと、そこの雪女ッ!なに「勝った!」とか考えてんじゃ!」


隣りにいる雪音さんが何故か小さくガッツポーズを取っていた。


ううむ! さすがは妖怪サトリ。

こちらの考えていることは何でも御見通しかッ!


サトリは「クククッ…」と不気味な笑い声を上げ、勝ち誇るように


「そうよ、人であろうが妖怪であろうが、妾には全てお見通しよ。」


勝ち誇るように、そう口にする妖怪サトリ

だが、その表情は…どこか寂しげに思える。


この思考が見えたのか、俺をチラリと見てからサトリはその視線を外す。


「「見えすぎるが故に、このような深山におるのか」と考えたな?」


そして、ゆっくりと俺達の方を振り向くと


「そうだ!貴様らの思考は妾にとっては雑音ノイズに過ぎぬ。」


まくし立てるように言い募ると、再びプイっと顔を背け


「……そのために孤高を求めて、人無き山奥にいるのよ。」


彼女は雪に覆われた冬の山々を眺めながら、己にも言い聞かせるように呟く。

その声には、なにか深い悲しみのようなものが滲んでいるような気がした。


──だが…


「貴様! 今「ぼっち」とか考えたな! 」


突然サトリは振り向き、玉藻さんに対して激高するかのように詰め寄る。

それに対して玉藻さんは、「てへぺろ」とばかりに舌を出して、そっぽを向く。


そしてクルリと振り返り、俺達の方に向かって叫ぶ。


「誰だーッ!「友達いないの」とか「かわいそう…」とか思ったヤツは!」


サトリは「……ぐぬぬぬぬ」奥歯を噛み締め、実に悔しそうな顔になると


「わ、妾だって友達くらいはおるんだからな! 」


慌てふためき、いきなり理由のわからない弁明を始めたのである。


「ネトゲとかだってしてるし、SNSとかメールのやり取りだってしておる!」


……よりによってネトゲとかかよ。


なんか眼鏡かけた妖怪サトリが、炬燵の上にノートパソコン置いて

必死にネトゲやったり、キーボート叩いている様を想像してゲンナリする。


てか、このんな山奥までネット環境来てんだ。


「つい先日だって、「サトリちゃん幾つ?」「今度2人で会わない?」とか言われたし…」


ネットだから相手の考えてることがわからないのか?

下心を見抜けよ…てか、絶対にそいつとは会っちゃダメだぞ?


「お前らにはわかるまい!麓のコンビニのバイトに

「何時ものウェブ○ネーの人」とか覚えられてる妖怪の気持ちがッ!」


彼女は涙目になりながら、そんなヒッキーな主張を力説してきた。


サトリってコンビニに行くんだ…

てか覚えられるほどウェブ○ネーばっかり買ってるのか…


顔を真っ赤にして、「はぁはぁ」と息を切らし己の思いを吐き出していたサトリだったが

そしてクルリとこちら向くと、顔を赤くしモジモジとして上目使いで切々と告げる。



「だ、だから…そなた等…わ、妾とリアルの友達になってたもれ…」



だったら最初から「友達になって」って言えよ。


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