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78話 節分戦記


──「いくぞーッ! 野郎どもッ! 」



『  ウ  お  ォ    ー  ッ  ! 』



俺たちの眼前には、無数の屈強そうな鬼たち。

彼らは、一斉に拳を天に突き上げて鯨波ときの声を上げる。


頭から突き出したツノ、鍛え上げられた肉体に、トラ柄のパンツ。

これ以上はないってくらいに鬼たちである。


ただ伝承の鬼たちと一つ違うとすれば・・・

彼らは一様に白いタスキを付け、悲壮な覚悟を決めた面構えをしている。


その表情は、彼らの余裕の無さを物語っている。


「目標!前方屋敷玄関口! 躍進距離約50! 」


「前進開始ッ!」


そして鬼たちは屋敷の玄関へ、俺たちへと向けて動き始めたのだった。



********************




───明日はもう立春である。


寒さも、もう少しの辛抱である。

会社帰りの冷たい木枯らしに、雪音さんの編んでくれた手袋が暖かい。


世界広しと云えども雪女に防寒対策してもらえる男というのも

稀有な存在ではあるまいか?


そんなバカな事を考えながら家路を急ぐ。

道々の家からは時折「鬼は外ーっ! 福はうちーっ!」の声が聞こえる。


本日は節分だからね。

我が家でも豆まきしなきゃネ・・・

と、ここまで考えたところで、唐突に気がついた。


「鬼」って妖怪だよね。


嫌な予感がして、屋敷へとダッシュ。



*************************


案の定であった。

嫌な予感ほど、よく当たる。


屋敷の至る所に、有刺鉄線が張り巡らされ、そして土嚢が積まれていた。

あまつさえ塹壕線までが構築されていたのだった。


いやん、塹壕足トレンチフットになりそう。


なんてこったい!

ここは、どこの「西部戦線異常なし」なの?

レマルクもビックリだよ!


何時もは玄関で三つ指着いて出迎えてくれる雪音さんが

屋敷の前に暗がりに立ち、「こっちに、おいで、おいで」をしている。


闇の中からの着物美人の手招きとか、ちょっと怖いとか思った。


「お帰りなさいませ。」


「この有様は一体……」

「節分ですので」


玄関までの道すがら、俺の三歩後ろを歩く雪女は当然の如く言ってのけた。


「あ、そこ気をつけて下さいましね。」


と道の一角を指し示し注意をしてくる。


対人地雷クレイモアが仕掛けてあります。引っかけると散弾バラ撒きますよ?」


「たいじんじらい」だって……

ここはどこのカンボジアやアフガニスタンなんでしょうか?


ボクのお屋敷は戦場だった。


「やっぱり鬼?」

「はい、邪鬼と呼ばれる鬼の一種です。」


やだ、4人兄弟の三男で、なんか変な仮面被ってショットガンとか持ってそう。


屋敷内に入ると、玉藻さん、天狗の姫、等の何時もの面白メンバーが揃っており


何やら屋敷を模した模型が置かれ

そこに青や赤の色に塗られた将棋の駒が並べられている。


その模型を眺め、駒を動かしながら「あーでもない」「こーでもない」と作戦を立案していた。



「如何にして、邪鬼達の攻勢を誘導するかが勝敗の決め手だよ?」


「側面を突破される危険性は?」


「縦深地雷原と霊力結界の2本立て」


「ロシア人のように犠牲を覚悟で地雷原の突破を図る可能性は?」


「安全な狭い回廊を通って来るのなら、こちらは内線の利を活かしまくれるね。」


「出てきたところに防御射撃の集中砲火。それで概ね叩き潰せるよ。」


「何よりも彼等には時間がない。節分は今夜0時までだからね。」


「連中としては正面からの強襲あるのみか。」


「彼等の攻勢が始まったら、暫時後退し縦深陣の内部に誘い込む。」


「そして、まとめて叩き潰す。か?」


「そう、・・・で手配は?」


キミたちってば、ここで第三次ハリコフ戦でもやらかす気なの?




*************************




──ヒョウと鉄柵を乗り越え、男が屋敷の敷地へと侵入してきた。


そして辺りを警戒するように見渡すと、クイクイと手招きをする。

その合図を確認したのか、続けとばかりに幾つかの影も柵を飛び越えて来た。


屋敷の周りを囲むように鬱蒼と茂る木樹。

その中を音を立てないように、静かに警戒するように男たちは進む。


カサカサと乾燥した落葉を踏みしめる音だけが闇に響く。

だが、誰かが何かワイヤーのようなモノに足を引っ掛けた。


すると何か空き缶のようなモノが勢い良く地中から飛び出し

中に詰められていた散弾のようなモノを周囲に巻き散らす。


「おゴるゥワーッ!!! 」


その悲鳴の後に、傷つき生き残った鬼が這々の体で林を抜けると

そこには銀色たち小狐式神メイドの面々が、銃の狙いを付け待ち構えていたのだった。


「撃て!でありまする!」


その号令と銃声、そして幾つかの悲鳴があがる。

数秒後に訪れたのは完全な沈黙であった。



*************************



「屋敷側面の林の地雷原に引っ掛かったみたい。」


事も無げに物騒なことを語る天狗の姫。


「裏門と反対側の林にも侵入者。・・・クリアしました。」


薄っすらと笑みを浮かべながらゾッとするような報告をしてきた浅葱さん。


しかし銃弾も通じないような鬼を相手に、そんな地雷ものでなんとかなるのか?


「大豆じゃ。だがタダの豆ではないぞ?」


玉藻さんが、爆発のあった右手の木樹を見ながら言う。


「木花咲耶姫の念を込めた大豆よ。」


マジか~・・・あのバイオレンス女神の念入とか

鋼鉄製のベアリング球の方が、まだマシだったみたいな代物じゃありませんか。


「すごい殺傷能力ありそうですね。」


そんな俺の問いかけに玉藻さんは「ふふっ」と軽く苦笑いする。



そして「ふぅ・・・」と軽くため息を付くと、黄金の髪の狐神はドッかとばかりに

ソファーへと腰を降ろし、その長くて見事な美脚を組み、屋敷の見取り図をジッと眺める。


彼女の式神の浅葱色が、地図上の赤い駒を除去している。

今しがた殲滅させられた鬼たちを模した駒だった。



「・・・さて、上手く誘導出来たかの?」



この玉藻さんの悪い顔、細巻でも咥えてたらすごい似合いそうだ。


*************************



「・・・うわー、いるいる」


暗視双眼鏡を覗き込んでいた姫が、屋敷正門に集結した鬼たちを確認した。


「どうやら上手くいったみたいですね。」


姫から双眼鏡を受け取った雪音さんも、前方を確認すると

安堵するかのように呟く。


「塹壕を守備している式神と妖怪たちを、順次に玄関まで撤退させよ。」


傍らに控える美人秘書風の妖狐式神の浅葱さんへと指示を下す。


「零時までに、もはや時間がない。」


節分を過ぎてしまえば、連中は・・・鬼たちは行き場を失う。

守りきれれば、このゲームは俺達の勝ち。そいう事らしい。


「邪鬼たちも、決死の覚悟で突撃して来ますね。」


「・・・してもらわねば困るわ。」


そんな雪音さんの問いかけに対して

正門の鬼たちを睨みつけながら、玉藻さんは独りごちるように呟いた。



*************************



節分の夜、寒々とした闇の中から邪鬼たちの横隊が現れた。

あいつら盾を持ってる!


そして盾を前にして、此方に向けて、ゆっくりと前進を始める。


「まだまだ、一杯いるのねえ。」


カワウソの妖怪の阿戸さんが、艶っぽく欠伸をしながら呟く。

その隣で様子を伺っていた茶釜のタヌキのマミさんがが報告する。


「玉ちゃん、連中動き始めましたよぉ。」


「総員玄関前で待機。」


鬼たちは防御射撃を恐れてなのか、ゆっくりと前進してくる。


「まだ撃たないの?」


焦れたように銃口を鬼たちに向けながら

一反木綿の妖怪の折華さんが玉藻さんに尋ねた。


「まだじゃ。」


「目標キルゾーンへと到達。」


浅葱さんが淡々とした調子で玉藻さんへと報告する。


「よし効力射開始!」


ゆっくりと手を振り下ろすと、玉藻さんは攻撃開始の命を下す。

浅葱さんは頷くと、インカムを使い、どこかへと連絡を始めた。


すると数秒後


シャッ! シャッ! シャッ! シャッ! 


何か空気を切り裂くような音が上空から響き、次の瞬間に・・・


ドンッ! ドンッ! 


屋敷の庭の上空で爆発が連続して発生した。


それは重砲による射撃であった。


飛来した砲弾は鬼たちの頭上で炸裂。

彼らに盛大に女神の念入りの大豆をバラ撒いていた。


鬼たちから阿鼻叫喚の悲鳴が上がる。


開始された大豆射撃は、鬼たちの横隊の一角を吹き飛ばす。

近くにいた邪鬼達もバタバタともんどり打って倒れる。


邪鬼たちに一斉に動揺が広がる。


「何とか勝てそうだ」


そう独りごちた瞬間


金棒を持った邪鬼の指揮官らしき鬼が

此方を指差して何事かを叫びだした。


すると彼を中心とした一団が我々に向けて走りだす


浮足立って動揺していた邪鬼たちは

それを見ると釣られるように、やはりこちらへと向かい走り始めたのだ。

それはまさに狂騒の突撃だった。


すごい! 混乱からの潰走を建て直しやがった!



目を細め、感嘆するかのような表情をしてした玉藻さんは


「邪鬼にしてはなかなかヤル。」

「・・・だが時間切れじゃ。」



*************************


ピ───ッ!!


突然、ホイッスルが吹かれ鬼たちも

こちらの妖怪たちの動きも一斉に止まる。



「は~い、試合終了~」




この声を聞いた邪鬼の一人が、手にしていた金棒を地面へと叩き付け叫ぶ。


「畜生ッ! また一年間ホームレスかよ!?」


鬼たちがザワザワガヤガヤと不平不満の声を上げ

一部では仲間割れも始まっていた。


「だいたいお前が

「俺この突撃が成功したら鬼娘の○ムちゃんに告白するんだ…」とかフラグ立てたから!」


「はいはい、反省会は別のところでして下さいねー。」


拡声器を使い天狗の姫が鬼たちに、屋敷敷地内からの退去を求めている。


・・・よく見ると泣きながらウチの庭の土を、ビニール袋に詰めてる鬼とかもいるな。

うちの屋敷は妖怪たちの甲子園球場かッ?


ブツクサ文句を言いつつ門を出た邪鬼たちは、一斉に俺の方を振り向いて

45度の角度で頭を下げると・・・


「また来年よろしくッ!」


たまらず俺は叫ぶ。


「鬼は外ッ! 福は内ッ!」


二度とくんなッ!

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