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77話 銀色月下


──会社の帰りで、駅の改札を出ると道行く人々がざわめいている。


何事か?

と、好奇心から覗き込んでみる。


そこに居たのは・・・


ヴィクトリアン・スタイルの正調メイド衣装を身にまとい

胸の部分には、碧い翡翠を銀細工であしらったブローチ

流れるような銀糸の髪、氷河の様な薄蒼の瞳の美少女が人待ち顔で佇んでいたてのだ。


冬毛に変わった、我が家の式神の銀色であった。


どこか無表情だった顔が、人混みの中の俺を見つけた途端にパッと笑顔に変わる。

それは、まるで固く閉じられていた花の蕾が、一気に開花したかのようであった。


その静かな微笑みは「月下美人の花」。ふと、そんな印象を受ける。


「あるじ様、お帰りなさいませでありまする。」


いそいそと俺に近づいて来ると、俺の手からカバンを自然に受け取とり

深々と一礼し嬉しそうに、そんな挨拶をしてくる。


キツネの尻尾が出ていたら、きっとブンブンと振られていたことだろう。


だが、その銀色の愛らしい一言を聞いた周囲の人々は


ざわ・・・ざわ・・・ざわ・・・ざわ

・・・ざわ・・・ざわ・・・ざわ・・・ざわ


道行く人には、俺ってばおかしな性癖を持つロリコンみたいに思われているのだろうか?

・・・でもないか。


銀色も我が家に来たばかりの頃は、もっと子供、子供していたものだったが

今では手足も伸び、顔つきも仄かに大人じみてきた。


ああ、いずれお嫁にでも出す時に「あるじ様への手紙」とか読まれでもしたら

ボクと雪音さんはポロポロと泣いてしまうかもしれません。


・・・何故か童女の『お前はお父さんか!?』というツッコミが聞こえたような気がした。


思わずキョロキョロと周囲を見渡した。



********************************



───「月が綺麗でありまするね・・・」


二人で並んで歩く帰路、お空にはポッカリと銀色のお月様。

丸くて、白くて、凛として、寒い夜道を明るく照らす。


他の季節の優しい黄金色とはひと味違う、煌々とした銀の輝き。


「銀色月下」


そんなタイトル回収をしつつ、夜道を銀色と歩く。


横でニコニコしている銀色キツネ少女に

少しばかりイタズラ心が起こり、ちょっと意地悪なことことを云ってみる。


「英語の「I LOVE YOU」を明治の文豪が「月が綺麗ですね」って意訳したことがあってね・・・」


薄青の大きな瞳をクリクリとさせ「ほへぇ・・・」と聞いていた銀色だったが

いきなり、ボッ!と首筋から真っ赤になり、銀色のキツネ耳がピョコリと飛び出した。


「べ、べ、べ、べ、べ、べ、別に身は、そんな意味で云ったわけじゃないでありまするッ!」


予想通りの、めんこい反応に「冗談、冗談」と言いながら銀色頭をナデナデしてやる。


自分が「からかわれた」と解かった銀色は

「ぷ~ッ」と頬を膨らませ、不満げに上目つかいで、俺を睨んでくる。


拗ねた銀色に「くすくす」と思わず含み笑いが出る。


銀色子狐の少女は「ぷぃッ! 」と横を向き

「身は怒っているんでありまする!」とばかりに立ち止まっていたが


俺が歩き始めると、トテトテと慌てて追ってきた。


暫くの間、互いに無言で歩き続けていたが

そのうちに堪らなくおかしくなり何方からともなく笑い始めた。


顔を上げ笑いながらニ人で歩いていると、頭上の月が目に入る。


「お月様には・・・ウサギさんが住んでいるんでありまする。」


まぶたをパチクリとさせて月を眺めつつ

唐突に銀色が、そんな昔から伝わるおとぎ話を始めた。


「西洋じゃ水を汲む女性だったり、カニだったりするらしいけどね。」


昔に読んだ本に確か、そんなことが書いてあったな・・・と思い出す。


突然に銀色が歩みを止め、真剣な表情をし

しばしの間、俺の目を見つめた後に、ツイと視線を正面へと向けて尋ねてきた。


「・・・じゃあ、あれは月のカニでありまするか? 」


そんな彼女が指差した先にいたのは・・・



まっこと、でかいカニだったぜよ。





********************************


───月明かりに照らされた、巨大なカニ


その身の丈はゆうに2メーター50センチはあるだろうか?

月の灯に、その灰褐色の身を輝かせ、大きなハサミをカチカチと鳴らせている。


こっちが取って食われそうな大きさが、実にヤナな感じである。


マジかー・・・このままキレイに終わるかと思っていたらこの始末である。

果たして無理矢理にギャグにもって行く必要はあるのだろうか?


「銀色・・・妖刀か聖剣を持ってきている? もしくはギターでもいい。」


この巨大な怪異と対峙しつつ、隣の銀色に尋ねてみた。

それに対して銀色はカニから油断なく目を離さず、プルプルと首を振る。


「ですよねー! 」


せめてアホの子の妖刀でもいれば

雪音さんが「今夜は化け蟹鍋よー」と言ってくれたかもしれないのに残念である。

このままだと、こちらが化け蟹のディナーにされかねない。


負けた側が、その日の晩のご飯になる。


大都市「東京」とは、そんな厳しい大自然の掟がまかり通る

弱肉強食の世界なのである。


「最近・・・あるじ様てば妖怪食に全く動じなくなったでありまするね。」




───さて、どうしたもんか?


などと考えながら、正面を向いたままジリジリと後方へと下がる。

が、式神小狐の少女は「ずぃッ!」と一歩前に出て叫ぶ。


「浅葱色姉様曰くッ!スカートは女の武器庫でありまするッ!」


言うやいなや、銀色はフワリッとスカートを舞い上げ

太もものガーター部分にホールドされていた数本のクナイを取り出す。


おおッ!イチゴ模様!?


・・・じゃないッ! 浅葱へんたいさん、銀色に変なこと教え込まないで!


「先手必勝でありまする!」


銀色は、「ぐいっ」と身体を捻り、横軸の回転を加えると

カッカッカッ!と手にしたクナイを化け蟹へと向けて投擲する。


狙いあまたず、全てのクナイはカニの身へと吸い込まれるように命中する。

だが、その攻撃もブ厚い甲羅に、若干の傷を付けただけに終わった。


しかし、突然の反撃に驚いたのか、化け蟹は手足を縮こまらせ、防御体勢を固める。


「しめたッ!銀色!今のうちに逃げるぞ!」


振り返って銀色を見ると、スカートを捲り上げて

内側に吊るされている手榴弾を取ろうと、慌てた表情でゴソゴソと藻掻いていた。


「ちょ、ちょっと待って欲しいでありまするッ!・・・この『99式妖異なるグレネード』がスカートに引っかかって・・・」


長くホッソリした銀色の白い美脚、レース編みのガーターに止められたストッキングが眩しい。

てか、『99式妖異なるグレネード』ってナニよ!?


「若い娘が、そんなハシタない格好しちゃイケませんッ!」


レアな銀色のお色気シーンに、俺は顔を真っ赤にして叫ばざる得ないのであった。

読者サービスにしてもホドがあるよね!


「と、取れましたでありまするッ!」


そう叫ぶと、銀色は『99式妖異なるグレネード』を高々と掲げる。

良かった! ・・・ただ安全ピンが抜けている事を除けばネ。


「ど、ど、ど、ど、どうしましょうでありまするッ!」


手榴弾は、クルクルとお手玉の要領で、銀色の手の上で踊る。


俺は銀色から『99式妖異なるグレネード』を引ったくると

地面のアスファルトに、コンッ!と撃針を打ち付ける。


「こういうのはビビったほうが負けだッ!」


そのまま上へと放り投げ

落ちてきたところを、化け蟹の方へ「ボールは友達!」とばかりに蹴っ飛ばす。

化け蟹に頭上へと到達した『99式妖異なるグレネード』はそこで爆発した。



  バ  ン  ッ  !  !  !



凄まじい爆風と轟音。

とっさに銀色を引き倒し、伏せの姿勢で爆発をやり過ごす。


だが俺達は、そこで絶望的な光景を目にすることなった。

化け蟹は全くの無傷であったのだ。


そして、彼の突き出した両眼は、怒りに真っ赤な攻撃色に染まっていたのだ。

あまりといえば、あまりの理不尽な光景に、銀色へと警告を発する。


「出るぞ!気をつけろ!カニビームッが! これがホントの蟹光線!」


だが化け蟹は、俺の叫びに困惑したかのように、その大きなハサミを左右へと振る。


「ナニ?出せない?」


化け蟹はコクコクと器用に頷き、ブクブクと泡を吐く。


「ナニナニ? 【どういう理屈で、生き物がビーム出せるとか思ってるの?おかしいでしょ?】だと?」


・・・いや、そうですね。

そう指摘されると返す言葉もございません。


「あるじ様ッ!カニに説教されちゃ駄目でありまするッ!」


隣の銀色が、甲殻類に説教される霊長類のあるじ様に叫ぶ。

すいません。あまりにも正論であったものですから。



───その時のことである。


どこからともなく笛の音が飄々と流れてくる。

甘く優しい篠笛の調べ・・・これは「舞姫」か。


俺達とカニは顔(?を見合わせて周囲をグルリと見渡すが、誰もいる様子はない。


「どこだ! どこだ! 探せ! 」

【 カニ! カニ! カニ! 】


そんな事を互いに口走りながら、俺たちとカニはあたふたキョロキョロと走り回り

笛の奏者を探す。


【いたぞ!あそこだ】


などと書かれたフリップ・ボードをハサミで挟んだカニが

もう一方のハサミで指し示したのは、「鉄塔」。


・・・その高い塔の先端で

銀色の月を背に、笛を奏でる孤影があったのだ。




********************************


───それは煌々とした月夜に


漆黒の長い髪、白く薄い小袖をかずかせた

それをユラユラと、冬の夜風になびかせた女性であった。


笛の音が止まり、件の女性はゆっくりと横笛を口唇から離す。


そして、その影は夜空へと優雅に跳躍する。

その身を包んでいた小袖は、はらりと中空へ舞い落ちる。


やがて彼女は、俺たちの目の前に羽衣をまとった天女の如くフワリと着地する。


うら若き美しい女性であった。


だが、何かに耐える様な厳しい表情をしており

麗しい目を細め、化け蟹を睨みつけている。


だが、その身は些か、この場には不釣り合いなものであった。


黒髪からピンッ!と突き出た二本の長い耳、お尻の部分には丸くフワフワとした尻尾。

ボン!キュッ!ボン!とメリハリの効いた、女性らしい肢体。

そして何よりも異様さを醸し出しているのは、その身に纏うスーツ・・・


バニー・ガールだった!



ま た ヘ ン な の 出 よ っ た で ッ !?



振り返って銀色の様子を見ると

「ぐぬぬぬぬ・・・」と、何とも言えない悔しげな表情をして

己のささやかな胸の膨らみを確かめていたのだった。


ま、まだ銀色は成長中だから・・・大丈夫、ダイジョウブ・・・ね?

雪音さんほど手遅れじゃないから。




そして彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべ

こちらへと向かってハイヒールをアスファルに響かせ

腰を使って歩くモンロー・ウォークで近づいて来る。


「あるじ様・・・」

銀色はキュッと俺のコートの裾を掴んできた。



・・・蟹の妖怪に、月に住むと伝わるウサギの妖怪の玉兎ぎょくと


これは月に絡むの妖怪同士か。


どちらが月を象徴するのが相応しいのか、凄まじいバトルが始まるのであろう。

この後の展開が容易に予想できる。


だが、バニーガールの美女は、俺たちの目前にて歩みを止めると


「・・・さ、寒い。」


「は?」


そんな呟きを、笑顔を強張らせ、むき出しの素肌に鳥肌を立てて吐いたのだった。


・・・この真冬に、そんな格好してれば当たり前だよね。


やがて彼女は、己の身を掻き抱き

寒さのあまりだろうか? ガチガチと歯の根も合わないほどに震え始めた。


「もうイヤ! こんな格好寒いし、恥ずかしいし!」


すいません。

好きでそんな格好をしている、痴女妖怪だとばかり思ってました。


ウサギの妖怪だからバニースーツ。

その発想は兎も角、もう少し時期は選ぶべきでしたね。



耳をしなだれさせ、寒さに震え、動きを止めた玉兎ぎょくとの女性妖怪に

ふぁさり・・・とコートが掛けられた。


【 お嬢さん、そんな格好だと風邪を引くぜ 】


その優しさの主はカニであった。

彼はフィリップを抱えつつ、器用にハサミでコートを掛けてやったのだ。


「あなた優しいのね・・・」


玉兎は潤んだ紅玉の瞳を、ソッと上げて、化け蟹を見つめる。


【 なあに、良いってことよ 】



・・・カニがイケメンすぎる。



*******************************


──「おーぃ!」


完全に2人の世界へと没入し、俺の声など蟹と兎には届かない様子。

いったい何しに出てきたの? この一匹と一羽は?



・・・しょーもないから放っておいて帰ろう。


  「クッちゅン! 」


俺の隣にいた銀色が可愛らしいクシャミをする。


妖狐とはいえども年頃の女の子だ、聞かれて恥ずかしかったのか

顔を真っ赤にして俯向いている。


ふぅ・・・軽くため息を付くと、俺は自分の着ていたコートを脱ぐと

銀色の肩へと、そっとコートを掛けてやる。


「あ、あるじ様がお寒うございまする! 身は大丈夫でありまする!」


ワタワタと手を振り、慌ててコートを脱ごうとする銀色を

俺は手で制すると


「・・・たまには俺にも格好いいことさせておくれよ。」


いや、マジでこの辺で点数稼がないとネ。



  主  人  公  と  し  て



暫くは遠慮していた、銀色だったが


掛けてやったコートの襟元を引き寄せ、スンスンと匂いを嗅ぎ

銀色のキツネ耳がピコピコを動く。


ナニこれ面白い。


「んじゃ帰ろう、みんな待ってるぞ。」


「ハイでありまする!」


そんなこんなで屋敷へと歩き出す。




「月が綺麗でありまするね・・・」




微かに・・・聞き取れるような声で、銀色はそっと呟いたのだった。


そんな帰路、冬の夜空には、銀色の月が煌々と輝いていた。



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