76話 あまめはぎ
───休日の朝は遅い。
静謐で厳かな空気、ゆったりと流れる時間。
何時もは早朝から起き出して、こまめに働く
我が家の女性達も、流石にまだ寝ている様子だった。
あの正月の宴会が尾を引いてるよね! 絶対に!
『 宴会を! 一心不乱の大宴会を! 』
などと玉藻さんが、訳のわかんない妙な演説までして盛り上がけてたしネ!
そしたら皆が「バンケット! バンケット!」と叫び始める始末。
いったい何故そんな荒れ狂う暴風のごとき大宴会になったのか?問われれば・・・
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───暮れも押し迫った大晦日の夜に送られて来た、大きな宅配便が原因だった。
おりしも、庭では妖怪女性たちが総出で、何重にも塹壕を掘り
そこに機銃が据え付けられ、対戦車砲が幾つも配置され
果ては謎の怪力線を放つパラボラアンテナのような物を装備したトラックまで持ち込まれた。
およそ妖怪の出て来る話とは思えぬような
まるで1943年のクルスク突出部に対するドイツ機甲師団の攻勢でも楽勝で跳ね返せそうな
そんな強力な縦深陣地が築かれつつあったのです。
庭で、そんな大規模な工兵作業が行われる時に、届いた大きな大きな荷物。
差出人の名には「歳三」とだけ書かれており
内容物は「もち」となっていた。
ああ、姫神の村の誰かが、親切に餅を送ってくれたのかと思い
何の迷いもなく雪音さんは、宅配業者にサインをして受け取った。
そして荷物を開封して・・・
直後に、雪音さん。続いて妖怪女性たちの悲鳴が我が家に響き渡ったのだ。
大量に送られてきたモチ。
その正体は妖怪トシドンから送られてきた
貰うと一つ年を取ると言われる「歳餅」だったのだ。
毎年大晦日に受取拒否の合戦をしていたら、歳餅を宅配便で送られた。
何を言っているのかわからねーと思うが
女たちも何をされたのかわからなかった。
受け取り拒否しようにも、業者は既にサインを貰い、とっくに去った後。
時すでに遅し、完全に「後の祭り」状態であった。
ボンヤリと眺めていた俺としては「その手があったか!」というのが正直な感想だった。
大晦日の攻防。
今回はトシドンの完全勝利であったのだ。
地面に手を付きガックリと項垂れ、しくしくと泣いていた女たちだったが
やがて顔を上げると、積まれていた酒類の栓を無造作に抜き始めラッパ飲みを始めたのである。
かくして、ここに年越し&お正月の大宴会という、地獄の釜の蓋が開いたのでありましたとさ。
目出度くなし、めでたくなし
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───おわかり頂けただろうか?
新年早々、大変ひどい事態になっていたのである。
そんな暴風も過ぎ去り、我が家にもようやく正月らしい静けさがやって来た。
トロンとした目をして「ふぁー」と欠伸をする。
待望の静かな朝の到来に
俺は微睡み、思わず二度寝の誘惑に引き込まれつつ・・・
『パッパラパッパーパッパラパッパーパーラパーラパー♪』
いきなり耳元で、そんな大音量の起床ラッパの音色が響いた。
何ごとかッ!?
思わず、反射的に飛び起き、布団上げを行い
大急ぎで着衣を身に着ける。
「急げー! 急げー! 起床ラッパが鳴って3分後には点呼よ! 」
・・・あれッ?
ここは自宅で、もう部活してるわけじゃない。
つまり、整列点呼なんてありえない。
ふと、そこで我に返って、振り向くと、そこには
目の前にラッパを構え
こちらをジッと見つめている、一人の美女がいた。
長い黒髪、巫女姿で、キリリとした切れ長で黒目がちの瞳。
何故か腕には腕章の様なものを付けている。
所謂クール&ビュティーなお姉さんだ
「・・・えーと、どちら様でしょうか??? 」
何ですか? 誰なんですか?
黙示録の時に吹かれると伝わる、ラッパ手の天使ですか!?
・・・でも、巫女さん姿だしなあ。
『・・・プー?』
彼女はラッパを咥えたまま答えた。
・・・ああ、せっかくのクール&ビューティーが台無しよ!
ゆっくりとラッパを下に降ろし、俺を真剣な眼差しで見つめたあとで
ニコリと微笑み、彼女は切り出す。
「あけましておめでとう! 姫神夏樹くん。」
「私は「あまめはぎ」勤労を尊ぶ妖怪よ!」
そんな妖怪までいるのか・・・
「さあさ、朝の6時ですよ!もう働く時間ですよ!」
勘弁して下さい。
今日はまだは休みなんですよ!
すると彼女は小首を傾げ、さも不思議な事を聞いたといった表情で
「三が日は、とっくに終わりましたよ?」
「会社は、まだ休みなの!」
そんな俺の言葉に、あまめはぎは、額に手を当て「やれやれ・・・」とばかりに首を振る。
「あのネ、世の中には、正月返上で働いてた人もいたんですよ!」
そんなことを言いながら、ズビしッ!と俺を指差し
「夏樹くんは、その人達に申し訳ないとは思わないの!?」
「いや、そりゃあ申し訳ないとは思うけれども、それとこれとは話が別でしょう?」
「働きたくないの?」
彼女は「ふぅ」とため息を付き
まるで聞き分けのない駄々っ子でもあやすように、そんなことを言ってきた。
「いや、だから休みなですってばッ!」
この妖怪女性ってばヒトの話を聞いてないな?
「休みだから働きたくないなんて甘えよ?」
「ええ~ッ!!?」
言い切ったヨ! この人ってば!
「働きましょう! 命ある限り! 健康に気を付けて馬車馬のようにネ!」
拳を握りしめ、目をキラキラさせて嬉しそうに言ったのである。
もうヤダッ!このブラック妖怪!
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こうして俺は、まだまだ静かな屋敷の廊下に雑巾を握りしめ立っていた。
大掃除したばかりだから、まだ床はピカピカでサッと掃くだけで済みそうなのですが?
そんな恨みがましい目で「あまめはぎ」を見る。
「不満なの? それじゃやる気が出るように素敵な勤労のことわざを教えてあげるね。」
「労働は諸君を自由にする。」
「月月火水木金金。」
「日本国民の三大義務は教育、納税、勤労。」
それ全部ことわざじゃないヨッ!
だが、そんな抗議の声も、どこ吹く風で彼女は続ける。
「働けど働けど我が暮らし楽にならず。」
ほぉと甘いため息を漏らし、彼女は瞳を潤ませ、ウットリとした表情で
「素敵なことわざよね? 」
頬を朱に染め、恍惚とした笑顔で同意を求めてきた。
「いや、それ最後が特におかしいですッ!」
大体そのセリフ云ったやつってば、ろくに働いていませんよ?
あまめはぎは、笑顔のままスッと目を細め
背後から手にしたナニかを俺に指し示し尋ねてきた。
「ところで、この『 精 神 注 入 棒 』を見てくださいね。」
すごく立派です・・・。
てか「風林○山」とか彫ってありますよッ!?
それ本当にタダの木刀ですか!?
これは脅迫による労働の強制だわッ!たまらず叫ぶ。
「労働基準法って知ってる!?」
「・・・仏教用語でしたっけ?」
俺の悲痛な問いかけに対して、彼女は額に眉を寄せ、何かを思い出すようにしながら
こんな解答をしてきた。
これはもうダメかもわからんね。
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───「オイッチニッ! オイッチニッ!」
床に這いつくばり廊下を磨く。
ああ、これはトンデモなく重労働で、大変な作業だ。
しかも広い屋敷の廊下は延々と、どこまでも続いているのです。
これ以外にも、各部屋や庭の手入れだってある。
これを毎日、雪音さんや式神たちはやっているのか・・・
そう考えると、彼女たちの日々の献身を知らず、休もうなどと考えていた己が恥ずかしくなってくる。
「・・・勤労に感謝する心がわかってきたみたいですね? 」
俺の隣で一緒になって必死に床を磨いていた「あまめはぎ」がポツリと呟く。
ああ、そうか・・・
彼女は「雪音さんたちが何時もしている家での苦労を知れ」と教え諭したかったんだな。
本当にさっきまでの自分が恥ずかしい。
この勤労の妖怪のおかげで、大切な物に気づくことができた。
労働とは大変ではあるが、美しいものなんだ・・・
「フフ、今日はここまでにしましょうか? その気持ちを忘れないでね。」
先程までの厳しさはどこへやら
まるで愛し児を見つめるような母の優しい眼差しで、俺にそう告げると
あまめはぎは、ゆっくりと朝の陽の光に消えてゆく。
「またね。」
薄れ行く彼女は、そんな言葉を残していった
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───翌日、何時まで経ってもアマメハギが来ない。
あんだけ勤労意欲の権化のような妖怪が来ないなんて
「まさか事故にであったか!?」と、心配になって部屋の中をウロウロしていると・・・
雪音さんが受話器を持って俺に近づいてきた。
「あまめはぎさんから電話がありまして、また来年よろしくだそうです。」
「ふぁッ!? 」
そんな俺の素っ頓狂な叫びに、我が家の雪女は・・・
「ああ、あまめはぎは働くのは1月の6日、14日、20日の年に3日だけですから。」
・・・えーと、ちょっと待ってネ
つまり他人に勤労を説いて回る妖怪は・・・年休362日だった。と?
ざ け ん な コ ラ ッ ! ! !