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75話 雪の山へ飛べ!


───私の名は山尾やまおのぼる、登山家である。


万が一を考え、ここにメモを記す。


登山途中に天候が急変し、猛烈な吹雪に遭遇

急遽、避難のために雪洞を作りビバークす。


外は轟々と凄まじい風と、叩きつけるような雪

今までに経験したこともないような地吹雪である。


30センチ先もろくに見えないホワイトアウト

もはや自分がどこに居るのかすらわからない。


遭難してもう2日、もうダメかもしれない。


嫌な予感はしていたのだ・・・

登山開始は13日の金曜日だったし、山に向かう途中に黒猫が前を横切った。


そもそも、こんな無計画に山に登ることになった理由なのだが・・・


事もあろうに妻が不貞を働いていたのだ。

追求する私に対して、開き直った妻が言い放った言葉が


「登山、登山、登山!」

「私の事を放っておいて、貴方そればっかりじゃない!バッカじゃないの!?」


などとなじられ、腹立ちまぎれにロクな準備もなしに冬山へとアタックする事にしたのだ。


自業自得?


確かにそうかもしれない。

しかし、あの時は「どーにでもなーれー」な気分だったのだ。



・・・ただ、遭難して見て気づいた。


アレ? ここで俺ってば遭難死しちゃったら

あいつってば不倫相手と問題なく結ばれちゃうんじゃネ?という事実に。


しかも俺の生命保険のオマケ付きで・・・


こうなった以上は絶対に死なねえッ!

何が何でも生還して、必ずやあの間男との間を邪魔してやるッ!


とは言うものの・・・この吹雪では救助隊も登ってはこれまい。

・・・これはもうダメかもわからんね。


そんな躁と鬱を行ったり来たりしていると


「キュム!キュム!」と何か雪を踏み締めるかのような足音が

風の音に混じり、かすれかすれに聞こえてきた。


「いよいよ幻聴が始まったか。」

と、雪洞から雪で覆い尽くされた外を見ると、そこにはナントッ!


身体中をびっしりと白い体毛で覆われた人型の生き物が

私の方を不思議そうな目をして覗き込んでいやがったのだッ!


山 男 !  イ ヤ ッ ! 雪 男 だ ッ こ れ ! !


チクショウッ! とうとう幻覚まで見え始めやがったヨッ!


そしたら幻覚のハズの雪男が、私の肩をポンポンと叩きやがんのッ!

よく出来てやがんなッ! 最近の幻覚ってばよッ!


って、これは幻覚じゃねえヨ!


私の最後は遭難して凍死するどころか

よりにもよって雪男のゴハンになる運命かよッ!


「キュー・・・?」


そんな私の怯えぶりとは対称的に、イエティは不思議そうな鳴き声を上げると

肩から下げたポシェット?の様なものからゴソゴソと何かを取り出す。


差し出されたそれは、一本の金属製のフラスコ・スキットルだった。

「キュ~!キュ~!」と、しきりに身振り手振りで「飲め」と勧めてくる。


・・・恐る恐る受け取り、フタを捻って開けてみる。

プン!と強いアルコール特有の刺激臭と独特の良い香り。それはブランデーだった。


コクリと僅かに口に含んでみる。

嚥下すると、喉を焼きながら火酒の感触が体の中と滑り落ちていく。


「・・・助けてくれるのか?」


思わず目の前の雪男に尋ねる。

すると彼は嬉しげに「キュ~キュ~!」と肯定するように首を振る。




───雪男は狭い雪洞にチョコンと正座し、ポシェットから色々取り出し始めた。


よく見ればよくテレビ番組で見る大柄な雪男ではなく私よりも小柄な体格だった。

提げたポシェットには「すのうちゃん」と書かれた園児の名札の様なものが安全ピンで付けられており

首には他にも保温機能のある水筒のようなものをブラ下げている。


そんな彼が雪洞の床の上に並べたのは・・・


ブロック栄養食、板チョコレート、使い捨てのカイロ、ライター、固形燃料

・・・そして一袋のインスタントスープの素だったのだ。


水筒を降ろし、フタ兼カップを地面に置く。

どうやら彼は、凍えた私に温かいスープを振る舞ってくれるつもりの様だ。


有り難い。

小さな雪男は真剣な面持ちで「キュ~・・・」とスープの袋を開けようとしている。


が、その時に悲劇が起こったッ!


思いの外チカラを入れすぎたのか、勢い余って袋が裂け

スープの素は、その顆粒状の中身を地面へと散らばらせたのである!


思わず「あッ!」と叫び、散らばらせてしまった雪男を見ると

黒々とした、つぶらな瞳には見る見ると潤み始め

忽ちのうちに、ポロポロと大粒の涙を零し始めたのだった。


「ウワー! 実はおじさんってばスープじゃなくて、白湯が欲しかったんだよねーッ!」


とっさに私の口から出た言葉に「キュ?」と、こちらを見る雪男君。


「おじさんはホントはスープとか、あんまり好きじゃないんだーッ!」


・・・本音を言わせて貰えばスープが飲みたかった。

この凍えるような寒空で、温かいスープで五臓六腑を染み渡らせたかったッ!

だが、それだけは言っちゃイケナイ気がするッ!


  人  間  と  し  て  ッ  !


この言葉に「キュムフーッ」と鼻息を荒くして

カップに熱い白湯を注ぎ、差し出してくれる雪男君であった。


ああ・・・さよならスープ。



───それから軽く腹拵えを済ませ、ひと心地つく。


雪男は私の前でかがみ込み、「キュ~キュ~キュ~」と背中を指し示す。

どうやら背中に負ぶされと言いたいのだ。


背に負ぶさり、純白のフワフワした体毛に包まれると酷く温かい。


私がシッカリ掴まったことを確認すると

彼はスクッと立ち上がり、雪の中を歩き始めた。


外は相変わらずの吹雪ではあったが、彼の背中はまるで常春のような暖かさだった。

まるで母におぶわれた幼子のように揺られていると

これまで疲れが出たのか、私には徐々に眠気が襲ってきた。


・・・そして気付いた時には、麓の人家で布団に寝せられていたのだった。


あれは夢だったのだろうか?それとも雪山の見せた幻影だったのだろうか?

だが、私の手の中には、あの優しい雪男の真っ白く長い毛が数本、確かに残っていたのである。



************************************



『・・・冬山で遭難した登山者が奇跡的に発見されたとのニュースでした。』


居間で付けっ放しのテレビから、そんなアナウンサーの声がする。

俺の隣に座る雪音さんは、ニコニコと嬉しそうにニュースを見ている。


『なんでも雪男に助けられたとか・・・』


アナウンサーが、そんな救助された人物の声を紹介すると

『そんなバカな』とゲストの一人が嘲笑うかのように茶々を入れる。

だがコメンテーターの一人が


『確かに信じがたい話なのかもしれません・・・』

『でも信じたいですね。雪男とは本当は心優しいってのを。』


このコメントにスタジオから拍手が起こり、いささかバツが悪くなったのか

ゲストは・・・


『まあ、雪山で遭遇したのが冷酷な雪女じゃなくて良かったですよね。』とお茶を濁す。



それを聞いていた、我が家の雪女が叫んだ。



「 な ん で ぇ ─── ! ? 」



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