74話 朝チュン伝説
──深淵へと沈んでいた意識が徐々に覚醒してくる。
( 眠い。。。)
そう思いつつもカーテンの隙間から差し込む眩い陽光と
チュンチュン、チチチッ
という庭の雀たちのさえずりの声に、重いまぶたが徐々に上がってゆく。
すると俺の目には、すぅすぅと穏やかな寝息を立てている
雪音さんの寝顔が飛び込んでくる。
(ああ昨夜は、あのまま寝入ってしまったのか・・・)
雪音さんの、甘く柔らかそうな唇を僅かに開けた
艶っぽく、しどけない寝姿を眺めながら、そんな事を考える。
(いま何時だろう?)
そんな事を考え、ごそりと我が身を捩らせる。
「・・・ん? んんぅ」
すると隣で眠っていた雪音さんは、身じろぎし
聞きようによっては悩ましささえ感じる女の声を上げる。
そして薄っすらと目を開け、ボーッとした虚ろな目で俺を見る。
すると途端に覚醒したのか、顔を真っ赤にしてゴロリと反対側へと寝返りを打つ。
「・・・おはよう」
俺は甘く芳しい雪音さんの黒髪を、そっと優しく梳ながら、朝の挨拶をする。
「・・・おはようございます。」
再び俺の方向へと顔を向け、羞恥に首筋まで朱くしながら
朝の挨拶を返してくる。
「いやだ、寝顔見られちゃった?」
「そりゃ、もうばっちりと」
「恥ずかしい~・・・」
着物の袂で顔を隠し、消え入りそうな声で恥じ入る。
その仕草が堪らないまでの愛しさを醸し出す。
そんな雪音さんに対して、ムクムクと嗜虐じみた悪戯心が湧き起こってきた。
「昨夜は激しかったね。・・・覚えてる?」
ちょっと意地悪く、笑いながらそんな事を云ってみる。
「・・・うぅぅ。」
耳まで真っ赤にしながらも、袖を少しだけ下げ
涙目で俺を見つめ返してくる。
「まさか雪音さんが・・・あんな大胆だとは思わなかったよ。」
「いやッ! 恥ずかしいッ!」
「・・・意外な一面だったよネ」
この言葉責めに、雪音さんはバッと起き上がり、ササッと身繕いすると
「あ、朝ごはんの支度してきますね!」
パタパタと急ぎ足で、台所へと逃げ去ったのだった。
───「ふぅ・・・ヨイショっと」
雪音さんが立ち去ると、俺もムクリと起き上がり胡座をかき
「ん───ッ!」と背伸びをしてから首と肩をグルリと回してみる。
ポキっポキリっと関節が音を鳴らす。
「・・・本当に激しい一夜だった。」
そう呟き、辺りを見渡すと。。。
部屋の中には、幾つもの空の酒瓶が転がり
ゴロリ、ゴロゴロと、そこらで横になった妖怪たちが雑魚寝をしていたのだった。
大天狗の姫がソファーの上で脚を上に、頭を床にしてすぴょすぴょと寝ている。
イケメン児啼爺の上には、河童と茶釜のおっぱい狸のマミさんが乗っかって
重さのあまり「うーん・・・うーん」と唸っている。
妖狐の玉藻さんはクッションを抱きしめて幸せそうに眠っている。
「・・・本当に激しい酔っぱらいどもだった。」
夕刻に始まった酒盛りは、日付が変わった後も続けられ
最初は冷静だった雪音さんまでもが、最後は酷く酔っ払った。
(はいッ!八十九番、雪女の雪音ッ!姫神流体術の実演をしまースッ!)
顔を真っ赤にし、クルクルと定まらぬ焦点の目付きで
そんな宣言をすると
「・・・ンふふっ」
と、艶っぽい微笑をし、目を半目にして俺に躙り寄って来たかと思ったら
ガシリッと抱き着き、細い腕を俺の首に回し絞め落としに掛かってきたのだ。
(流石に、これはタマランッ!)
と思った俺は、雪音さんの腕に
「ギブっ! ギブッ! ロープ!ロープッ!! 」
とばかりに、必死にタップしたのだが
・・・まあ結果的には、そのまま絞め落とされて
先程の「朝チュン」とやらを迎えることになったのだ。
(しょーもない朝チュンだったなあ・・・)
などとガッガリ感に苛まれながら考えていると
何者かに腕を掴まれ、そのまま床へと引き倒され、天地が反転する。
気が付けば、寝ヨダレを垂らした玉藻さんにクッションの代わりに
ガッチリとホールドされていたのだった。
(・・・またか)
と思ったが、ホールドされたのは玉藻さんの豊かな胸の中であった。
クラクラする様な甘い匂いと柔らかさである。
「おホォーッ!」
これは役得!不可抗力!
玉藻さんが、寝ぼけてるんだからちかたないよねー!
・・・んッ?
なんか・・・だんだんと息苦しくなってきた・・・。
顔がッ! 胸に押し付けられてッ! 呼吸が出来ないッ!
「ギブっ! ギブッ! ロープ!ロープッ!! 玉藻さん起きてッ! 」
そう叫ぼうとするが、胸に押し付けられて「ムーッ! ムーッ!」とか声が出ない。
起こそうと、必死でタップするが
「ムニャムニャ・・・もう食べられない。」
とか抜かされたッ!
遠くなる意識、その間際の俺の耳に
チュンチュン、チチチッという雀たちのさえずりが届いて来た。