72話 2人の夜
───静かに両手を合わせ、心を平穏に保ち精神統一をする。
カッ!
目を見開き、
机の上に目積み上げられた仕事を一気呵成に片付けていく。
熟練したピアニストが鍵盤を叩くように
リズミカルにキーボードを叩く。
おー!ノッて来た!ノッて来た!
腕の残像を残し千手観音の如く、書類をまとめる。
同じ課の皆が、呆然とした顔で俺の動きに注視している。
そして終業を告げる鐘の音。
ガタッと立ち上がり、バッグを掴む。
「お疲れさんでしたー!」
「今日は退っ引きならない事情があるんで帰ります!」
どこか、心配げな顔をした上司の大西次長が
「お、おう・・・ご苦労さん」
俺が部屋を出ると室内から
「大丈夫なの?」「熱は無いようだったが・・・」「姫神がマトモ過ぎておかしい」
などの声が聞こえてきた。
が、キニシナイ!
足早に会社を出ると、駅へと急ぐ
そしてホームへと滑り込んできた電車にへと乗りホッと息ついた。
今宵は特別なのだ。
是が非でも定時上がりせねばならぬのです。
説明せねばなるまい!
銀色達、式神は玉藻さんのところに霊力補充と定期検診で帰省した!
妖刀と雲外鏡は、阿戸さんのところへお泊まり会に行った!
座敷ギャルの童女は、今夜は都内在住の座敷わらしたちと飲み会でお出掛け。
天狗の姫は、外せない用事とかで今夜は来ない。
おわかり頂けたであろうか?
そう!、今宵は雪音さんと屋敷に2人きりなのである!
偶然と偶然が重なり合い、この奇跡のような一夜をもたらしたのであった。
常日頃、俺と雪音さんとの「大人の階段を登ろう作戦」を妨害する
ハルゼー麾下の第三十八機動部隊ちっくな面々は、小沢機動艦隊に釣り上げられた状態なのだ!
これぞ神の与えたもうた千載一遇の好機!
まさに天佑神助、我にあり!
かつて、レイテ海戦において軍令部の発した前代未聞の命令文が脳内に響く
「天佑を確信し、全軍突撃せよ!」
総力をあげてレイテ湾に突入せよ!である。(意味深)
今夜のことを想像すると自然と笑みが零れてくる。
隣に立っている、やはり帰宅途中と思われる女性にドン引きされた。
どうやら無意識のうちに、悪い顔でドス黒い笑い声をあげていたようだ。
いかん、いかん、思わず本性がダダ漏れになっていた。気を付けねば。
電車の扉が開くのすら、もどかしく焦れったく感じる!
開けゴマごま!
駅構内から屋敷へと、ダッシュして帰宅する。
忽ちのウチに屋敷へと到着する。
だが、しかし焦った姿を見せてはならぬ!ガッつく男は嫌われるものなのだ!
先日読んだ「至高の恋愛指南書 疾風怒濤編」にも、そう書いてあった。
息を整え、身だしなみを再確認し、意を決して爽やかな笑顔で玄関をくぐる。
「ただいまー!」
「お帰りなさいませ。」
見ると、雪音さんが玄関に三つ指を付き出迎えてくれている。
ツイと上げた顔は、穏やかな微笑を湛える。
「当方に迎撃の用意あり!」
そんな待ち伏せする戦艦戦隊の如き気迫が雪音さんからも伝わってくる。
まさに、これから夜間砲撃戦を交えんかと闘志を滾らせる
戦艦戦隊の如き緊張感が、俺と雪音さんの間に漂うのであった!
恐らくは次回から「妖怪さんと一緒」は運営さんによって
強制的にノクターン・ノベルスに移動させられることになると思われます。
長らく・・・なろうでのご愛顧ありがとうございました
辛いわー、本当につれーわー。
今夜が山田!
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雪音さんはバッグと上着を受取り、ハンガーへと掛ける。
そして、俺へと振り返り
潤んだ瞳を向けて、こう尋ねてきた。
「夕飯になさいます? それともお風呂? それとも・・・ 」
思わずゴクリとツバを飲み込む。
無意識に顔の筋肉が緩んでいくのが自分でもわかる。
これ! これなんですよ!
おれが欲しかったのは!
思わず「じゃあ雪音さんを!」と叫びたい衝動に駆られるが
断じて焦ってはいけない。
飢えたケダモノの如き態度とか見せたら女性はドン引きよ!
指南書に、そう書いてあったもの!
あくまで冷静に!スマートに!
落ち着け俺! スーハー、スーハー。
突然、目の前で深呼吸を始めた俺に、雪音さんが一歩後ずさる。
し、深呼吸は、ちょっと不自然だったかしら?
「ご・・・」
「ご?」
「御飯下さい。」
・・・序盤戦において、いささかつまずく。
スリガオの如き、ほぼ一方的な敗北を喫することと相成った。
だが、腹が減っては戦はできぬ!
俺達の戦いはこれからだッ!
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卓上に並ぶは、雪音さんの真心の篭った手作り料理の数々。
心なしか、精力の付くものが多い・・・ような気がする。
雪音さんをチラリ、目が合うと、彼女はニコリと微笑む。
2人きりで夕飯なんて久々だから、ちょっと照れるよねネ
雪音さんは、俺の隣で給仕をしてくれる。
炊きたてのホカホカ御飯をよそった茶碗をコトリと置く。
「いただきます!」
「どうぞ、召し上がれ♪」
さて、何から食べようか?などと物色しつつ、お箸を探すと・・・
あれ?俺の箸がないよ?
そんな俺の問いかけに、「フフッ」と何時もの雪音さんらしからぬ妖しい笑みを漏らすと
スッと俺の隣へと着座をした。
そして卓上のオカズを自分の箸でつまみ上げると
それを俺の口元へと、そっと運んでくる。
「はいっ!・・・・あーん。」
何ということでしょう!
だが、俺も自分で稼いで生活している一人前の日本男児である。
女性に、お箸でご飯を食べさせてもらうなど、そんな小っ恥ずかしい真似は・・・
「あーんッ! はむッ!」
パクリと食いつきました。
目を閉じてモキュモキュと噛みしめ味を堪能する。
考える必要などあるのであろうか?
常識で考えろ!「あーん」の為なら、プライドなんか燃えないゴミの日にポイッよ!
「美味しい?」
雪音さんが小首を傾げて、妖艶に問うてくる。
「おいちぃ~!」
ウマウマ!! 新婚さんいらっしゃ~い!
そんな甘ったるい空気が食卓を包み込む。嬉し恥ずかしのイチャイチャタイム
もしも、ここに第三者がいたなら
俺達の行為には、舌打ちの一つもされるのかもしれない。
俺ならする。多分する。絶対にする。
そして「リア充爆発しろ!」と絶対に言う。
断じて、いい歳こいた男女の為すべき所業ではない。
解ってはいるのだ。
だ が 、 そ れ が い い ッ ! !
誰が見てるわけでも無いから別にイイよネ!
───「・・・何やってんのオメーら?」
俺達が2人きりのイチャラブタイムを堪能しまくっていた時に
不意に部屋の入り口から、そんな声が掛けられた。
ギクリんちょッ!と雪音さんが奇妙な音を立てて、笑顔のまま固まった。
その様子は、まるで雪祭りの氷像のようである。
驚いて振り返りて見れば、食堂の入り口に目をまん丸くし呆然とした顔をした
座敷ギャルの童女が立っていたのだった。
見ーたーなー。 いやーん! 見られた!
てか、どうして出掛けたはずの、お前が何故ゆえにここに!?
戻ってくるの早すぎるよ!
「いや、ちょっと忘れ物を取りに来たんだが・・・何やってんの?あんたら」
何ということでしょう!
・・・だが、見たのが童女だけなのは救いであった。
確かに恥ずかしい! すごく恥ずかしくははあるが、身内みたいなものだしね。
どんなに恥ずかしいことでも、家族になら見られても耐えられることはできる。
無関係の第三者にでも、見られていたなら確実に死にたくなるけどネ。
「・・・コンバンワ。」
不意に、そんな声を掛けられた。
見ると童女の後ろに、見慣れぬ美女と美幼女たちが大勢いらっしゃる・・・
ど、どなた様たちですか?
「・・・忘れもん取りに付き合ってくれた、あたいのダチども。」
身内の恥ずかしいところを見られた子供ののように
顔を赤くし目を泳がせなながら、童女は説明する。
つまり・・・座敷わらしさん達が団体でお着きだ!!
いやぁああああ!!見ないで!見ないで───ッ!!
らめぇ! 見ちゃらめなのぉー!
凄まじい羞恥に我が身をよじる! 悶絶死しそうヨ!
「ウヒャー!「あーん」だって。」
「熱いわー。」
「ごちそうさま~。」
「リア充しね」
等と口々に囃し立てる、都内在住の座敷わらしさん達。
まことに・・・まことに無念ではあるが
ここに「大人の階段登っちゃおう作戦」の続行を断念せざるおえない。
という訳で・・・もう少しの間だけボクたちを、小説家なろうに置かせて下さい。