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71話 Level Up !


───「夏が終わってしまいます・・・」


何時になく真面目な顔をして妖刀の忍が呟く。


開け放たれた窓からは、庭の樹々を渡り爽やかな風が吹き込み

妖刀の髪をサラサラと揺らす。

室内にはヒグラシの物悲しげな鳴声が、薄暗いなかに響いている。


蝉の抜け殻を指で弄びながら、どこか物憂げな表情をして目を細めると


「・・・夏のぬけがら」


愛おしげに呟く。



・・・妖刀がおかしい。

おかしいのは何時ものことなのではあるが、質の違うおかしさである。



「ふぅ」と深い溜息をつき、そっと壁に掛けられたカレンダーを眺める。

暫くの間、じっと眺めていたが、ふいに振り返ると


「あるじ様、三ヶ月遅れてるいるんでございます・・・」


「 何 が ッ ! ? 」



丁度この時、俺達の背後には夕飯の献立の希望を聞きにやって来た雪音さんが

ニコニコとして立っていたのだった。



********************************



目下のところ俺と妖刀は、雪音さんの前で正座している。

なんら疚しい事などした覚えはないッ!


・・・が、正座である。


畳に突き立てられた、ギラリっ!と鈍い輝きを放つ出刃包丁。

これを目の前にして、果たして正座をせぬ男などいるものであろうか?

いや、いないと断言しても良い。


そして俺たちと雪音さんとの脇には

雲外鏡の鏡と小狐メイドの銀色が、沈痛そうな表情を浮かべ畏まっている。


重苦しい沈黙の支配する室内で、最初に口火を切ったのは

上座に座った雪音さんだった。


「・・・どういう事なのか、説明して頂けますか?」


どこまでも冷え切った女の声と眼差し、まさに「雪女!」である。

正直とても恐ろしい。


そもそも説明も何も、俺は正真正銘の潔白なのだ。

説明して欲しいのは、こちらの側なのに。


雲外鏡の鏡が、一礼し穏やかな表情で俺に対して


「旦那様、奥方様のお怒りは尤もでございますよ?」


「本妻を差し置いて、まさか愛人を先に懐妊させるなど・・・

 正室の立場という物をお考え下さい。」


「これでは、まるで寝取られたことにも気が付かないバカな正妻です。」


そんな鏡の言葉に雪音さんは・・・


俯き、涙を目に溜め、下唇をキュッと噛み締めて

「・・・ぐぬぬ」と呻きながら

ギリギリと畳に爪をを立て、掻き毟る。


黙って話を聞いていた、銀色までもが涙目になっている。


ヲイヲイッ!なんで、そんな話になってるのッ!? というのが

ロベスピエールさん的な清い身体の俺としての本音である。


黙って聞いていた雪音さんは、


「ふぅ───ッ」


と、己の怒りを鎮めるかの如き、深く長くため息をつき

柳眉を逆立ながらも、目を閉じ静かに語り始めた。


「・・・私だって鬼じゃありません。せっかく授かった生命をどうこうするつもりは・・・」


だが、この雪音さんの言葉に妖刀がキョトンとした顔をして尋ね返す。


「先程から、一体なんの話でございますか? 」


これに雪音さんと銀色が慌てて聞き返す。


「「えっッ!?」」


そして、その疑問の声に、妖刀が素っ頓狂な声を上げる。


「えっッ!?」


妖刀は、「はーん・・・」と得心がいったといった風情で

だが、同時にトンでもない答えを返してきた。


「脱皮が3ヶ月遅れているんでございますよ? 」



『  脱  皮  ッ  !  ?  』



この。突っ込みどころ満載の、トンでもない回答に対して

俺は両腕を上げ、ガッツポーズを取り叫ぶ。


 『  無  罪  確  定  ! 』


どこかバツの悪そうな顔をして雪音さんは


「・・・だって、3ヶ月遅れてるって言うから。」


そう言いつつも、深々と頭を下げ謝罪してきた。


「夏樹さん、早とちりをして疑って大変申し訳ありませんでした。」


顔を上げるとションボリとした涙目をして、俺の表情を伺ってくる。


まあ、解ってくれたのなら、それで良しッ!

取り敢えず、その出刃包丁何とかして下さいネ。


「・・・オホホッ」と誤魔化しの笑いをしつつ包丁を背後に隠す。


「では、私は用意していた席を片しますね。」


深々と一礼し、スッと立ち上がりフスマを開け放つ鏡。

そこには切腹の一席が設えてあったのである。


「このどエスッ! 一体何の用意してやがったんだ!? 」


・・・実に危ないところであった。

辞世の句を読まされる一歩手前の状態であったのだ。


「皆様ってば、恥ずかしい勘違いでございますねえ。」


この騒ぎの当事者であるはずの妖刀は

カラカラと笑いながら、そんな事を抜かしてきたのだ。


殴 り た い ッ ! こ の 笑 顔 ッ !



********************************


「そもそもだネ・・・刀が脱皮ってナニよ? 」


俺のそんな疑問に、皆からしこたまハリセンチョップを食らわされた

頭をサスサスしながら妖刀が答える。


「あるじ様、脱皮と言うのはですね、成長する時に殻が剥けるんです。」


「知っとるわッ!」


「うーん」と腕を組み、小首を傾げて考え込んでいた妖刀は

自分の本体たる刀をスッと抜く。


「いま現在の私は脇差しサイズでございますが

 脱皮を繰り返し刀身が伸びて、やがては本身は太刀サイズにまでなるのです。」


そういうとパチリと己の本体を鞘へと収める。


「まあ、”れべる・あっぷ”ってやつでございますね。」


そして本体たる妖刀を聖剣の掛けられた刀掛けへとそっと置く。

胡座をかき、そんな一連の様子を見ていた俺は、先程から頭の中で渦巻いていた疑念の言葉を口にする。


「・・・なあ、お前ってば、本当は刀の妖怪じゃなくて、甲殻類とかの妖怪なんじゃないの? 」


この俺の言葉に、妖刀は振り向き、心外だとばかりにまくし立てる。


「人形の髪が伸びるんだから、刀が伸びたって良いじゃありませんか!」


「刀が脱皮して伸びるのがおかしいってんだよ!」


そんな不毛な水掛け論を2人でしていると、突然に妖刀が腹を抱えてうずくまる。


「ど、どうしたッ!?」


「来たッ! 来ましたッ! 脱皮する───ッ!!」


そう叫び、真っ青な顔色になり、呼吸も荒くなる。


「は、破水しましたでございますよッ!」


・・・だ、脱皮だよね?


慌てて妖刀を鞘から抜くと、刀身には一面ヒビが入り、その裂け目からは

何か液体のようなものが、ヒタヒタと滲み出てきていた。



********************************


「夏樹さんッ! ちょっと、どいて下さいッ!」


後ろから雪音さんの叱責するような声が響く。

俺を押しのけるように脇へと移動させると、雪音さんは妖刀の具合を確かめる。


「銀色ッ!大至急でお湯を沸かして下さいな! 」

「はいッ!」

「鏡は、サラシとかタオルとか大量に持ってきて下さい! 」

「かしこまりました。」


雪音さんの指示に、2人は短く返事を返すと、キビキビと動き出した。


だ、脱皮だよね?


「大丈夫よ! 忍さん! 私が側で付きっきりで居ますからねッ!」

「・・・お、奥方様ー。」


雪音さんは、そう言ってしっかりと忍の手を握り

妖刀は、脂汗を流しながら、雪音さんの手をがっしりと握り返す。


雪音さんは、忍の汗をハンカチで拭ってやると


「はいッ! 吸って、吸って、吐いてー! 吸って、吸って、吐いてー!」

「ひっひっふー! ひっひっふー!」


これラマーズ式法呼吸法じゃねえか!? しつこいようだけど、脱皮だよね?


「はいはい、夏樹さん! 男の人は、部屋の外へ出てて下さい。」


ええーッ! 脱皮なのに!?

鬼気迫る雰囲気に押され、仕方ないので部屋の外にでる。


バタバタと大きなヤカンと湯桶を持った銀色と

大量の布地を持った鏡が、入れ替わりに部屋へと飛び込んで行く。


手持ち無沙汰になったので、部屋の前で冬眠前のクマのように

オロオロしながらうろうろと行ったり来たりししてみた。


部屋の中からは、「う───ッ!」とか「くぅ───ッ!」などと

妖刀のうめき声と「頑張れ! 頑張れ! 」という女たちの声が聞こえてくる。


「頑張れ! 妖刀! ちょーがんばれ! 」


釣られて、拳を握りしめながら俺も、部屋の外からそんな声をかける。

・・・俺は何をしてるんだろう? 脱皮のハズなのに。


やがて部屋は静まり返り、暫くしてフスマがそっと開かれた。


「・・・無事に脱皮は終わりましたよ。」


額に汗した雪音さんが、満足げにして室内へと招き入れてくれる。

部屋には薄く透き通った殻のようなものが散乱している。極めてシュールな光景であった。


招じ入れられた先で目にしたのは、柔らかいタオルに包まれた抜き身の妖刀本体と

それを満足気に、そして嬉しそうに抱きしめる忍。


しつこく繰り返すけど、これ脱皮だよね?



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