69話 野生の雪女
──旅情溢れる温泉街。
近代的な観光地特有の施設もあり、風情ある温泉街とまではいかないが
ここは古くからの温泉地である。
首都圏から高速道路で2時間程度という事もあってか
大勢の観光客が、思い思いに散策を楽しんでいる。
そんな観光ナイズ化された街の石段を登りつつ
俺の左手に腕を絡め、その豊満な胸を押し当て
「今度は、あの店で射的をしようぞ」と誘ってくる一人の美女。
フワリとした金色の髪を黒のシュシュでまとめ
よく動く蒼い瞳でキョロキョロと辺りの店を物色している。
艶やかな女物の浴衣に朱い丹前姿
その魅力的な肢体は、そんなものでは隠せなかったが
そんな彼女の艶姿に、道行く男たちは誰もが振り返る。
カップルの男などは玉藻さんに見とれ
隣の彼女に抓られている者すらいるほどである。
だが、そんな俺達の背後から、極地のブリザードもかくやの冷たい声。
「・・・遊びに来たんじゃねーです。」
長く流れるような美しい黒髪。
玉藻さんと同じく浴衣に丹前。だが、その着こなしは清楚さを感じさせる。
雪女の雪音さんだ。
彼女はいつもは優しげな瞳を、今はスーッと細め俺たちをニラミつける。
それが、たまらなく恐ろしい。
世界一寒いロシアのオイミャコン村だって、ここまで寒さを感じないだろう。
雪女の本領発揮である。
・・・てか、マジで体感気温が寒いぞ!
雪音さん、寒さ緩めて! 緩めて! 他の観光客の人たちもいるのよ!
「てか、離れなさいませッ!」
そう言いつつ細めていた眼を、クワッと見開き
両手で俺をつかみ玉藻さんを引き剥がしに掛かる。
金と黒の二人の美女から奪われ合う
男なら誰も憧れるようなシチュエーションではある。
ゆえに周囲の視線、額に青筋立てた野郎どもから発せられる殺気を
肌身にビンビン、ビシビシと感じる。
・・・誰なの? 今「死ね」とか呟いたの?
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───事の起こりは、数日前まで遡る。
梅雨なのに空梅雨、初夏の陽気の続く日々。
冷たい物が美味しい時候になってきたので
居間に皆で集まってアイス食べてた、そんな日の午後の事でした。
突然に音楽が流れ
テーブル上に置かれた、雪音さんのスマホが着信を知らせる。
・・・なんで着信音がワーグナーの「ワルキューレの騎行」なの?
雪音さん「朝のナパームの匂いは格別です!」とか言い出すの?
「はい。」
雪音さんが電話に出る。
最近すっかり麻痺しているのだが
雪女がスマホを使いこなしているのである。
ラフカディオ・ハーンがこの光景を見たら、きっと嘆く事だろう。
「まあ、懐かしい。元気だった?」
彼女は、とても嬉しそうに懐かしそうに笑顔で会話をする。
どうやら相手は雪音さんの友人の妖怪女性のようだ。
だが雪音さんは、突然顔色を変え
通話相手に問い返す。
「えッ!・・・ホントに?」
ひどく真剣で真面目な様子だ。何事かにあったのだろうか?
「・・・確かに・・・楽になるわね・・・シフトが」
いったい何の話なの?
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温泉地へと向かう高速道路の、とあるサービスエリア。
テラス席で俺の向かいに座った、サングラスを掛けた金髪洋装の美女。
目的地まで車を出してくれた妖狐の玉藻さんである。
彼女はチューチューとストローでアイスコーヒーを喫しながら
俺の隣に座る雪姫に尋ねる。
「・・・未知の雪女?」
「はい。」
白い着物姿の和装の美女は、その言葉に静かに頷く。
そしてテーブルの上に一枚の写真を示す。
ピントのズレたその写真には、何やら白い影が写っていた。
裏には「未確認雪女-第12号」と書かれていた。
これから向かう温泉地にて未確認の雪女らしき妖怪が確認されたと
出来れば是非とも接触し雪女の仲間に加えたいとの事であった。
そして今回の、この遠征の真意を語り始めた。
曰く、今現在、関東には11人程の雪女が存在しており
彼女たちは、冬には雪山で遭難者救助のボランティア活動をしている。とのこと。
雪音さんの語りは、いささか今回の件とは関係のないような話だった。
そんな疑問が顔に出ていたのであろう。
雪音さんは俺にニコリと微笑むと、こんな質問をしてきたのだ。
「夏樹さんは、雪女にどのようなイメージを持っておられますか?」
「綺麗。」
そんな俺の言葉に、雪音さんは頬を赤らめモジモジと照れながら
「そんなこと・・・」
「残念なおっぱい。」
アイスコーヒーの残った氷をボリボリと噛み砕きなら
ポツリと玉藻さんが、そんな一言を呟く。
「私の事ですよね!? 」
いきなり椅子から立ち上がり
ハンカチを噛み締め涙目で叫び出す雪音さん。
「雪女一般のイメージじゃなくて、それピンポイントで私のこと言ってますよね!? 」
雪音さんの剣幕にツイと横を向き
「テヘペロッ 」と舌を出す黄金の狐神であった。
そんな玉藻さんを睨み付け「はぁはぁ」と肩で息をして
どうにか、こうにか怒りを鎮めていた雪音さんだったが
「コホン」と一つ咳払いすると
世間的には怪談「雪女」のイメージが強いのか
雪女は「恐ろしい女」とか「冷たい女」などのネガティブな印象もあると
「だいたい合ってる。」
混ぜっ返す玉藻さんであった。
そのお煽りに雪音さんは「ギロリんちょ!」と睨むだけにとどめると
「関東雪女組合」としては雪女のイメージアップ作戦を展開中とのこと。
それが「雪山で救助して好印象持ってもらっちゃおう!大作戦」
通称「雪一号作戦」である!
ただ・・・実施状況は思わしくない。
せっかく助けても「あれは冬山の見せた幻影だったのだ。」とか言われて・・・
違うヨ! 幻影なんかじゃないヨ!
ホントに! ホントに! 本物の雪女だヨ!
じゃあって事で、救難隊の格好して助けたら、今度は誰も雪女だと思わなくて・・・
「あの救難隊は雪山が見せた幻影だったのだ・・・」とか
違うヨ! 幻影なんかじゃないヨ!
ホントに! ホントに! 本物の救難雪女だヨ!
それなら!それなら!ってことで
着物姿の正調雪女スタイルで遭難者のところで
「えー! 雪女! 雪女! 」
「雪山救助のエキスパート!雪女の御用命はありませんかー?」
って、拡声器でアピールしたら、遭難者の目の前で雪崩に巻き込まれちゃいまして・・・
「呆れて物が言えぬわ。」
お代わりのアイスコーヒーをチューチューと飲んでいた玉藻さんが呟く。
「よ、よく無事だったね。」
俺がそう云うと、雪音さんはニコリと笑って
「鍛えてますので。」
そうなの。
もう、こうなったら今年の冬からチラシでも配ろうか?って話になってまして
「あなたを助けたのは雪女です」
「雪女!雪女!あなたの隣の雪女をよろしく」
どっかの議員の選挙ビラですか?
問題は、この雪女山岳救助隊のシフトなのですが
「ごめーん!子供が熱出しちゃって!」
「ちょっと旦那と急用できちゃって!」
と、まあ、所帯持ちの雪女達が、急用やら子供の世話やらで忙しいものですから
どーしても、私たち独身雪女組にシフトのシワ寄せが来るのです。
もし・・・もし未確認12号が雪女なら、仲間に加えられればシフトが楽になりますね
先発、抑えで回してましたので
中継ぎがいると非常に助かります。
要するに人手不足なので仲間を増やしたいという
中小零細企業のような切実な悩みだったのだ。
「私も寿休暇に何時入るかわかりませんので
一人でも手空きの雪女が欲しいところなんですよね。」
と「寿休暇」の部分をヤケに強調しながら
チラリと俺を潤んだ瞳で見る。
しばしの見つめ合い。ちょっと照れるね。
「そなたが留守の間は、夏樹は我が手取り足取り腰取り面倒見るから
ズーッとボランティアでも啓蒙活動でもしてて良いぞ?」
いきなり俺の膝の上に乗り、首に手を回しながら
玉藻さんが、そんな事を言ってくる。
「邪魔してやる!」のドス黒いオーラ全開だ。
「そーならないための遠征なんですッ!」
などと言い争う2人ではあったが
わざわざ車出してくれる玉藻さんに、それに律儀に乗せてもらう雪音さん。
実はこの2人、かなり仲良しなんじゃあるまいか?と思う。
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そして冒頭の話へと戻るわけなのだが・・・
決して射的店や土産物や喫茶店を巡って遊んでいるだけはない。
地元の温泉街での目撃証言などを聞き込み、彼女の痕跡を探っているのだ。
その結果・・・・その結果なのだが
「ゴミ箱が荒らされた」や「畑の作物が食い散らかされた」などの証言が・・・
それ、雪女じゃなくてイノシシなんじゃねえのか?と
ホントに雪女なの?
さっきから雪音さんが下を向き暗い顔をして
小さな声でブツブツと「そんなはずは・・・」と呟いているのが、なんだか怖い。
だが無情にも、捕まえようとした人が抵抗されて軽い凍傷負ったとか
温泉の排湯が流れてる用水路が凍ったなどの証言もチラホラと・・・
「・・・野生の雪女か。」
「ほふほふ」と焼きたてのタコ焼きを頬張りながら、玉藻さんが呻く。
緊張感が欠片も感じられない。
・・・まあ良いか、せっかくの温泉地だもの
探索の合間は、少しだけ羽でも伸ばしましょうかね。
「良い宿も取れたのじゃから、ゆっくり探索しようぞ。」
・・・玉藻さんは売店でソフトクリームを注文しながら、そんな事をのたまう。
少しどころか、ハメ外し過ぎじゃない?
でも、急の急の話で週末なのに良くお宿が取れたね?
雪音さんが「ちゃらん」で予約取ろうとしたけど、どこも満室だったし。
「しかも、あんな良いお宿とか、大変だったんじゃない?」
俺がそう尋ねると玉藻さんは小首をかしげながら
「浅葱色に伝えたら、すぐに宿の予約は取れたぞ?」
「!」
そうか・・・浅葱さんが手配したのか・・・
道理でチェックインする時に「東京の姫神です」って伝えた時に
フロント係が笑顔のまま真っ青になってブルブル震え始めた理由がわかったよ。
浅葱さん! どんな手段使って宿取りやがりましたか!?
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てなわけで、散々と観光楽しんだその日の晩。
ホタル見学から帰ってきて、「じゃあ、今度は探索行こうか?」となった時に
「こんな事もあろうかと罠を仕掛けをしておいたぞ。」
「貴女、何してますのん!?」
何時の間に仕掛けたの!?
てか雪女って罠で捕まえられるものなの?
「人型高等妖怪が罠に掛かるわけないじゃないですか・・・」
そんな存在に、どんな罠を仕掛けたのあろう?
封魔の霊力多重結界とか、式神部隊でも投入してるんだろうか?
「其処らにあった材料で出来たぞ。」
ありあわせの材料で玉藻さんが仕掛けた罠。
嫌な予感しかしない。パチンコ玉とか詰めて対人地雷とか仕掛けてないだろうね?
───そして、その設置場所に赴いた我々が目にしたのは・・・
大きな・・・大きなザル。それにつっかえ棒。その棒にヒモが繋がったという。
しかも餌は安いカップのアイス。
伝説にある古典的な罠だった。
「こんなんで捕まえられるわけないでしょう!」
これを見て、つま先立ちし、激昂して抗議する雪音さん。
・・・だよね。これじゃあ今日びはスズメだって捕まえられないよ。
だが、黄金の狐神は、腕を組み不思議そうな表情をして
「・・・雪女じゃぞ? 」
堪らず雪音さんが食って掛かる。
「どーゆー意味ですか!?」
「雪女なら掛かるに決まっておる!」
自信満々に言い切ったよ。この女性。
「ちょっとそこの温泉宿の裏庭まで顔貸して下さい! 」
───その時! その時のことである
俺達の視界の隅に素早く動く白い影!
そして耳に「パタリッ!」と響くカゴの落ちる音が聞こえたのだ!
「マジでホントに掛かった!」
「雪女じゃもの。」
「もーいやー!」
バタバタとカゴの中でもがいている謎の雪女。
俺達の足音が近づくと、警戒したのかピタリと、その動きが止まる。
そして、そーっとカゴを開いてみると・・・そこには
まん丸で黒々としたクリクリと愛らしい瞳。
長く雪の様に真っ白でフサフサとした体毛が全身を覆っている。
右腕にはおシャレな銀の腕輪のアクセサリー。
これは・・・
雪 男 だ ー ッ! ! コ レ ー ッ ! ! !
しかも、どうやら幼生体らしく身体が小さい
罠にかかって怯えているのであろう。
ギュッと目をつむり、手で頭を抱え
身体を丸く縮こまらせて「・・・きゅー」と鳴いている。
「ズキューン! 」とキタ!
こんなん可愛いに決まってんだろ!
背後を振り返ると
雪女と狐神の2人がキュン顔してた。
俺達は頷き合うと、みなでモフり倒したのだった。
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───その後の話である。
雪男は他の雪女さんたちに「カワイイ!」と散々とモフられたらしい。
で、今年の冬からシフトに入って一緒に活動もするそうな。
・・・実は雪音さんたちには、最後まで指摘しなかったのだけれども
雪女たちのイメージアップのための活動
たぶん雪男のインパクトに全部持って行かれると思う。