玉藻慕情
緑射す屋敷の庭に真っ赤なコンバーチブルのスポーツカー
その車体に寄りかかり脚を組む
腰までかかるフワッとした長く艶のある黄金の髪
豊穣の神に愛されたような肉感的な身体
サングラスを少しズリ降ろし碧い瞳がのぞく
不敵そうにドヤ顔をする美女
絵になる女ではある。
「アメリカンな映画にでも出てきそうな絵面だよなぁ」
しかし、この女は日本の狐神である。
「すっごい高そうな車だよな。どうしたのコレ?」
買ったのじゃ。と何事もないように黄金色の髪を弄びながら言い放つ
「富裕層め」思わず心の叫びが声に出る。
世の中、妖怪ですら高級車が買えるのに。働けど働けど我が暮らし楽にならず
「さ、乗るが良いぞ」
助手席のドアを開け、こっちに来いと挑発的に指でチョイチョイする
「何故ゆえに?」
プーっと頬を膨らまし狐の神は俺の手を取る
「でぇとじゃ」掴んだ白い手の爪は真っ赤なマニュキュア
神のチカラに抗える人など無し。助手席へと引きずり込まれる
ヤレヤレとシートベルトを締めながら
「免許は?」サングラスをあげ、魅惑の碧眼がこちらをチラリ
「昔取ったぞ」昔…むかしね。まだ昭和の御世の話だと良いんだけど
馴れてはきた。なんとなく理解できてきた。
妖怪たちは文明の利器が好きだ。ヒトの作ったものが好きなのかもしれない。
ヒトと生き、ヒトを愛する敷島の神々。それが妖怪たちなのだ。
意外なようだが雪音さんもトラクターに乗れる
野良着を着て嬉しそうに田んぼを耕して行く図がちょっと想像できないが
ミッションをローから二速へ入れる
屋敷から道路に出て、加速し三速から四速へ
風に流れる玉藻の金髪がとても美しく感じた
風に負けずと玉藻に訊ねる「ところでどこへ?」
「でぇとだと云うたであろう?」クンッと加速し五速に入れる
彼女はニマーと、いやらしい笑みを浮かべ「仕上げは連込宿じゃ」
その瞬間に俺は「誰か助けてー!」と絶叫を上げた
着いたのは東京湾沿いの海だった
「脅かすなよ」俺が云うと、潮風に流れる髪を抑えながら女は笑った
海を見る
夏の陽光にキラキラと煌く水面。鴎と潮騒の声
心地の良い潮風。蒼さの中へと湧き昇る白い入道雲のコントラスト
「来て良かったかも」「であろう?」
海と夏の風「気持ちいいな」「…そなたの「波」の如くな」玉藻はジッと海を見ている
「緑の首飾りは?」ビクン!と彼女が俺を見る
何故そんなことを言ったのか自分でもわかない。ただ緑の首飾りが気になった。
ジッと見つめ続ける碧い碧い双眸。そこからツッと一筋の涙が零れる
「輪廻から逸れしは巡る輪廻に…また逢えたのか」
そっと玉藻を抱き締める。そうしなければいけないような気がした。
彼女は俺の腕の中で肩を震わせていた。
その後はしばらくお互い無言だった
何があったわけでもない。
ただただ海を見つめて無言の時間が過ぎる
「帰るかえ」
エンジンに鼓動が蘇り車は悍馬の如く街へと向かう
先程のことは聞かない。彼女も語らない。それで良い。
左のウインカーが点滅する
「降りるのか?」「これからは混み始めるであろうからな。下をゆく。」
ふう。と息をつく「寝ていても良いぞ?」「いや、良いよ。」「そうか。」
しばらく喧騒の中を走り抜ける。ヒト人ヒト。人々の暮らす街。
大勢の悲喜交交と喜怒哀楽のひしめく街。
玉藻を見やる。彼女はチラとこちらを見て微笑む。
たまには、こんな日曜日も良い。彼女の気まぐれに付き合うのも悪くはない。
やがて再びウインカーが点滅する。交差点には、まだ遠い。
ある建物へと車は乗り込む。……ちょっと待てや。
「云うたであろう?」彼女はニンマリと笑う。
「最後は連込宿じゃと。」