66話 見せ場
───春の深夜。
薄霞の掛かった淡い月影が夜道を照らす。
全力疾走で丁の字の曲がり角を曲がると・・・一人の女性が立っていた。
季節外れのトレンチコート、口には大ぶりのマスク
長い髪を春の風に揺らし、ポケットに両の手を突っ込んでいる。
そして彼女はニンマリと眼を細めると・・・
「ねえ、私キレイ?」
そんな彼女の問いかけなど、一切を無視し
有無を言わせず、彼女を抱え上げる。
「ふぁっ!?」
そして、そのまま再び走り出す。
俗に言う、お姫様抱っこというヤツである。
「いやぁああああ! 離して!この痴漢!」
腕の中の女性は、恐怖に目を見開きジタバタと暴れる。
失礼な、誰が痴漢だ?
「暴れるな!運び辛い!」
ピシャリと窘めると、顔を引きつらせて押黙る。
───その時である
ゴロンッ!ゴロンッ! ゴンッ!
会社帰りの俺を追っていた
大きな黒い球体が、先程の丁の字にスゴイ勢いで転がってきた。
そして、向かいの家の塀に激突すると、其れは停止した。
「ヒッ!」
腕の中で、女性は短い悲鳴を上げる。
そしてキューッと俺の首に、しがみついてきた。
「ナニあれ!?」
「知らんッ!」
正直こっちが聞きたい。
会社帰りに路地曲がったら、目の前に丸い玉っころが居て
そんで、それがゴロゴロと追っかけてきたのよ。
ビックリしたなー、もう。
せめて「出るよ!」って予告くらいして欲しいよネ!
そんな俺の態度に
腕の中の女性は呆れたかのように
「なんで落ち着いてられるの!?」
「よくある日常の風景なモノなので」
なんで?と聞かれてもね。
この程度の怪奇現象とか、よくある日常の話でしょ?としか
「どんな日常を送ってるのよ!」
どんな日常と聞かれましても・・・
妖怪さんや、稀に神様に因縁付けられる日々ですネ。
要は「慣れ」ってヤツなんでしょうか?
人間、キツい事、大変な事も続けば、それが案外と日常になってしまう物なのです。
こういう時にこそ、慣れによるヒヤリ・ハッとに気を付たいものですネ。
「私的には、もう充分に重大事故発生事態よ!」
そんな行きずりの男女による夫婦漫才をしていると
件の玉っコロに、小さな光が二つ灯る。
此方を向き、明滅を繰り返し大きな丸い光を発している。
どうやら、あれが目の様ですね。
「ずいぶん冷静に観察してるのね・・・」
そして玉っコロは、コロリンとゆっくりと転がり始めた。
「・・・ねえ、またこっちに転がって来たわよ!?」
「動いたね。ところで、そろそろ降りてくんない?」
降りやすいように、そっと腰を落とすと
彼女は、はにかむような表情を見せ地面へと降り立った。
「あー、重かった。」
俺がポツリと一言呟くと、彼女は突如として豹変し
「ブッ殺すわよ! あんた! 」
中指を立てて、すごい剣幕で怒鳴られた。
・・・すげー怖い。
なんで怒ってるんだろう?この女性。
そんな、こっちの事情など知らぬとばかりに
謎の球体はゴロリ、ゴロゴロと迫ってきた。
「どうすんのよー!!!」
悲鳴を上げる彼女の手を「こっちだ! 」と引っ張る。
二人して一目散に逃げ出しながら
先程から考えていた策を、彼女に明かすことにした。
「この先を少し行った処に神社がある。」
「神社?」
彼女は、そう問いかけてきた。
かなりの速度で走っているにも関わらず、息一つ乱れた様子がない。
やっぱり、この女性もヒトじゃないよな。
今さらだけど。
「そこに鬼石曼子な女神様がいる。」
清楚可憐な絶世の美女。
そんな擬態をした鬼神の姿を、俺は思い浮かべた。
「女神様? それに鬼島津?」
「そんで、バイオレンスな方向で解決してもらおう!てなことを考えてる。」
あの女神様なら楽勝だろう。
「なに、それ怖いッ!」
あれ?普通の人にとっては怖いことなのか?
近かったこともあって、神社には、たちまちのうちに着いた。
鳥居を潜り参道を走る。
宮に着くとそこには・・・
(出張ため、しばらく留守にします)などと張り紙が・・・
「留守じゃない!」
「肝心な時に使えねーな! あの女神様! 」
こっちとしては、あの理不尽で無慈悲な暴力を期待にしてたのに!
すっかり、あてが外れたわ!
ゴロゴロと玉もまた、鳥居をくぐって追ってきた!
「どうするのよ?」
「三十六計逃げるに如かず。」
これは敗走ではない。戦術的転進である。
そんな事を考えていたら逃走経路に先回りされた。
げぇっ! 玉っころ!! な事態発生である。
「塞がれたわよ!」
俺の背に隠れながら彼女は叫んだ
「妖刀か聖剣がいればなあ・・・」
「・・・あなた何者なの?」
彼女は僅かに俺から距離を取り
怪訝そうな顔で、そんな事を聞いてきた。
「サラリーマンだ!」
カッコよく正義の味方っぽく名乗ってみた。
「そんなサラリーマンがいるわけないでしょ!」
彼女にギャグは通じなかった。ちょっとヘコむ。
俺が、少しばかりハートブレイクでアンニュイな気分になっていると
目の前の球体にピシリと裂け目が走る。
グオン!グオン!と不気味な起動音と共に球体パーツが外側へと展開し広がっていく。
カシン!カシン!とパーツは擦れ合い、伸長しながら何かの形へと変わった。
それは紛うことなきヒト型だった。
オモチャにして売り出せば、子供たちに人気が出そうな完全変形である。
・・・なんだろうコイツ?妖怪じゃないみたいだが
自分の意思みたいなモノが感じられないんだよね
「あなたヒトでしょう?下がってて、・・・私が何とかするから。」
容易ならぬ雰囲気に、ヒト非ざる彼女は己の力で立ち向かわんと決意をし
キリリと表情を引き締め玉モドキと向かい合う。
夜風にトレンチコートを投げ捨て、マスクを外す。
春物の薄地のセーターに、スカート。
整った顔立ちの美しい女性だった。
彼女は髪を振り乱し、猫背気味になると、両の手をダラリと前に垂らす。
そして「フゥーフゥー」と獣の様な荒い呼吸になる。
「ピッ!」と、その美しい肌に切れ目が走り、カパンッと口が裂ける。
あッ! 口裂け女さんだったのか?
「勝ったな。」そんな事を呟いてみる。
・・・・が
「ダメッ!やっぱり怖い!」
突然そう叫ぶと、彼女は血相を変えて、俺の後ろに逃げてきた。
裂けていたハズの口も元通りに戻っていた。
あかーん! これは、あきまへんわ!
どないしよ!?
これは、もう屋敷まで戦略的撤退あるのみか?
その時のことである。
─── 烈風が吹付け、謎の怪物を俺達から押し戻す。
それと同時に
俺達の頭上を、銀糸の髪と白と黒のメイド服が舞い
其れは俺を護るように、怪物と対峙する位置に着地する。
妖刀を腰だめに抱え、居合抜刀の構えを取る。
「あるじ様!」
「銀色! 妖刀!」
援軍の到着であった。
「夏樹ッ!」
その身に旋風を纏い、長い銀色のお下げを揺らし
スカートをはためかせ、白い羽毛扇を手にした
翠玉の瞳を持つ天狗の娘が天から舞い降りてくる。
「姫も!」
「子供の妖狐に・・・それに、大天狗ッ!?」
銀色と天狗の姫のダブル銀髪コンビwith妖刀を指差し
驚愕の色を見せる口裂け女さん。
「それじゃあ、あなたが、あの有名な・・・」
フッ・・・バレちゃあしょうがありませんネ!
そうです! 私があの有名な・・・
「妖怪女誑し」ね!?」
「失敬なッ!」
誰が、妖怪女誑しか!?
ボクは、妖怪美女さんとの、ちょっとだけ爛れた愛欲の日々を
妄想してるだけの、清い身体の男の子よ!
てか、どこまで広がってんだよ!?
その噂!
ぐももも・・・と腕を伸ばし俺たちに相対する
玉モドキ改めヒト型をヤブ睨みしていた姫が
「式神? うーん・・・違うな、西洋のゴーレムってヤツかな?」
「なんで、そんなモンが転がって追ってくるんだ?」
そんな俺の問いに彼女は
ほっそりとした腰に軽く手を当て、上半身をかがませ
「夏樹、胸に手を当てて思い出してみて。」
ピッと指を一本立て、俺の胸に軽く当て、眉間にシワを寄せて尋ねてきた。
「西洋の魔女とか、女錬金術師とかにコナ掛けたとか、恨み買ったとかの覚えない?」
「記憶にございませんッ!」
酷い冤罪だッ!
「本当かなー?」
そう言いつつ目を細め、両の腕を組む。
姫のその姿勢に圧迫された胸部は魅力的に強調される。
これで、元男でさえなければ・・・。
「痴話ケンカは後にしてくれる?」
呆れたような口調で、口裂け女さんが指摘してくる。
痴話喧嘩などしてはいないッ!
だって男女の関係など何もないんですからネ。
「あッ!そうそう、ハイこれ。」
背後で姫が「ポンッ!」と手を打つと
ズシリとした刀を俺に手渡す。
「えくすかりばー!・・・虎徹」
「えッ!? ナニソレ?」
口裂け女さんが俺の手の中にある刀を覗き込む。
「セール品の聖剣。」
鍔がカタカタと鳴って抗議してくる。
ゴメンね。でも、事実だから。
んじゃあ、ここから反撃タイムですよ。
たまには主人公らしく、ビシっと格好良く決めたいですからねッ!!
「・・・普通のサラリーマンが刀なんて扱えるものなのかしら?」
「私の身体を、散々と弄んでテクニックを磨いたのでございますよ?」
銀色の手の中で、そんな事を抜かしてくる妖刀。
「誤解を招くような言い方をするな────ッ!!!」
「大丈夫なの?」
天狗の姫が心配そうに、そんな声を掛けてくる。
「任せろ! 中学時代に剣道の初段を取ってる。」
「うーん、初段かー・・・」
額にタラリと一滴の汗を流してのたまう姫。
大丈夫! 主人公は負けない!
はずだ・・・たぶん。
スッ・・・と鯉口を切り、刀を抜き放ち、鞘を投げ捨てる。
ギラリッ!陽光の輝きにも似た光を放つ「聖剣えくすかりばー・・・虎徹」
軽く振ると、夜の闇に輝く刀身は、光の軌跡を残す。
「あ、鞘を捨てた。」
「夏樹、破れたりッ!」
カッコいい決め時なのに、外野が煩い。
スチャリと聖剣を正眼に構え、正体不明の可変ゴーレムと向き合う。
煌めく刀身が、暗闇の中の敵をハッキリと浮かび上がらせた。
だがゴーレムは聖剣の煌めきに怯む様子すら見せない。
妖怪や魔物と違い、おのれの意思を持たぬからなのか
それとも絶対的な自信があるから故なのか
微動だにせず佇んでいる。
「動かないな・・・スキがない。」
付入るスキが全く見えない。
「コヤツ出来る!」
額から脂汗を流し、互いに対峙し続ける。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
しばらくして、姫がスッと俺の横をへ通り抜け
ゴーレムに近づく。
「危ないぞッ!」
だが、彼女は構わずゴーレムの間際まで近づくと
その目と思われる部分で手を軽く振ってみせた。
そして小首を傾げた後に
此方へと振り返り
「完全に停止してるね。」
「ふぁッ!? 」
「霊力切れっぽいね。」
姫はゴーレムに「ヨイショ」と、よじ登り何かを確認すると
俺たちに、そう告げてきた。
堪らず、俺は叫ぶ。
「じゃあ主人公としての、俺の見せ場は!?」
「ないッ!」
女達の無情な声が、夜の神社の境内に響いた。
「で、でも、あるじ様、格好良かったでありまするよ? 」
銀色のフォローが、とても心に痛い夜だった。




