65話 聖剣
長い黒髪を首のところでまとめ上げ、唇には真っ赤なルージュ。
ピッチリとした桜色のブラウス、七分袖のスーツジャケットにタイトスカート。
豊かな膨らみと尻まわりを強調するファッションではある。
そして、その細い腰に右腕を添え、足を半開きでポーズを決める。
伊達のメガネを掛け、ジロリと此方をにらむ。
思わずゾクゾクしちゃうよネ。
ツンとした、おすまし顔。
この一見デキる女、実は「妖刀の忍」である。
・・・が
次第に、おすまし顔にジットリと脂汗が浮かび
プルプルと小刻みに震え始めた。
「・・・も、もう、そろそろボケても良いでございますか?」
「あと、少し我慢して下さいねー」
首からストラップで垂らしたストップウォッチを片手にバインダーを小脇に抱え
雲外鏡の鏡は顔も上げずに無情に告げる。
やがて妖刀の忍は頭からピー!と湯気を吹いた。
「もう限界でございますよ! 」
隣でストップウオッチを止めた鏡が厳かに告げる。
「5分持ちませんでしたね。」
冷静な顔でボードに記録タイムを書き込む鏡であった。
「スタイリッシュ妖刀の活動限界は5分以内か」
「ボケてないと呼吸できないのと同じなのでありましょうね。」
「婦警さんファッションは3分持たなかったから、持ったほうじゃないか?」
「次はどうなさいますか?」
ズラリとコスプレ衣装の掛けられたハンガーラックで
次の衣装を物色しつつ、彼女はそんな事を尋ねてくる。
「婦人自衛官の制服にするか?」
「ナース服もありますよ? 」
淡桃色の昨今では見なくなった、スカートの看護師服を指し示す。
「まだ続けるんでございますか!?」
ペタンと床に腰を付き、はぁはぁと荒い呼吸をする妖刀を眺めながら
俺達がそんな会話をしていたところ・・・
───重々しくドア・ノッカーが叩かれた。
俺達の側で、引きつった笑顔で冷や汗を垂らしていた銀色が
玄関へと飛ぶように向かって行った。
暫し後、銀色が来客を伴い案内してきた。
そこに居たのは獺祭堂の女主人である阿戸さんだった。
落ち着いた柄の着物姿。
シニヨンにし、うなじの後れ毛が艶っぽい。
そして俺と目が合うと、蕩けるような微笑を浮かべる。
すると、スッと俺の前に雪音さんが立つ。
「あら、本日は何の御用でしょうか?」
笑顔を浮かべ、阿戸さんへと応対する。
・・・が、その眼は細められ、決して笑ってなどいなかった。
「はい、先日のお詫びも兼ねまして……ご機嫌伺いがてらお訪ねした次第でございまして。」
微笑のまま慇懃に答える阿戸さん。
が、彼女もまた、その眼は笑ってないどいない。
嫌すぎる・・・この空気。
「あらあら、わざわざ此方にまで出向かれなくて結構でしたのに・・・」
「いえいえ、何時も御迷惑をかけているのは此方ですので。・・・ところでご主人様に」
阿戸さんはチラリと俺に流し目を送り
(ふふっ)と笑いかけて来た。
それに対して、雪音さんはソッと目を伏せ、実に、実に残念そうに
「主人は、生憎と出掛けておりまして・・・」
「雪音さんの・・・すぐ後ろに立っておられるように、お見受けできるのですが?」
この雪音さんのあからさまなウソに、阿戸さんは
気分を害した様子など微塵も見せず、穏やかな態度で事実を指摘する。
「あらイヤだ! 全く気づきませんでしたわ。」
「ついウッカリって偶にありますものねえ。」
白々しいまでので会話が続き、二人して袖で口元を隠しコロコロと笑い合う。
イヤダ!!!
この二人の会話ってば、ちょー怖い!
下手なホラー映画なんかメじゃない怖さだぜ!
何か嫌な汗が吹き出てきましたよ!
何ら、やましい事などしていないのだが
心に鋭いトゲのような物がビシバシと突き刺さる。
後ろで妖刀と雲外鏡がヒソヒソと内緒話をしている。
「これが”修羅場”というものでございますね?」
「突如として本妻のもとに押しかけてきた愛人。その対決って感じの場面ですね。」
お前ら二人で、人聞きの悪いこと云わないでくれ!
俺は、まだ何もしていない!!!!
「修羅場でありまするか?」
妖刀と鏡のひそひそ話に銀色が加わる。
誠に教育上よろしからず。
銀色は、あんまり変な事を覚えないようにネ。
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居間に微妙な空気が流れる中
獺祭堂の女主人には、茶と茶菓が饗されたのだった。
「粗茶でございますが・・・」
「どうぞ、お気遣いなく」
空々しいまでの儀礼的な会話が交わされた後
雪音さんと阿戸さんは、互いに「ホホホ」と笑い合う。
お願いです、もう勘弁してください。
このままでは俺の胃がストレスでマッハなんです。
───雪女と獺の妖怪。
その二人の互いの腹を探り合うような会話が、しばらく続いた後に
阿戸さんは、持ってきた荷物をテーブルの上へと置き
シュルシュルと風呂敷を解いてゆく。
それは紅桔梗色の鞘袋に収められた、一口の刀だった。
俺の目の前にソッと下ろし
「どうぞ。」
どうやら「抜いてみろ」と言いたいらしい。
雪音さんと顔を見合わせコクリと頷く。
ゆっくりと鞘から抜いてみる。
怖いくらいに美しい刃紋の浮かぶ見事な日本刀であった。
俺のような門外漢ですら感じるような、凄まじいまでの霊圧もビンビン伝わってくる。
「これは?」
この俺の疑問に
阿戸さんは、瞳を閉じフッと息を吐き
「聖剣 えくすかりばー・・・」
「!!!!!」
マジで!?
伝説の聖剣ではありませんか!!
・・・でも、エクスカリバーって西洋刀のハズでは?
これって、どう見ても日本刀に見えるんですけど?
阿戸さんは一拍置いて続ける
「虎徹。」
「ほヘッ!? 」
『 聖剣 えくすかりばー虎徹 ! 』
阿戸さんは、いっそ自慢げに刀の名を告げる。
と同時に「カポーン! 」と、鹿威しの如き音声と共に顎が落ちる。
開いた口が塞がらない。とはこの事か!?
「なんじゃあ!!!! そりゃあ!!?? 」
そんな疑問に、彼女は音吐朗々と解説を始めたのだ。
「かのギリシアの鍛冶神ヘファイストス・・・」
「その神が日本での修行時代に打ち上げたと伝わる伝説の聖剣です。」
何やら、すんごいウソ臭い話になってきた。
てゆーか、ギリシア神とエクスカリバー伝説は全然関係無いよね。
そもそもギリシアの鍛冶神の、日本での修行時代って何よ?
中華料理店のシェフが「ミーは、おフランスで修行したざーますアル。」みたいな
すっごい違和感、と言うか場違い感。
で、この珍奇な聖剣を僕達に見せた理由は何でしょう?
「はい、掘り出し物の聖剣のセールスに来ました。」
阿戸さんは直球どストレートな売り込みを掛けてきた。
掘り出し物ねえ・・・
確かに、珍品なのは認めるが、こんな「珍剣」買ってもなあ・・・
「えーとですね・・・伝承によれば。」
「うーん・・・」と腕を組んで考え込んだ俺を見て
彼女は、もう一押しと見たのか、さらなるセールストークを続けてきた。
「鍛冶神の打ち上げた刀は、神々しい聖なる力が宿る、
それは、それは素晴らしい名刀でした。」
彼女は、聖剣を押し頂き、軽く頭を下げ一礼をし
スラリと鞘から引き抜く。
「まさに聖剣の名に相応しい一口だったのです。」
抜き身の刀身は、眩いばかりの陽光の様な輝きを放つ。
「さて、この名刀に銘を付ける段になって
ランナーズ・ハイならぬ、鍛冶場ハイになっていた神ヘファイストスは
「 え く す か り ば ー 虎 徹 」
と命名したのです。」
勢いで付けちゃったのね。
何故か、その逸話の終わったところで聖剣の輝きがドンヨリと曇った。
何となくだけど・・・キラキラネーム付けられた子供が
グレちゃう気持ちが理解わかるような気がするわー。
「のちに神ヘファイストスは
『 その時は良い銘だと思って名付けた。今では反省している。』
との言葉を、去年の年末にゴールデン街の赤提灯店で漏らした。との事です。」
ダメじゃねえか!!!
しかも、つい最近の話かよ!?
てか、ギリシアの鍛冶神が、なんでゴールデン街で一杯引っ掛けてんの?
常連なの? 常連なのか!?
行くと、他の顔馴染み連中から「あ、へーさん、来た!キタ!」とか言われてんの?
「何でもマクイルショチトルが、ギター担いで、流しとかしてるらしいですよ?」
「女神フレイアがママやってるバーもあるそうです。」
暇だな! 神様たち!
というか、日本の飲み屋街で、みんな何やってんの!?
いったいゴールデン街って何なの?
「伝え聞いた話しによれば
『日本には八百万いるんだから、一柱、二柱くらい紛れ込んだってわかんないだろ?』
って事で息抜きに来てるようです。」
なにその「 Godsは何しに日本へ? 」状態!?
てか、モロバレしとるがな。
───ここで、それまで隣で黙って聞いていた雪音さんが口を開く。
「良いじゃないですか。」
彼女はニコヤかに実に嬉しそうに
「 ”えくすかりばー虎徹” なんて、ちょっと可愛いじゃないですか。」
「私は好きですよ?」
しまった!
この命名センスが雪音さんの琴線に触れた。
聖剣は、ますますドンヨリどよどよと曇る。
刀なりに命名に不満があるようだ。
ただ、流石に妖刀のように霊体を出すまでには至らぬ様子。
ここで、その妖刀がおずおずと手を挙げて質問してきた。
「あのう・・・聖剣来たらわたくしは、どうなってしまうのでございますか?」
妖刀が捨てられそうな子犬の表情で尋ねてきた
きゅーん・・・きゅーん・・・と今にも鳴きそうな顔してる
「お払い箱でしょうね。」
鏡が、悲痛そうな顔をして、そんな事を言う。
いや、お払い箱と考えてねえし
「でも大丈夫ですよ」
鏡は、微笑み妖刀の肩にソッと手を置くと
「先輩は、私が責任を持って養って差し上げます。」
目を爛々とさせてハァハァと荒い息しながら言うな!
突然、何かを思いついたのか手をポン!と叩いて鏡は叫ぶ。
「 ! 首輪とリード買ってこなきゃ!」
完全に飼育する気満々だよ! この変態鏡!?
そんな 妖刀 と 鏡 やり取りの様子を見て
阿戸さんへと振り返る。
「という訳で、ウチはもう妖刀を一本飼っているので・・・」
申し訳ないけど、妖刀一本の世話だけ大変なのです。
ちょっと聖剣のお世話までは・・・
「でも今キャンペーン期間中なので。」
だが、敵もさるもの、商売人の面目躍如で退く気はなかった。
てか、キャンペーン中って何よ!?
『春の聖剣祭り』でもやってるの!?
「今ですね、この聖剣を御購入いただきますと、サービスくじが引けるんですのよ?」
サービスくじ?
阿戸さんは、指を一本立てて嬉しそうに告げる。
「当たりが出たら、もう一本!」
聖剣って棒アイスか!?
「えーと・・・」
何やらカタログの様な小冊子を取り出し
ページを捲って、俺に見せてきた。
「レーヴァテイン草薙」「冷艶鋸グングニル」「アロンダイト純鈞」「バイコヌール種子島」
などの聖剣が・・・どれにします?」
おい!最後に関連性がないの混じってるぞ!
関係ないが、鉄砲伝来で有名な種子島氏の子孫の種子島時休海軍技術大佐は
日本で最初のジェットエンジンのネ20の開発に関わっていた。
豆知識でした。
「そして、更に聖剣を10本集めると・・・・」
あらゆる英知でも授かるのかな?
てか10本も要らないよ!!!
「なんと抽選でペアでハワイ旅行に御招待!」
カタログの懸賞の欄を開き、見てとばかりに示す。
それも抽選かよ!? どんだけ量産したんだよ!? 聖剣を!?
それに景品がハワイ旅行に御招待ってのが、すごいんだかすごくないんだか微妙すぎる!
しかも参加賞がタワシとイエス・ノー枕って何よ!?
───「阿戸さん、ひょっとしてウチにからかいに来てない?」
流石に、幾らなんでも、これは無いだろうと思い
彼女のイタズラではないか?と考え尋ねてみた。
すると阿戸さんは、ツイと眼を反らし
悲しげにポツリと呟いた。
「ノルマがキツイの・・・。」
・・・聖剣って販売ノルマあるんだ。知らなかったわ。
「ほらほら、抜くと花が咲いたり、水が出たり、・・・便利ですよ?」
彼女は聖剣を鞘から抜いて刀身の代わりに花を出したり
切っ先からチャーと水を出したりして、聖剣の高機能をアピールしてくる。
彼女も必死なのだが
聖剣も聖剣で必死であるようだ。
「それって本当に、聖剣に必要な機能なの?」
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結局のところ聖剣「えくすかりばー虎徹」がどうなったのかというと
・・・我が家のパーティー・グッズとして購入する事となった。