63話 鉄の男
──「じゃあ遠慮なくブスッ!と行きますネ。」
俺のそんな宣言に
金髪碧眼の狐神である玉藻さんの
いささか、慌て気味の制止の声が響いた。
「待って! ストップ! そちらではないぞ?」
「ああ、こっちの穴か?」
黒く長い髪をシニヨンにした美女
獺の妖怪である阿戸さん。
潤んだ瞳で俺を見つめながら、ソッと手を添えて……
「……ここですよ? 間違えないで下さいましね。」
優しく俺を誘導していく。
そして俺は「カチリッ」と突き差したのだった。
「旦那様、アップデートを開始します。」
ちょこんと机の上に座った手足の生えた鏡。
我が家の雲外鏡の背面のコネクタにLANケーブルをネ。
隣にいる妖刀の忍がニヤニヤとして
天井を見上げながら呟き始めた。
「ぷぷぷッ! 皆様、一体何をしてるのと思われたのでございますか?」
お前は天井方向の、誰と話をしているの?
そこに、一体誰がいるの?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
雲外鏡のメンテナンスとアップデートのために
獺祭堂へとやってきたのだが……
一体、どんな理屈で付喪神のヴァージョン・アップが行われるのであろう?
そして誰が、新しいアプリケーションやアップデータを作成しているのか?
……謎は深まるばかりである。
ちなみに玉藻さんは、俺がフェロモン妖怪の阿戸さんに
魅了などされないようにと、目付役として着いてきた。
オマケとして妖刀の忍まで装備させて
そこまで信用ないのか俺?
──雲外鏡の更新作業には、暫く掛かるとの事で
奥で阿戸さんが、お茶を淹れてくれているのだが
俺はブラブラと獺祭堂の店内を物色していた。
店内には、堆く溢れんばかりの様々な品が所狭しと積まれ展示されている。
「相変わらず、すごい量の骨董品だ。」
隣で、一緒に物色している玉藻さんが
嬉しそうな顔で何かを見つけて俺に掲げてみせる。
「ほれ、イエス・キリスト3才時の頭蓋骨じゃそうだぞ? 」
「……どう考えてもニセモノですね。」
大丈夫か?この店。
ふと、棚に置かれた古ぼけた木箱に目が止まる。
達筆ではあるが擦れかけ文字『 鉄 人 』と大書されていた。
背後にフワリとした気配が近づく。
肩越しに阿戸さんが俺の見ていた箱を覗き説明してくれた。
「これは鉄人と呼ばれるモノの頭だそうです。」
「推古天皇の御代に靺鞨国から攻めてきたという、あの鉄人か?」
実に解説的な台詞ありがとうございます!
ボクは「鉄人」って聞いて、遠隔操作で動くあっちを連想しました。
──古代日本に攻めてきた鉄人。
が、鉄に覆われていない足の裏(伝承によっては胸腹)を刺され呆気なく退治されたという
ギリシアの青銅巨人タロスに似た伝説ではある。
そッとフタを開けると、そこには布に包まれた面が一つ収められていた。
黒光りする鉄で出来た面にはサビ一つ浮いてはおらず
千年以上の時の流れを経た物とはとても思えない。
「これは、ひょっとして考古学的資料と呼ばれるものではあるまいか?」
果たして、こんな物を売買していいのだろうか?
「考古学とか大仰な。」
「わたし達が生まれる少し前の話ですよね?」
(1000年以上前の話だよね?)
俺が、心の中でそんな事を考えていたところ
隣で箱の中を覗き込んでいた妖刀の忍が
「千年以上前など十分に大昔でございますよ?オバちゃん達。」
と、言ってはならぬことを言ってしまったのだ。
ハハハッ!こやつめ!
地雷を踏み抜きよったどッ!
2人は暫し顔を見合わせ、忍に向き直りニッコリと微笑むと
「ガッシッ!」と各々、妖刀の片手を掴むとズルズルと何処かへ引きずって行き始めた。
「フフフ ちょっと店の裏までご招待じゃ。」
「ホホホ ナウなヤングには、オバちゃん達と少し付き合って貰いましょうね?」
「イヤーッ! イヤーッ! お星様は嫌でございますッ!」
「あるじ様助けてッ!」
2人にズルズルと引き摺られながら、俺に助けを求めてきた。
……無茶しやがって。
口は禍の元。
少し妖刀は教育的指導して貰った方が良いような気もするが……。
かと言って無視する訳にもいかないので、助け舟を出すことにした。
「その鉄人てのが被っていたのが、この面なの?」
誤魔化すために、とっさにそんな話題で2人の注意を引きつつ
俺は鉄人の面とやらに手を伸ばす。
「あッ!」
「おッ!」
背後から獺神と狐神の二人の声が響く。
すると俺が仮面を触った、その時のことだった。
いきなり「キュン!キュン!キュン!ピピピピッ!」と奇妙な充填音が響き
そして「カッ!!!」と仮面からエネルギー充填120%な閃光が走ったのだ。
「眼がーッ! 眼がーッ! 」
強烈なまでの光に網膜を焼かれ
思わず両手で顔を抑えてゴロゴロと床をのた打ち回る。
やがて眩い光が収まり、顔を上げて涙目をショボショボとしばたかせて
周囲の様子を窺うと……。
玉藻さんと阿戸さんの2人は
サングラスと遮光器ゴーグルの様なものを目に当てて佇んでいたのだ!
「あーッ! ずっこい! 」
「対ショック、対閃光防御は基本ですよ?」
サングラスを、何時もの丸メガネに換えつつ阿戸さん。
「とっさに、こんなことが出来ねば、妖怪とは付き合って行けぬぞ?」
ゴーグルを外しながら玉藻さんがのたまう。
なにそれ怖い。
ただ、後ろで妖刀がオレ同様に床を転げ回っているのだが……。
「そんな事より、ホレ。」
と俺に「背後を見ろ」と言わんばかりの仕草。
振り向いてビックリ魂消た驚いた。
鉄人の面は空中にユラユラと浮かんでいたのだ。
また怪奇現象かッ!
───「ふはははははははッ!!!」
浮かべる仮面は、突如として哄笑し始めたかとおもうと
周囲の箱を突き破り、何かが飛び出し仮面の元へと集まってくる。
カシン!カシン!
それらが腕、脚、胴体とパーツが寄せ集まり身体を形作っていく。
「わがはい! ふっかーつッ!!!! 」
そこには全身を古代アジアの甲冑で覆われたような男が立っていたのだ!
「あー、夏樹さんの「波」で活性化しちゃったのですね。」
「そなたの「波」は我等にとって『ファイト!一発!』みたいな物じゃから迂闊に触るの禁止じゃ。」
そういう大切なことは、事前に言っておいて下さい。
てか、俺の「波」って妖怪にとって『栄養ドリンク』と同じ様なものなの?
道理で皆がやたらとペタペタ触ってくると思ったわ。
目の前に現れた怪人物を恐れもせずに無視して
キャッキャッと騒ぐ俺達を「鉄人」はギロリと睨むと……
「我が名は『 鉄 人 』なり!」
「靺鞨王の命を受け、この扶桑の国を征するために来た者なり」
自己紹介を始めたのだ。
職業「侵略者」、恋人募集中かどうかは定かではない。
「お前の国とっくに滅びて、今は別の国になっとるぞ?」
蒼玉の眼を半目にさせ、呆れたかの様に狐神は鉄人にへと告げる。
「 う そ ー ん ッ ! ! ! 」
仮面の顎の部分がパカンと開いたかと思うと、それが下へずり落ち
驚愕する鉄人であった。
「吾輩が封印されている間に一体何が……」
何やら屈み込んでブツブツと、そんな事をつぶやく鉄大人。
「ま、まあ良いわ……。」
彼は祖国滅亡という大衝撃からあっさり立ち直ると
俺達へと向き直り、ビシっと鋼の指先を突きつけ高らかに宣言する。
「クククッ……邪 馬 台 国 は 全 滅 だ !」
「えーと…とっくの昔に滅びてますよ?」
ダメ押しとばかりに
獺神の阿戸さんが小首を傾げながら、鉄人に精神的打撃を与えた。
「 う そ ぴ ょ ん ! 」
「てか、そなた来た時には、もう滅びてたであろう? 気が付かなかったのか?」
玉藻さんによる追加打撃。
ろくに情報収集しないで、力技でゴリ押ししてくるタイプの侵略だったんだな。
鉄人はガクリと膝を着き、茫然自失に態ではあったが・・・
やおら顔を上げて、静かに闘志を燃やし始めた。
「お、王が既に亡きとは言え、君命は未だに生きておる!」
「この東方の敷島を吾輩の力によって征服し、従わせてくれるものなり!」
「うーん……この。」
意外と打たれ強いなコイツ。
この無駄に前向きな意識を、もっと別な方向へと活かせないのか?
「そうはさせじでございます! 『斬鉄ッ!』」
突如として妖刀が鉄人へと斬りかかる。
ガシッ!
「なッ!!!!」
だが、霊力を纏わせた必殺の斬撃を、いともあっさりと鋼の手で受け止めたのだ。
ムンズと刀身を掴み、地の底から響いてくるような笑声を上げる鉄人。
「クククッ! 笑止なりッ!!!」
───「アップデート完了。」
この大ピンチだよ的な状況下に
不意に背後から、涼やかな声が掛かる。
振り向けば、長い黒髪に銀の瞳
額には銀色に輝く平額を付けた巫女姿の女性が立っていた。
( 誰? )
「旦那様、わたくし雲外鏡にございます。」
巫女姿の女性は、深々と俺に一礼をする。
「なにーッ!!!! お前メスだったのか!?」
どこをどうアップデートすれば、人化出来るようになるんだ!?
すげえよ!妖怪のアップデート!
「ほう、もう人化しよったか。」
「普段から「波」でドーピングされてたみたいなものですからねえ。」
座り込んで漬物をポリポリと齧りながらお茶を飲んでいる
狐と獺の2柱の妖怪たちが、そんな事を抜かしている。
えらい余裕あるじゃん。
「オイコラ! 吾輩を無視するな也!」
雲外鏡の人化に注目を奪われ、無視されていた鉄人が抗議の声を上げてきた。
それどこじゃねえよボケッ!
「鉄を倒すと言えば、鏡と相場が決まっておりますので。」
そんな事を言いながら鉄人と向かい合う雲外鏡。
でもね、そんなネタ殆どの人はわかんないよ?
「鏡面刀。」
雲外鏡は、そう叫びサッと優雅に手を一振りすると
光り輝く鏡面の如き、鋭い手刀を繰り出す。
この攻撃に対応するため、掴んでいた妖刀の刀身をフンッ!と振り放し
堂々と鋼の甲冑で、雲外鏡の攻撃を受けてみせた。
弾かれ砕かれ、キラキラと破片を散らせ鏡面刀が空に消える。
だが、この牽制で妖刀は鉄人から離れることが出来た。
刀と鏡の妖怪2人掛かりでこれか……
単なるバカかと思っていたが、かなりの強敵のようだ。
「まだ理解ぬか? 吾輩の身体は黒鋼に護られし無敵の身体なり!」
「剣も!矢も! 吾輩には通ぜぬなり!」
そう言いながら「ジリッ」っと歩を進める鉄人から護るように
妖刀と雲外鏡の2人は俺の前に立つ。
「クククッ! 泣け! 叫べ! 喚け! 絶望せよ!! 」
コヤツ調子に乗り始めた!
だが、玉藻さんと阿戸さんが冷静なのが気にかかる。
何か、この状況を引っくり返す回天の策でもあるのだろうか?
───コトリと飲んでいた湯呑みを台に置くと、狐神は遂に口を開いた。
「お前の眠っている間に、人間の武器は飛躍的なまでに進歩しておってな。」
隣で丸眼鏡の位置を直しキラリとレンズを光らせた阿戸さんが
「雲外鏡ちゃん、このロートルに現代の武器を見せておやりなさいな。」
「はい、畏まりました。」
雲外鏡は、恭しく一礼すると
ツイと細く白い指で大きな円を描く、するとまるでシャボン玉を切り取った様な
ゆらゆらと表面の揺れる丸い鏡面が現れる。
すると、そこに何かの映像が映し出されてきたのだ……。
それはキュラキュラと無限軌道を響かせて、不整地を疾走する現代の戦車だった。
走りながら主砲を発砲する。
そして遠く離れた、標的に狙いあまたず命中。
続くは轟音を轟かせて、頭上を飛んでいく攻撃ヘリ。
歩兵が携帯する対戦車ミサイルが、炎の尾を引き標的を爆砕する映像。
鉄人に見せたのは
そんな戦車、対戦車ミサイル、対地攻撃ヘリの映像だった。
「あばばばばばば!」
「なにこれ!!!? おっそろしいなり! 怖いなりッ! 」
鉄人は雲外鏡の映し出す衝撃映像を食い入る様に見つめながら
機械油の冷汗と鼻水を垂らす。
そんな鉄人の肩にポンと手を置き
玉藻さんは、さも、どうでもいい事でもあるように鉄人に問う。
「で、どうする?」
「ど、どうとは?」
鉄の仮面を引きつらせながら、鉄人は問い返す。
彼女が何を尋ねているのかは、本人も十分にわかっているのだろう。
現実を認めたくないだけなのだ。
「こやつら相手に戦るのか?」
だが、否応なしに狐神は現実と向き合わせてきた。
暫くの間、ジッと固まっていた鉄人は、その重い口を開く。
「……平和も悪くないやもしれぬ。」
彼はポツリと、そう呟いたのだった。