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62話 家出娘


「……はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ 」


余程急いで走ってきたのか

前屈み気味になり背中を上下させ、呼吸を整えている一人の少女。


華奢な身体つき、ショートの黒髪が印象的だが

その身に着ける衣装は更に印象深いものだった。


膝上の短い丈のスカート、そして胸の膨らみを強調するかのようなメイド服。

所謂、フレンチメイド服と呼ばれる。


ざっと見た感じではあるが、年の頃ならば銀色と同世代だろうか?


日頃、銀色たちの長いスカートとエプロンのヴィクトリアンメイド服を見慣れたせいか

彼女のメイド服姿は、酷く扇情的に映った。


呼吸が落ち着いてきたのか、相変わらず顔は下を向いたままだったが


「あ、あの、その『波』ってことは、ひょっとして貴方は姫神さんですか? 」

と尋ねてきた。


こんなフレンチメイド姿の少女に知り合いなどいなかったが

「波」という言葉で、何となく理解することができた。


この少女はヒトじゃない。彼女は妖怪だ。


「そうだけど……君は?」


ここで彼女は、ゆっくりと顔を上げた。

前を切りそろえたショートの黒髪、だが右の眼は長く延した前髪で隠していた。


「わ、私は雪音さんの知り合いで、一つ目の一族の娘で「桜紅さく」って言います。」


そして彼女は閉じていた左目をゆっくりと開いていく。

大きめで無垢そうな輝きを持つ瞳だった。


その美しい一つ目がまばたきをした時のこと

何故だか、わからぬが


──『 ぐぽーん! 』──という効果音が聞こえたような気がした……。



*****



──先程、脳内に響いた効果音など色々と「解せぬ」ものはあったが

雪音さんの知り合いであるとも言うし


また、妖怪なのだから、そんな不可解なことの一つもあるのだろう。

と、無理やり自分を納得させ、彼女を屋敷まで連れてきた。


「お久しぶりです雪音さん」


奥から出てきた雪音さんを見ると

少女はペコペコと頭を何度も下げる。


……妖怪の世界にも、種族によるヒエラルキーとかあるのだろうか?


「あら、まあまあ本当に桜紅さくちゃんなのね。」


雪音さんは、頬に手を当て、懐かしそうに微笑んだ。

そして俺の方を向いて彼女を紹介してくれたのだった。


「彼女は一つ目小僧の一族なの。」


何でも姫神村から、しばらく行った山の中の隠れ里に住む少女で

彼女が小さな頃からの知り合いだそうだ。


メジャーな有名妖怪の一族だったのか。

それに女の子なのに小僧なんだ。


奥が深いな妖怪道。


「改めまして姫神さん!」


一つ目の少女は、俺の方へと向き直ると

深々と頭を垂れて、丁寧なお辞儀と自己紹介をしてきた。


「一つ目小娘の桜紅さくです!よろしくお願いします!」


うむ! 礼儀正しく、元気があって大変よろしい!

こちらこそ、よろちくネ!(キラリン


雪音さんは首を傾げ、目の前でニコニコしている一つ目小娘に尋ねる。


「そ、それにしても、その格好は? 寒くない? 」


どうやら桜紅ちゃんの、お胸を強調する

おフレンチなメイド衣装が気になるご様子です。


チラチラと胸部を盗み見て、顔を背け、涙をお流しになられております。

嗚呼。雪音さんてば15か16歳くらいの娘に負けてしまったのネ。


そんな雪音さんの思いを知ってか知らずか

桜紅さくちゃんは、衣装の解説を始めた。


「ああ、この衣装は……」

「何となく色使いのコントラストが「小僧」っぽくありませんか?」


……ま、まあ確かに黒と白ではあるよね。

でも共通点って、そのくらいな気もしますけどね。


それにしても今時の子って妖怪でもおっきいんだね!


そんな事考えてたら雪音さんに、ギロリと怖い目で睨まれたの。

心が読まれている!


「それに、この衣装だと高機動型になりますし。」


そして一つ目少女は、謎のキーワードを言い添えた。


「?」

「?」


高機動型?


俺と雪音さんは顔を見合わせる。

なんだろう?

最近の若い女子特有の言い回しや隠語スラングであろうか?


「それにしても、急にどうしたの?」


すると桜紅さくちゃんは、肩をすくませ、縮こまり小さな声で


「……家出してきました。」


「「ふぁ?」」


「もう、あんな田舎はイヤなんです!! 」




*****


からりっ


雪音さんが、居間へと入ってきた。


「桜紅ちゃんちに、いま電話してきました。」

「お父さんもお母さんも心配してたわよ?」


それを聴いた瞬間、ショボーンとなった桜紅さくちゃんだった。


「なんで、また東京に?」


コトリと桜紅さくちゃんに前に、温かいラテの入ったマグカップを置きながら

雪音さんは、優しく、いたわるように尋ねた。


彼女は「いただきます。」と小さな声で呟くと

マグカップを両手で掴み、ふーふーと冷ましコクリと一口。


「だって……あの里は退屈なんだもの。」


今ひとつ歯切れが悪いね。

何か本音を隠している様子が伺えるよ。


「あ、あたし東京でアイドルとかになりたいし! 」


いきなり取ってつけた様な理由を述べ始めたな。

それにアイドルとか止めときなさい。


「アイドルはアイドルで大変なのよ?」


雪音さんが、ポンと両手を一つ目少女の肩に載せ諭し始めた。


「アルプス山脈に住んでるマーモットの生存競争並に過酷な世界なのよ?」


その例えはどうだろう?


何やら大変そうだと言うのは、確かに伝わってくるが

具体的に何が大変なのかが、全く想像できない。


そういえばアイドルで思い出したが

カラオケでの雪音さんの持ち歌は「La plus belle pour aller danser」だった。

あと「Irrésistiblement」とか「L'amour est bleu」など……


何故、日本の雪女がフランス語の原曲で歌うのか?

一切は謎である。



──そんな下らない事を考えていた時

不意にドア・ノッカーが叩かれる。


俺達の側に居た銀色が飛ぶように玄関へと向かい

暫くすると、桜紅ちゃんと同年代と思われる2人の少女を連れてきた。


やはり前髪で片目を隠している。

その格好は桜紅さくちゃんのフレンチメイド服とは違い……


長い三つ編みで上下青のジャージ姿の少女。

そしてショート髪で、剣道の道着姿の少女だったのだ。


二人はマグカップを手にした桜紅さくちゃんをピッと指差し

隠されていない片方の眼をキラリと光らせる。


……やっぱり『ぐぽーん! 』という効果音が、どこからともなく聞こえてきた。


「やっぱりココに居た!」

「なー? 桜紅さくお金持ってないもん。ここしか無いと思ったら大当たり。」


空富くふちゃん!飛夢とむちゃん!」


一つ目一族、脅威のメカニズムであった。



*****



「どうぞ。」


カチャカチャと雪音さんが、2人の一つ目少女達にもお茶を出す。

桜紅さくちゃんは頬をぷーっと膨らませてソッポを向いている。


「すいませーん。」

「さーせん。」


深々と頭を下げる一つ目少女達。


空富くふちゃんとやらは、嬉しそうにお茶に口を付けるが

もう一方の道着姿の飛夢とむちゃんは、桜紅さくちゃんを厳しい顔で睨み


「ちゃー先輩に振られたんで、里を飛び出したのか?」

「告白してないから振られてないもん!」


桜紅さくちゃんは両手をワタワタとさせて「フラれた」の部分を否定する。

そんな必死な様子を見て、俺と雪音さんは顔を見合わせ頷きあう。


あー、なるほどー恋愛沙汰絡みで家出かー。

この齢くらいの、元気な女の子だと、そんな事もあるかもしれない。


命短し恋せよ乙女。


何にせよ、せっかく友人が説得に来てくれたんだから

俺と雪音さんは、彼女達に桜紅さくちゃんの話し合いを見守ることにした。




───「やめとけよー、あの人マザコンでロリコンでシスコンだぞ?」


空富くふちゃんは、顔も上げずコーヒーに角砂糖を追加しつつ

身も蓋もない事を言う。


確かに……そんな男は止めといたほうがいいかも知んない。


「ちゃー先輩は、「かんさむ」さんが好きなんでしょ?後を追い回してるもの。」


マザコンでロリコンでシスコンな上に、他の女の子付け回すとか

どんだけ守備範囲広いんだよ? その「ちゃー先輩」って!?


それに誰よ「かんさむ」さんって?


「つらら女の白雪さん、渾名あだなが寒寒で「かんさむ」って読むの。」


音読みと訓読み繋げたのか。

まあ、音読み繋げたらパンダみたいな名前になるわな。


「あ、お前この前「かんさむ」さんの寝起き襲って返り討ちにあったんだってな!」


「やめろよー、嫉妬に狂う女ってドン引きだぞー。」


女子校生の恋愛事情って、恋敵を襲撃するようなハードな世界なの?

今時の娘って、そんな泥沼のような恋愛してるんだ……。


ちょっとお兄さんショック。


「別に嫉妬に狂ってやったわけじゃないし……それに、あれは成り行きで……。」


成り行きで、寝起きを襲撃するって一体どんな状況でしょう?

妖怪女子高生怖いです。


「でも、「かんさむ」さんは怖がってたよ?」


そりゃ、いきなり襲われたら誰だって怖いがな。


「そんで、あんた「かんさむ」さんに」

「「ヘッヘッヘッ、怯えてやがるぜ!この妖怪女!」とか云ったそうじゃない。」


その情景が目に浮かぶようだ。


「ぐももも…」と迫る桜紅さくちゃんの迫力に押されて

つらら女さんがジリジリと後ずさってる光景。


そんな2人に、ブーたれた顔で桜紅さくちゃんは文句を言う。


「もう、いいじゃない。」

「あの後、つららサーベルで、しこたまボコられたんだから。」


向こうも解決方法が荒っぽかったぁー……。


どうして君たちは、何事も暴力で解決しようとするの?

ガンジーでも助走つけて殴りつけるレベルよ?


「……白雪ってば、相変わらずお転婆さんねえ。」


俺の横で、雪音さんが「ふふふっ」と微笑みながら

呑気そうに、そんな発言をしました。


つららでボコるとか、「お転婆さんね。うふふ」で収まるレベルじゃないです。

十分にバイオレンスな案件です。


雪音さんに気を取られている間にも

彼女達の会話は進む。


「あたしはね、これから東京で素敵な都会の女になるのよ?」


桜紅さくちゃんみたいなメイド服着てる娘は

東京でも秋葉原くらいですよ?


「もう、緑色のジャージに、ちゃんちゃんこなんか着て歩かないの!」


可愛くていいじゃない。

変に気取っている娘よりは好感持てるけどなあ……。


「それで今日は高機動型の「スカート付き」なのか」

「猫の「くらっかー」と牛の「ばずーか」はどうするんだよ?」


ペットのネーミングセンスがすごい。

てか牛?


「と、東京で飼うし……。」


猫はともかく、東京で牛を飼うのは無理なの。

ごめんね「ばずーか」


「なあ、帰ろうよ!」

「そうよ!「すこっく」や「こっく」に「けるくく」も心配してるんだぞ?」


なんですか? なんだろうこの会話?

全員から『ぐぽーん!』とか響いてきそうな名前は?


「クラスメイト達の渾名あだなですよ?」


そ、そうなの。

すっごい個性的な命名センスなんだね。


その時の事である。

桜紅さくちゃんの懐から、着信を知らせる音が鳴り響く。


「あ、ちゃー先輩からだ!」


途端に、その場にいる全員が沈黙し

通話をする桜紅さくちゃんをヤブにらみし、様子を伺う。


「もしもし!………はい。………はい。」


どこか怯えるような表情で、スマホを顔へと宛てがい

ちゃー先輩とやらと話している。


しかし、彼女は突如として驚いた表情を見せ

通話相手を問い質したのだ。


「えッ!!! 本当ですか!ちゃー先輩!?」


やがて通話が終了すると

彼女は、目には薄っすらと涙を浮かべ、だが明るい笑顔で……


「帰って来て欲しいって……あたしが必要なんだって……」


飛夢とむちゃんは嬉しそうに桜紅さくちゃんの肩を叩きながら

友人の恋の成就を喜んでいる。


「やったじゃん! 想いって通じるもんなんだなあ!」


溢れ出してくる涙を指でぬぐいながら

一つ目のフレンチメイドは健気に


「うん!あたし、ちゃー先輩の色に染まるの。」


空富くふちゃんは、そんな桜紅さくちゃんを茶化すように

だが、やはり嬉しそうな笑顔で


「うわー、、、真っ赤になってるよコイツ。」


「んもーッ!!!」


そんな友人二人に、桜紅ちゃんは抱きついてポカポカと軽く叩く真似をする。

雪音さんも含めた、皆の明るい笑い声が部屋の中にこだまする。


これでハッピーエンド。大団円。……な筈だ。


だが、果たしてこれで良かったのか?

お兄さん的には、何故かイマイチ納得できないのである。



──翌日の朝


……銀色がフレンチメイドの格好をして

何故か俺の前を行ったり来たりして、チラチラとこちらの様子を伺っていた。


銀色も高機動型なの?



*****




その後、風の便りで聞いたのだが……


何でも、田舎へと帰った桜紅ちゃんは、そのちゃー先輩とやらに

「「かんさむ」さんへのアタックを手伝ってくれ」と言われて真っ白に燃え尽きたらしい。


考えてみれば「戻ってきて欲しい。」との事で

別に「付き合ってくれ」とか「好きだ」と言われたわけでも何でもなかったのだ。


残念だが桜紅さくちゃんには

恋を突破する能力はなかった。





主人公は最後まで気づきませんでしたが

桜紅ちゃんたち妖怪女子の通っている学校は『 女 子 校 』です(´・ω・`)



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