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61話 人生訓と男坂


───『人の一生は重荷を(おひ)て、遠き道をゆくが如し。』


徳川家康の人生訓だと謂われているが、真偽は不明。

後世の作であるという説もある。


が、実に含蓄のある言葉だ。

家康の言葉か云々はともかく、良い人生訓であることは間違いない。



まさに人は重い荷物を背負い道を歩む。


「ホントだよねー。」


俺の背後から、呑気そうな同意の声が響いてきた。

ちょっとイラッとした。


すれ違う女子高生たちは、こっちを見てクスクスと笑っている。

中には、眼鏡をキラリッと輝かせ、何か興奮した様子で俺達を凝視する女性も居る。


ふぅ…とため息を付き、背後に声をかける。


「……そろそろ降りてくんない?」


「俺のこと嫌いなのか?」


泣きそうな声で、そんな事を問うてくる。

「うぉ!! 重ッ!! 」

途端に、背負うた男がズシリと重みを増す。


耐え難いまでの荷重によって踏ん張った両脚は

生まれたての子鹿のようにプルプルしよる!


……正直、このお荷物は投げ捨てたい。

泣きたいのはコッチじゃ!


「まだ嫌ってないぞ?」


だが、じっと我慢の男の子! 姫神夏樹はおとこでござる!

……なんか嫌な汗が出てきた。


「粘るねえ。」


背中の主はケラケラと笑いながら、そんな事を抜かしよる。


「だから嫌われたくないなら、とっとと背中から降りろよ!」


お願いしましゅ!




───「『不自由を常と思へば不足なし』だよ?」


彼はしたり顔で、人生訓の続きを口にする。


あーなんだか、だんだんと、この人生訓のことが嫌いになってきました。

何て言葉を残しやがったんだ!徳川家康めぇ!


困るでしょ!



細く美しい柳眉、優しげで切れ長の黒い瞳。

長い黒髪を背中の部分で結わえ、すらりとして流麗な身体付き

カットソーにキャメルのチェスターコート、細身のデニムパンツを

ビシリと決めたイケメン。


そう、、、実は、このイケメン……「子泣きじじい」である。


ジジイの分際で若くてイケメン姿とか

これは全国一千万人の妖怪ファンに対する詐欺である!

皆んなも、そう思うよね?


コンビニへとお出かけした帰り道

いきなり、この男にバックハグされたのだ。


この密着して感じられる体温のぬくさが、男のものだと考えるだけで

肌がプツプツと粟立った。これはチキン肌よ!!!


キレイな女性にバックハグされるのは大歓迎であるが

男に抱き締められるというのは、こんなにも気持ちの悪いものだったとは……


そんなのが俺の背中におぶさっているのだ。


「……ひとつ聞きたいことがある」

「なんだい?」

「あんた、まさかとは思うが、同性の方が好きってことはないだろうね? 」


六時方向注意チェック・シックス


この男に後背を取られているのだ

もし、そうならこれは俺の貞操の大ピンチである。


「心外だね、僕だって異性の方が好きだよ?」


ならば良しッ!!


「ちなみに、好みのタイプの女性は「薄幸そうな未亡人で守銭奴の毒舌家」だ。」


好みが特殊すぎる……。



───『こころに(のぞみ)おこらば困窮したる時を思ひ出すべし』


そうだ、思い出せ。


かつての俺は女っ気など欠片もない

ムサイ男たちに囲まれた生活を送ってきたではないか。


来る日も来る日も野郎どもに囲まれた

汗臭くてむさ苦しい、あの遠き日々の記憶。


それに比べれば、今コイツに抱き着かれていることなど……。


すいません。

今度は俺が泣いても良かとですか?


───「……何故ゆえに、俺の背中に飛び乗ったのだね?」


子泣きじじいに飛び乗られて

何故、俺が泣かなくていけないのだろう?


妖怪は友達! 話せば分かる!


ここは、ひとつフランクに

友達のように親しく、会話のキャッチボールをして、相互の理解を試みよう。

きっと彼にも何か退っ引きならない理由があったのかもしれませんしね。


それに泣かれて、これ以上重くなられたら

堪ったもんじゃ無いですからね。


「そこに背中が在ったからかな? 」


どこの登山家だテメーは!?

あんたは子泣きじじいじゃなくてジョージ・マロリー卿か!?


「おお、怖ッ『堪忍は無事長久の(もと) 怒りは敵と思へ』だよ?」


何を云うか!

男には、どうしても怒らねばならぬ時がある!


怒るべき時に、怒らなかったが故に

取り返しがつかない事になった!

なんて例は、歴史上皆挙に暇がないぞ。


「泣くよ?」


「すいませんでしたー!!! 」



───だが! しかし! この坂を登り切れば、お屋敷に到着である。


そこには雪女の雪音さんや、銀色たち式神がいる!


そうなれば貴様の命運もそれまでだ!

「ごめんなしゃい!」するなら今のうちだぞ! 


姫上流格闘術の究極奥義「他力本願寺ッ」が炸裂したらパネエぞ!

未だかつて破られたことのない、不敗の技だ。


「『勝事(かつこと)ばかり(しり)て 負くる事を知らざれば害其身にいたる』って続くよ?」


だから何? むしろ敗北の味を知りたい。

姫神流は無敵だ!


おもむろに彼は目に、真珠のような涙の粒を浮かべる。


イヤーッ!! イヤーッ!! 

また重くなったーッ!!!




───行くぞ、ベイべー!


逃げる奴は妖怪だ!!

逃げない奴は、よく訓練された妖怪だ!!


ホントに坂道は地獄だぜ! フゥハハハーハァー!


「……ハァー。」


毎日登り降りしてる、屋敷へと続くただの坂のはずなのに

本日いま現在の俺の眼には、それがアイガー北壁の如き断崖絶壁に見える。


「絶望」という名の壁が俺達の前に立ち塞がっているのだ!


「大変だねえ……頑張って!」


おう!何が頑張ってじゃ!?

誰のせいで、坂の前で、こんな子鹿のバンビちゃん状態になってると思ってんじゃ!


そんな俺の抗議の声に

彼は俺の耳元で「チッチッチッ」と舌を鳴らし

ゆっくりと指を振ると


「『おのれを(せめ)て人を責むるな』だよ? 」


はい!そうですね!

絶対に、そのセリフを次に言われると思ってましたよ!


はいはい!おれが悪うございました! 


登るよ! ええ、登りますとも! 登らせて下さいってんだ!

コノサカミチノボレ1208ですよ!


コンチクショウッ!


───覚悟を決め、震える足を一歩踏み出そうとした、その時


「あれを見て。」


彼は坂の上の方を指し示した。


「うん?」


すると、そこには一人の着物姿の美しい女性が

にこやかな笑顔で、我々に手を振っていた。


「坂の上で、手を振っている女性が居るだろう?」

「いるね。」


黒地の着物に銀糸で見事な刺繍、だが、それは剣呑な蜘蛛の巣の刺繍だった。

黄色と黒の明るいコントラストの帯。


腰まで届く、長く美しい黒髪。

それを七分三分に分け、見事なべっ甲細工の髪留めで止めている。


血管が浮き出るような真っ白な肌に、血のような真っ赤な唇。

黒目がちで、涼やかな目元が印象深い。


美しい女性だった。


「彼女は絡新婦じょろうぐもの「つむぎ」さんだよ。」


ふーん、知り合いなの? まさか彼女なの?


だが彼は、そんな俺の疑問には答えず

目を閉じ、まるでどこかの大物俳優のような調子で

朗々と語りを始めたのだった。


「坂の上で手を振る美女を目指し、ただ一途に坂を登って行けばいい。」


「…おい」

あ、すごーく嫌なよかーん。


「これが本当の”坂の上の…「それ以上言っちゃラメェェェッー!!!!」」


あっぶねー……。


とうとう大御所にまでケンカ売るような真似しやがって マジヤバでしょ!!!

てか、こんな駄洒落の為だけに、あの妖怪女性ひとを呼んだんじゃないでしょうね!?


「何はともあれ、登り続けるんだ、この男坂を。」


ズビシッ!と坂の頂上を差し示し、そんな事を宣うイケメン妖怪。


「俺達の戦いは、これからだ!!! 」


打ち切りにでもなりそうな、縁起でもないセリフでシメるのはやめろ!















「あッ!」


子泣きじじいは、いきなり素っ頓狂な声を上げた。


「イキナリどうした!? 」


「『及ばざるは過たるより勝されり』を入れるの忘れてた! 」

もう、ええっちゅうねん!!!



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