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60話 馬鹿


ピアニストはしっとりとした、それでいてどこか優しく甘い

古い古いナンバーの「蘇州夜曲」のボサノバ・アレンジを演奏する。


小洒落た店内には、そんなピアノの旋律が流れる。



そして傍らにはカクテル・グラスを片手に

うっとりと曲に聞き惚れる雪女。


長い濡羽色の美しい髪を、シニヨンのお団子にまとめ

純白のチャイナブローケード生地に

銀糸による見事な雪の刺繍の施されたロングのチャイナ・ドレス。


彼女のスラリとした細身の身体には、それが実によく似合う。

そして深いスリットから覗く

魅惑の美脚が、薄暗い店内で宝石の様に白く浮かび上がっていた。


そんな俺の不躾な視線に気づいた雪音さんは

フッと艶めかしい笑みを浮かべて


はにかむ様に


莫迦ばか……。」と一言。




カーッ! たまんねーな! ヲイ!


おっと、思わず素が出た。


さて、なんでこのオシャレなバーに

チャイナ・ドレスを着た雪音さんと来ているのかと言えば……



*****


キッカケはテレビの番組だった。


情報番組で都内のお洒落なバーが紹介されており

その流れから話題が移ったのだ。


「そう云えば夏に、こんなお店に行ったなー。」


雪音さんは「ふーん」と最初は大人しく、にこやかに聞いていたのだが

ふと、さり気なく、こんな質問をしてきたのだ。


「誰と? 」


「姫と玉藻さん。」


「……へェー。」


……しまった。


姫と玉藻さんが一緒だった。と無意識にポロリと自供した辺りで

「ヒュッ」と室温が一気に下がった。


「うおっ! 寒っ!」


横にいる雪音さんを見るのが怖い!


「やっちまったな! 」とは思ったが

時、既にお寿司で、アフター・フェスティバルである。


「はい、あるじ様。」


すかさず銀色が、防寒着を渡してくれたので

ありがたく早速に着込ませていただき、南極越冬隊の様な格好になると

過酷な取り調べが続くことに相成った。


ああ、温かいカツ丼が食べたい!


確かに2人とは行ったが

疚しい事などはしていないし

ちょっとお酒飲んで、さっさと帰ってきたと。


まあ、実際は色々とワケがあるのだが

その辺りは、黙秘権の行使である。ごめんなさい。


雪音さんは、ぷーっと栗鼠りすのように頬を膨らませて

「私も行きたいです。」


嫉妬か! 嫉妬ですね!

でも、何故かちょっぴりと誇らしい気分。


「……じゃあ、今から行こうか?」


さり気なくデートに誘ってみる。


「本当ですか!?」

「それじゃ、ウンとおめかししますね! 」


彼女は、両の掌を合わせて嬉しそうに、最高の笑顔を見せてくれた。

よっしゃ! 雪音さんとデート、チョロい!


「それじゃ仕度してきますね。」


雪音さんは、そう言い残すと急急と自分の部屋に向かった。

こんな事なら、もっと早く誘っておけばよかったネ。


「それで、どこのバーに行くんでございますか? 」


期待に満ちた目をして、妖刀の忍がそんな事を尋ねてきたのだが

……連れて行かないよ?


「えっ!? 」意外だとばかりに、そんな声を上げる。


当たり前じゃない。

どこの世界にデートに、刀連れて行くカップルが居るのよ?


「世の中は広うございますから、普通に居るのでは? 」


「いねーよ! 」


恐らくは居ないと思う。

たぶん居ないはず?


ちょっと自信なくなってきた。


「何かあったら如何致します? 」


俺の弱気の隙を突くように、妖刀はまくし立ててきた。


「家の外に一歩出れば、そこは「力こそ正義!」な無法のちまたでございますよ!」


握り拳でテーブルを「ドン! 」と叩きながら、そんな主張をしてきたのだ。

東京は、どこのヨハネスブルグかロアナプラだよ?


いや、まあ散々と妖怪やら怪異やらととの、未知との遭遇はあったが

そもそも雪音さんが居るんだから安心でしょ?


「そんなのズルいでございますよ! 」

「 わたくしもお洒落なバーに行ってみたいでございますよ! 」


本音が出やがったな。


可哀想だと思うし悪いとは思うけど、今回はダメだよ?


だって妖刀いたら

……その……万が一の可能性だけど、ご休憩とかに入れないじゃない。

ゴニョゴニョ。


また今度連れて行ってあげるからね?

今回は我慢しなさい。


ダメと言われた妖刀は

ぷく~ッと頬を膨らませて、べ~ッと舌を出し

あろう事かアルマイト、こんな事を抜かしてきよったのだ。


「バーカ! バーカ! あるじ様のド助平! 」


あんだと! コラ!

人間、ホントのこと言われんのが一番痛いんだぞ!




────「それじゃ銀色、行ってくるから。」


玄関先で俺にコートを渡してくれた

流れる銀の滝のような髪をした、古風なメイド姿の式神にそう告げる。


背後には霊体を縄でグルグル巻にされ

口に猿轡さるぐつわを噛まされた妖刀が

「ムー!ムー!」と呻いている


「コホン。……それと、今夜はひょっとしたら ス ゴ く 遅くなるかもしれないので。」


「畏まりました。先に皆を休ませまする。」


深く静かに静かに頭を垂れる銀色。


「……あるじ様のバカ。」

何故か、そんな声が聞こえた様な気がした。




*****



てな、やり取りががあったのだ。


店内に入りコートを脱いだ雪音さんは

既に述べた通りチャイナ・ドレス姿だった。


それを見た時には、思わず目頭を押さえ

こみ上げて来る熱い物を堪えた。


生きてて良かった!と。


「A votre santé !」


少し気障って、お仏蘭西な乾杯。


我ながら「クッサ! 」とは思うが、全てはムード作りのためである。


だが、これが重要なのだ!

女性は、お酒に酔うのではない。


雰囲気に酔うのだ!


……と、先日読んだ雑誌に書いてあった。

早速、実践あるのみである。


チンッ! と、お互いのグラスを鳴らし、口へと運ぶ。

雪音さんは、クスリと微笑み、グラスに口を付けコクリと嚥下する。


「……ふぅ」と甘い吐息を漏らす。

そしてしっとりと潤んだ瞳で、俺たちは見つめ合う。


効いてる!効いてるよ!

ありがとう! 裸のお姉さんの写真が載ってる男性情報誌!


──「どうぞ。」


「コトリッ」とカウンターに一杯のグラスが置かれる。

あれ? 注文してないけど


「あちらのお客様からです。」


渋いマスターの指し示した先では

真っ赤なチャイナ・ドレス姿の玉藻さんが手を振っていた。


「「 ブフォッ!!! 」」


俺と雪音さんの2人は盛大に吹き出した。

「どうしてここに!!!?」


玉藻さんはニマーッと上目遣いに俺達を眺めてから

クラスを片手に、優雅で恬然としてた足取りで近づいてきた。


美しい黄金の髪をお下げにし、漆黒のリボンが結われ

その金と黒のコントラストが実に見事。

フワリと前髪は蒼玉の瞳に軽く掛かり妖しく揺れる。


艶やか鮮やかに映える真っ赤なルージュ。


だが、特筆すべきはその衣装であるかもしれない。


身に付けた真紅のチャイナ・ドレス

金糸の刺繍で鳳凰が描かれ

ハッキリとした、くびれと豊かさの身体付きが強調されていた。


所謂ボインボインのキュッキュッのバインバインである。

いかん、鼻血出そう。


背後から「まーけーたー」との雪音さんの

いささか怨念の混じった慟哭どうこくの声が聞こえてくる。


「お隣は空いているかしら? お馬鹿さん。」


旗袍チャイナ・ドレス姿の狐神は眼を細め、妖艶に尋ねてくる。

それに俺が答えるより速く、雪音さんが玉藻さんに激しく詰め寄った。


「どうして貴女が、ここにいるんですか!? どうして!? どうして!?」


玉藻さんは、俺の鼻の頭をピコピコと指先で突付きながら

ニンマリと口の端を吊り上げ

眼をジッと細め、フフンと鼻で笑い


「なーぜーじゃーとー思ーうー? 」


完全に小馬鹿にした口調で煽った。


「むぅ……」と爪を噛みながら、必死に原因を考える雪音さん。


「霊力結界を張っておいたから、千里眼でも屋敷の中の様子は伺えないハズなのに……。」


腕を組みフムフムと頷きながら

それを聴いていた玉藻さんは、ピッと指を立てると


「時に雪音よ、こんな事を知っておるか? 」


「い、いきなり、なんです? 」


「盗聴器って霊力で遮断できんし探知できんのな。我も吃驚びっくりじゃ。」


束の間、呆然としていたが

次の瞬間には、指を戦慄かせ、喰い付かんばかりの勢いで




『 ど こ に 仕 掛 け や が り ま し た か ! ? 』




玉藻さんを追求する雪音さんであった。


なるほど、結界で霊的障壁は作っておいたけど

現代文明の利器である電波に、そんな物は関係なかったってことか……。



思 わ ぬ 盲 点 だ っ た ネ !



店内の温度が急激に下がっていく。

雪女の名に相応しく醒めた冷たい瞳で、玉藻さんを睨め付ける。


「……もはや言葉など不要ですね?」


「あらヤダ、やっば~ん!」


どこかチャラけた雰囲気と口調。

だが玉藻さんの眼は、決して笑っていなかった。




──「姫神流奥義 鳳凰殺!」


白い大きな雪の結晶が、雪音さんの周囲を取り巻くように

キラリ、キラリ、煌めき、光の軌跡を残しながら舞い踊る。

そして、両手と片足を高く上げ、鳳凰の構えを取る。




──「盤瓠ばんこ式! 烈! 」


玉藻さんの身体が青白い燐光を放つオーラに包まれる。


その霊的圧力が風となり玉藻さんのオサゲ髪を激しく揺れる。

ドレスの裾がはためき、白い美脚が露わにしながら

ダンッ!と床を踏み鳴らす震脚、スッと拳を突き出し構えを取る。



「てか、止めて下さい2人共! ここお店の中です!」


ヒト在らざるような技を繰り出さないで!


『ふふふふふふっ!』

『クッククククク!』


全然聞いてねえし!


まさに一触即発の事態、その時のことである。


「お嬢ちゃん達、その辺にしときな。」


店内に、捻り込みでエースになった豚のような渋い声が響く。

大きい声ではないが

思わず「はい」と言ってしまいたくなるような力強い響きだった。


今まさに必殺の拳を繰り出さんとしていた

2人の動きがピタリと止まる。


「ここは静かに酒を楽しむところさ。喧嘩けんかなら表でやりな。」


声の主はサングラスを掛け、良く手入れのされた口髭

ダンディズムに溢れる、渋めの紳士とでも言えば良いのだろうか?


ただ、不思議な、いや、奇妙な風体の紳士だった。


身に付けるはトナカイとも鹿とも付かないキグルミ。

腹の部分には「馬」と大きく書かれている。


ごめんなさい。こんな時、どんな顔して良いのかわからないの。


「騒がせて悪かったなマスター。俺にも一杯呉れないか? 」

「畏まりました。」


紳士は、注文を済ませると

懐から細巻きとマッチを取り出す。


シュ!とマッチ棒を擦り、ボゥと細巻きに火を着ける。

スゥと美味そうに吸い込むと、「ふぅ」と紫煙を燻らせる。


そのタイミングを見計らったかのように

「トン」と琥珀色の液体の注がれたグラスが置かれる。


……えーと、どうして誰も、この紳士の格好にツッコまないの?


てか、なんすか!この変なダンディおじさんは!!

てな具合で、俺が変態紳士に驚くやら訝しむやらしていると


「雪音! 表で続きじゃ!」

「応ですわよ! 」


ドタドタと2人は店の外へと出ていった。


てか、あの阿吽の呼吸っぷり。

……あの二人、実は相当の仲良しなんと違うか?


てか、2人を追いかけなきゃ!


「ほっとけ。」


後を追おうとした俺の背中に珍妙な紳士の渋い声がかかる。


「女同士のケンカなんか可愛いもんだ。好きにやらせとけ。」


あの2人の事を知らなければ、そうも思えるんでしょうけどね。


雪音さんと玉藻さんに、好きにやらせるってのは

「怪獣大決戦」と同意義語ですよ? 伊福部サウンドが流れますからね?


そうじゃないとしても仲裁しなきゃイカンよね。


カウンターで静かにグラスを傾け

紫煙を吐き出す、キグルミ紳士に1人の美しい女性が歩み寄ってきた。


「もう寂しかったのよ! 昨夜は、どこに行ってたの?」

「ハッ …そんな昔のことなんか覚えちゃいねえな。」

「明日は会ってくれる?」

「そんな先の事はわからねえな。」


シブ格好いい…と言うか、モテるな!おっさん!


ハッ!こんな呆けて感心してる場合じゃねえ!

早く2人を止めないと!


そこまで考えたところで

誰かに背中からフワリと抱き締められた。


「お隣空いてる? 」


ふわっとした甘い香り。……この香りは? と振り向く。


銀色の髪をきっちりと編み込んだお下げを揺らし

後ろ手を組みアオザイ姿の天狗の姫が

はにかむ様に翠色の瞳を輝かせ、下から覗き込んでいる。


「もうバカ! ボクも誘ってよね。」


そう云って、俺の隣へと座るとニコニコとしながら腕を絡めてきた。


この女性ひとも盗聴器仕掛けてやがったか……。

いっぺん屋敷の大掃除しなきゃならんね。


「あれッ? 馬鹿さんじゃない?」


姫は紳士に気づくと、彼をそう評したのだ


「 ! 」


ちょっと!いくら特殊な格好している紳士だからって

それは幾ら何でも失礼でしょ!


「違うよ?」


エメラルドの瞳をキョンとさせると彼女は


「ああ、この人は馬鹿むましかって妖怪のオジさんなんだよ。 」


妖怪だったのか。

それにしても、格好はともかく馬鹿には見えないが………。



「フッ。」と彼は薄く笑うと

店内のほの暗いランプへとグラスを掲げた。


氷と琥珀色の液体の煌めきを楽しみながら

独り言でも語るように、静かに言葉を紡いだのだった。


「男ってのはな、馬鹿でなきゃやっていけん生き物なのさ。」




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