55話 外来種
「ギィギィギィッ!!!」
夜の帳が降りた、都会の闇。
血のように紅い月が、妖しく夜空に輝く。
そんな魑魅魍魎の跋扈しそうな夜に、不気味な叫び声が響き渡る。
電球の切れ掛かった街路灯が、怪しげな生き物を浮かび上がる。
黒い身体、コウモリのような翼を持ち、恐竜のような長い尻尾
顔と思しき部分には目も鼻も無く、縦に裂けた口がある。
まるで西洋の悪魔を更に不気味にしたような生き物。
悪夢の世界から抜け出してきた怪物。
「外来種でありまする! 」
古風な英国調メイド服を着た式神の銀色が、俺を庇うよう、守るように前に立つ。
そして俺達の前に迫る、奇っ怪な生き物。
「外来種? 」
そんな俺の疑問に、銀色が周囲を間断なく牽制しながら、手短に説明する。
日本の妖怪でも無い、西洋の妖怪でも無い、異層次元から侵入者。
それが「外来種」だと。
まさか、こんなのにエンカウントするとは夢にも思わず
妖刀は屋敷に置いてきた。
当たり前だよ!
ちょっと銀色連れて、近所のコンビニまでのお出かけだったんだから!
刀持ってコンビニ入ったら、速攻で通報されるわ!
兎にも角にも、俺も銀色も徒手空拳。
頭にバルカン砲でも付いてれば良かったのにネ。
「あるじ様……ここは、身が食い止めまするので、逃げて欲しいのでありまする。」
……はっ? 逃げろ?
バカを云っちゃいけない。
女の子を置いて逃げたとあっては、男児一生の不覚!
銀色を置き去りにするくらいなら、一緒に死んでやらあ!
一瞬、銀色が泣き笑いの表情を見せた。
「あるじ様は、本当に「妖怪女たらし」でありまする。」
銀色は夜魔から目を離さずに、小さく呟く。
妖怪「おんなたらし」かよ?
だが、ここは素直に誉め言葉と、受け取っておこうか。
「 ……でも、あの外来種は、あやつの主な攻撃は「くすぐる」ことでありまする。」
………はい?
コチョコチョする、あの「くすぐり」?
「だから、逃げて欲しいでありまする。」
自分は大丈夫! だから、俺は逃げて。か……
「………。」
駄目だ! 絶対にダメだ!
ダメに決まってるだろ!
やっぱり、銀色を置いて逃げるわけにはいかないっ!!!
主要攻撃手段が「くすぐる事」だなんて相手だぞ!
ちょっと皆さん想像してご覧なさい!
そんなのに、銀色が捕まって攻撃されているところですよ!
すごくヤバイ! そもそも絵面的にヤバイ!
薄い本の内容的なヤバさ炸裂!
いやらしい! R18指定されちゃう!
そんなの、お父さんは絶対に許しませんよ!
これは尚更、逃げる訳にはいかなくなったわ!
「あるじ様は、鈍感でありまする。」
銀色が、頬を「プクーッ」と膨らませてムクれている。
……どうして怒るの?
俺なにかヘンな事云ったかなあ?
何故なんだろう? わからん。
この年頃の娘は、扱いが難しいなあ。
「ギィギャァ!!!」
シビレを切らせたのか、無視されたのが気に障ったのか
夜魔が俺達へと襲い掛かってきた。
その攻撃を姫神流体術で捌き
後ろで構えていた銀色がカウンターを入れる!
「ハッ!!! 」
霊力を纏わせた鋭い正拳が、夜魔の顔面へとめり込む。
「グギャァッァァァァ !!! 」
どうやら異層からの怪物にも痛覚はあるようだ。
そこへ、俺が体重を乗せた胴廻し回転蹴り「旋風脚」を叩き込んだ。
「ゴギュッ!!! 」
夜魔は、大きく吹き飛び、塀に激突した。
銀色ナイス連携技!
2人でも何とかなるかな?
だが、夜魔はムクリと起き上がってきた。
やっぱり、駄目だったよ!
コイツってば無駄に頑丈でやんの!
「グルルルルゥ……」
しかも、怒ってるし!
怒りっぽいのは、カルシウムが足らない証拠ですよ!
……こりゃあ大ピンチですぞ。
──ヴォォォォォォォォォォォォオオォン!!!
その時に遠くから、オートバイの甲高いエンジン音が轟く。
見ると眩いライトの光源が、急速に俺達の方へと近づいて来る。
こっちに来ちゃ危ない! 引き返せ!
そう叫ぼうとした、その時!
……そのまま、バイクは怪物を撥ねた。
夜魔は跳ね飛ばされ、道路に「グシャ」と嫌な音を立てて叩き付けられた!
「キキーッ!」とバイクは急停車する。
……今のって完全に撥ねてから、ブレーキ掛けたよネ。
だが、あろう事か、夜魔は立ち上がってきた。
少しばかりボロッとして、額?から黒い血を滴らせていた。
人外の怪物で良かったよネ。
人間だったら、大変な人身事故ですよ!
「キシャ───ッ!!! 」
彼の怒りは、俺達からバイクのライダーへと向かったようだ。
だが、バイクの主は、少しも慌てた様子が無く
「ドゥルン! ドゥルン! 」
と、エンジンを吹かし、ゆっくりと夜魔を眺めている様子だ。
黒いライダージャケット、同じく黒いフルフェイスのヘルメット
黒の革手袋。がっしりとした体格の男性の様である。
バイクはスポーティなレーサーレプリカを思わせるタイプで
白いカウルの車体には、赤いストライプが走っている。
そして風防下のカウリングに………「狸」のエンブレム? が描かれている。
この外来種を前にしての、落ち着きぶり……
どう考えても、このバイク乗りは人間じゃないよな。
妖怪だとすると「朧車」か「片輪車」か?
敵なのか? それとも味方か?
果たして、彼の正体は一体?
俺が、そんな事を考えて思い悩んでいると
「ギッギャーッ!!! 」
夜魔はライダーへと襲いかかる! 危ないっ!
すると!
「むんっ!!! 」
ライダーの気合い一閃のコブシが、怪物の顔面へとめり込む!
ドウっ!と音を立てて怪物が吹き飛ぶ。
うわっ!バイク乗り強いっ!
そして、彼はゆっくりと鉄馬から降りると
カツーン、カツーン、とアスファルトで、ブーツの踵を響かせ
倒れた夜魔へと近づいていく。
ヘルメットのバイザーを上げながら
地面にうずくまる夜魔に向かって、渋い声で
「出たなぁ! 外来種めっ! 」
それ今更かよ!?
てか、イケメンで屈強そうではあるが、初老っぽい男性だった!
「……あの妖怪はッ!? 」
俺の隣で、成り行きを見ていた銀色が呻く。
彼を知っているのか?
倒れていた夜魔は、その恐竜のような尾で奇襲を仕掛けた。
恐らくは油断を誘っていたのだろう。
男性は、咄嗟に右腕で防御して攻撃を防ぐ。
その隙きを突いて、怪物はコウモリの様な翼を広げ
跳躍すると、男性から少し離れた場所へと着地する。
どうやら距離を取って、仕切り直すつもりのようだ。
指をワキワキと蠢かせ、くすぐり倒す気マンマンだ!
それに対して男性は、ヘルメットを脱ぎ捨て
脚を半歩開き、不思議な構えを取った。
そして開いたジャケットの腰部のベルトが輝いていた。
腰のベルトぉーッ!!
まさか、もしや、この既視感は!
以前に出会った「茶釜のタヌキ」のマミさんを思い出す。
「 変 身 っ ! ! ! 」
あの、じーちゃんてば「狸」じゃねーか!
「やっぱり! 隠神刑部様でありまする! 」
銀色が叫ぶ。
隠神刑部って云ったら、タヌキ界の超大物じゃないか!
そんな大物までものが、昨今は「化ける」んじゃなくて「変身」なのかよ!?
どーなってるの「化け」業界!?
大丈夫なの? 「化け」業界!?
「確か、今期の外来種駆除の当番役が、隠神刑部様のはずでありまする。」
また回覧板で回ってくる当番役か。
以前に玉藻さんの云ったことが、俺の頭の中で再生される。
『近年、ヒトに仇なす「妖異怪異」は我々妖怪が持ち回りで退治しておるのだ。』と
他にどんな役があるんだろ?
───その時に、ドコからともなく
謎の声が聞こえて来た。
『仮面タヌキは一体、誰なのか? その正体は謎に包まれているのである。』
誰が喋ってるの!? このナレーションは?
いや、正体不明も何もバレバレですがな。
「形部様で、ありまするよね?」
首を傾げ、唇に指を当てて銀色も呟く。
『その正体は不明である。』
「「 あ、はい。 」」
大事なことなので、と言わんばかりに繰り返されたら
俺達としては、そう答えるしか無い。
「とぅ!」
俺達が謎のナレーションに言い含められている時、隠神刑部の声が響いた。
しまった! また変身シーンを見逃した!
そんな俺達の前に居たのは
………バッタだった。
それも人間サイズの巨大な濃緑のバッタ。
首?の場所には、何故か真っ赤なマフラーが巻かれていた。
「 ゆくぞっ! 外来種っ!!! 」
でかいバッタが、そんな事を叫びピョーンと跳躍する。
シュールな光景だわぁ……。
夜魔も翼を広げて、空中で迎え撃つ。
が、「ガシッ」と空中交差して、はたき落とされたのは夜魔の方だった。
昆虫であるバッタの脚力は凄い。
それが人間サイズなら、どれ程の威力があるのであろうか?
夜魔はフラフラと立ち上がる。
もはや、立っているのもやっとのようだった。
そこへ隠神刑部は決めの一撃を繰り出す。
大きく跳躍し、空中でクルリと一回転すると
強烈な蹴りを、異界の怪物の身体にへと叩き込んだのだ。
バッタキックだ!
「ギィ──────ッ!!!」
弾き飛ばされ、地面に倒れた夜魔は……
「ド────ンッ!」
爆発したぞ! おいっ!
どんな理屈で生き物が爆発するんだよ!?
そんな、光景を睨んでいる、何時の間にか人間体に戻った隠神刑部。
再び、例の謎ナレーションが聞こえてきた。
『仮面タヌキは「変身タヌキ」である。
彼は日夜、日本の平和を守るために
異界からの侵略者、「外来種」と戦っているのである!
負けるな! 仮面タヌキ!
頑張れ! 変身タヌキ! 』
もう、好きにして下さい。
───「ハッハッハ。それじゃあ、気をつけて帰るんだよ。」
俺達にそんな言葉を残し
隠神刑部は夜の街へと、颯爽とバイクを駆り去って行った。
銀色は、彼へと手を振っている。
俺は、バイクで走り去る隠神刑部を見ながら
町内会で役が回ってくると
妙に張り切っちゃう、近所のお爺ちゃんの事を思い出していた。