54話 女やもめ
「男やもめにウジがわき、女やもめに花が咲く。」
そんな故事ことわざがあります。
かつては寡夫や寡婦などの、配偶者と死別した男女を指したようですが
今日では、独り身の男女に対しても使われるようです。
まあ、男性はズボラで部屋が汚れるが
女性はこまめに掃除を心がけるので、部屋が清潔になる。
故に、こんなことわざが出来たのでしょう。
「………。」
どこら辺が花咲く部屋だ!?
今、俺がいるのは八咫の部屋。
脱ぎ散らかした服や、読み散らかした雑誌が、そこら中に散乱し足の踏み場がない。
なーんたる! なーんたる!
なんざーます! この有様は!!
爆撃の跡か何かか!?
「仕事忙しいんですよ? 」
ソファーの下から、マグカップを発掘していた
自称「出来る女」、烏天狗の八咫が自己弁護する。
ショートの黒髪に切れ長の瞳。
一見すると、有能な秘書を思わせる残念な美人だ。
毎回思うのだが
天狗の仕事って何だろう?
そんな事より、その発掘カップで、お茶淹れようとか考えてないだろうね?
「まあ、その辺にてきとーに座ってて下さい。いまコーヒーでも淹れますから。」
やっぱり淹れる気だ!
***
何で八咫の部屋になんか居るのかというと?
会社の帰りに八咫と偶然に会って
首根っこ捕まえられて部屋に引きずり込まれたのだ。
ソファーの上に、胡座をかいて何とか座り
発掘カップにコーヒーを淹れた八咫が、ひょいひょいと障害物を器用に避けながら持ってきた。
慣れていやがる……
これが常態になっているということか。
「それでですね、男性を紹介してくれる話は、どうなっているのかなあ? とか思いまして」
あの話は、まだ有効だったの?
もうとっくに、お流れになってるのかと思った。
「諦めたら、そこで試合終了ですよ!」
諦めて欲しいなあ。
で、どんなの紹介してほしいのよ?
「そうですね……。」
彼女は「フム」と呟き、じっくりと考え
「渋い中年のオジ様なんかも好みですけど、紅顔の美少年も良いですね。」
「あ、モチロン美青年もマッチョも、ドンと来い!です。」
ストライクゾーン広っ!
なんでも良いんじゃねえか!?
ああ、そう云えば、近所のお爺ちゃんが独身で……
「お爺ちゃんは断固パスです! 」
頭の上に大きなバッテンを作り首を振る。
贅沢だなあ……
あ、俺は駄目だからね?
「当たり前ですよ!」
八咫とは言え即答されると、何か腹が立つな。
「そんな事になったら、姫様に山中に生きたまま埋められちゃうじゃないですか!」
八咫は両手で「ギュ」と我が身を掻き抱いて
その身を震わせる。
「きっと良い笑顔で、スコップ振るいますよ?」
こえー!
暗い山の中で、美しい銀色の髪を汗で額に貼りつかせつつ
薄ら笑いを浮かべ、穴の中の俺と八咫に土を被せていく姫を想像して、身の毛がよだつ。
お互いの身の安全のために
そうはならないようにしましょう。切実に!
「とりあえず希望はわかった。でも、その前に、この部屋を何とかしなさい。」
こんな部屋見せたら、百年の恋だって木っ端微塵になるわ!
こんな部屋の主を世話したら、こっちが恨まれる。
「えー…。ありのままの私を愛して欲しいんですけど。」
たわけ!!
これは、男と女の騙し合い! いや、戦ぞ!
そんな事は、勝ってから考えればよろしい。
『目的は手段を正当化する』と、昔の権謀術数主義者も言っているではないか。
「後は野となれ山となれ」の敢闘精神で行こう。
もっとも男にとっては「後の祭り」になるのだけれども。
***
てなわけで家事の専門家をお呼びしました。
どうでしょう先生?
何とかなりますか? この魔窟は?
「こ、これは……一体……」
八咫の部屋の惨状に
心底、呆れたような表情を見せる雪の姫神と小狐達。
雪音さんと、式神達であった。
暫くの間、呆然としていた雪音さん達であったが
「キッ! 」と表情を引き締めると
割烹着を付け、キュッキュッとタスキを掛け、手ぬぐいを被る。
「ふふふ……掃除の甲斐がある、お部屋ですね。」
「で、ありまするね!」
おお、雪音さんの戦闘態勢スイッチがONになった。
式神たちもヤル気満々だ!
さて、俺も気合い入れて掃除するか。
「頑張って下さい! 」
他人事のような事抜かした、八咫にハリセンチョップを入れる。
「率先してやれ! 男を紹介してやらんぞ! 」
そう言った途端に、八咫はキビキビと機敏に動き始めた。
本当に飢えているんだなあ……。
──「お掃除のコツは、思い切りです。」
「そして奥から手前へと、蒸気ローラーの如く敵を殲滅です。」
大反攻に出た赤軍将校の作戦指導の様な、雪音さんの指揮下
要らない物はドンドンと片付けられていく。
しかし、俺は床に散乱する謎ゴミに困惑していた
この不気味なアフリカの仮面は一体……?
何故、烏天狗がこんな物を……
なんだ?このレースのハンカチは?
「!!!」
女性用の下着じゃねーか!
こんなのまで脱ぎ散らかしちゃ駄目じゃない!
けしからん! 実にけしからん! 没収だ!
雪音さんに睨まれたので、そっとゴミ袋に放り込む。
──「大変でありまする! 」
荷物を片付けていた銀色が叫ぶ。
何事でありまするか?
「床に現場検証の跡みたいなテープが貼ってありまする! 」
銀色が這いつくばって
床に貼られた人型のテープを指差す。
「ああ、ここ事故物件だから。だからスゴく、お家賃安いんですよ? 」
入居した時に剥がせよ!
てか祟られても知らんぞ! 妖怪相手に祟れるのか、どうか知らんが!
「祟られませんよ。」
やけに自信たっぷりに、八咫が言う。
さすがに妖怪を祟ったり取り憑いたりなんて、幽霊じゃ無理か。
「入居した晩に出たんですよ。恨めしそうな男性の幽霊。」
出たのかよ!?
なんて怖い物知らずの幽霊なんだ!
「これは……ひょっとして夜這い? とか、思いまして。」
いや、まず以って、その発想がおかしい。
常識的に考えて。
「「結婚してくれる? 」 って尋ねたら、黙って出ていちゃったんですよねえ。」
遠い眼をして、悲しげに語る八咫。
幽霊の男ですら逃げ出すのか……。
あまりの哀れさに、皆が居た堪れなくなって、黙々と掃除を再開する。
──あ! Gが出た!
ヤツだ! ヤツが来たんだ!
だが、動きが明らかに通常のGと違う。……ひょっとして赤いヤツ?
違う黒っぽい。だが間違いなくGじゃない。
マジマジと黒いアイツを見る。
「三葉虫」だ! これ!!!
そして式神が流しで「ピカイア」を発見した!
浴槽からは「アノマロカリス」が!
何なの? この謎ワールド?
霊力と不潔さで時空間がねじれて、過去の世界と繋がってんじゃねえか?
「プシューッ」とマスクを付けた銀色が殺虫剤を掛け
哀れ、生きた化石達はご臨終となった。
嗚呼、何だか、すごく勿体無い事をしたような気がする。
古生物学の学者先生が見たら、脳の血管がブチ切れるような行為だったかもしれない。
見なかった事にしよう。
ここには、何もいなかった。
いいね?
──そして、片付けを再開した俺は、再びおかしな物を発見した。
今度は怪しげなアステカ風の人形か……。
蛇身に翼が付いてる。これはケツァールコアトルか。
「あ、それは以前に1時間29分52秒だけ、付き合った男性が、くれた思い出の品です。」
そんな重たいモン捨てろよ。
いや、交際期間が一時間半に満たないなら、さして重い代物でも無いか?
悲しげな、切なそうな表情で、アステカの人形を見ている八咫。
「棄てよう。」
俺が、そう云って人形を持った、その時。
人形から、眩いばかりの光が輝き、『それ』は顕現した。
「余を呼び出したるは、そなた等か?」
長い黒髪、灰色の瞳、そして古代アステカの神官装束と黄金を纏った
白皙の美青年が現れたのだ。
「ケツァールコアトル! 」
神の名に相応しい、凄まじいばかりの神威と霊圧。
古代アステカの神。
ケツァールコアトルの降臨だった。
その圧倒的な霊力の波動に、思わず身構える妖怪女性たち。
俺は雪音さんたちを、慌てて止める。
ケツァールコアトルは、生贄の儀式を止めさせた程の、平和的でヒトを愛する神だ。
恐らくは、話し合いの余地は充分にある。
「フム……」
そんな俺達を、興味深く面白そう眺めている青年神。
***
───「どうぞ。粗茶でございますが。」
雪音さんが、ケツァールコアトルに日本茶を淹れて勧める。
「大儀である。」
そう云って、彼は茶を優雅に恬然と喫する。
「不思議な味のする茶よの。……だが、悪くは無い。」
そう云って、ケツァールコアトルは「ニヤリ」と笑った。
人好きのする、実に良い笑顔だった。
神をソファーに座らせ、俺達は床にペタリと座り込んでいる。
「苦しゅうない。」とは言われたが、やはり神と推尊される存在には、礼儀は必要だろう。
一瞬、頭に木之花咲耶姫の事が過ぎったが
敢えて、考えないことにする。
「……なるほど、その御仁が余を召喚したるか? 確かに不思議な波動よの。」
今回も「波」の仕業でした。
平和的な神で良かったよ。……邪神像とかでもあったら、洒落にならないとこだった。
ケツァールコアトルの、その玉音に
烏天狗の八咫が反応し、俺を押し退けるように「ズイッ」と前に出る。
「紹介してくれたんですね!」などと言いながら。
さっきからコイツ
「やだ…美形。」とか「ウホッ! いい男! 」とかブツブツ呟いてたからなあ。
やめときなさい。相手は神様ですよ。
失礼の無いようにネ!
『 結婚して下さい。 』
いきなり直球ストレートの勝負で行きやがった!
ケツァールコアトルは笑顔のままで、グルリと部屋を見渡した後。
ソファーの上から「ペコリ」と八咫へと頭を下げて
「ごめんなさい。」