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妖怪さん外伝 魔神さんGO!

話数外の外伝になりますです。




春風薫る、うららかな春の朝。



「坊ちゃま、お早うございます。」


寝起きの寝ぼけた頭に、口籠ったそんな声が響く。

「まあまあ、坊ちゃま。今朝もお健やかで、ベアールは嬉しゅうございます。」


布団の中で何かがモソモソと動いている。

一気に意識が覚醒する。


またお前か!


慌てて毛布を剥がす。するとそこには正座をして、俺の股間に挨拶をしている

黒髪の中央分けのボブカット。いささかタレ目気味のメイド姿の女性がいた。


「お早うございます。我がしゅよ。」


「何をしているの?」


「はい、我がしゅよ。御子息様に朝のご挨拶と思いまして。」


破廉恥極まるトンデモ行為を

恭しくサラリと答える。


「はぁ、本当に坊ちゃまは、ご立派ご健勝で……わたくしいつでも受け入れ準備はOKでございますわよ?」


鼻息を荒くし、中腰になりスカートをたくし上げ

パンツに手を掛けて、そんな戯言を抜かす。


「すんな!」


「ちぇーっ!」


田舎の父ちゃん母ちゃん。東京は怖いとこだ。




────「主様。」


「本日の朝食は、伝統的な和定食をご用意させて頂きました。」

「まずは洗顔をお済ませ下さいませ。」


先程の痴態醜態など、まるで無かった事にように振る舞う駄メイド。


ヒトではない。

田舎の神社に祭られていた「雪女」に類する日本の妖怪ですらない。


「魔神」


本人の説明によれば、そういうモノらしい。


ボクは『姫神ひめかみ 春樹はるき

大学進学のために、群馬の山奥の村から親類が住む東京の猫田にやってきた。


従兄の夏樹兄と雪姉は「屋敷に下宿すればいいのに。」とか言ってくれたけど


楽しいキャンパスライフが待っているんだから

やっぱり一人暮らしがしてみたかった。


だから伯母の一人が持ってるマンションの一室を無料で貸してもらって

ワクワクドキドキしながら引っ越し作業


ようやく片付けが終わったと思ったら

唐草からくさ模様の風呂敷包み背負ったメイドがやって来たのだ。

この自称「魔神」様が。



最初は「さすが東京。都会は一味違うなあ。」とか思ったが

すぐさま警察に通報した。


自分の事を貴方に仕える「魔神」だと名乗る人物が訪ねてくる。

例えそれが綺麗な女性だとしても、誰でも通報すると思う。


やって来た警察官は、彼女の眼を見た途端に

朦朧とした目付きになり、回れ右して帰って行った。


何やだ怖い!


そして彼女は「どうぞ『ベアール』とお呼び下さい。かわゆく!」

などと意味不明の自己紹介を始めたのだ。


かのソロモン王に仕えた72柱の魔神の筆頭「バァル」

それが、この少し頭のおかしいメイドの正体。


そんなヤバイのが何だってボクのところに?


「それは主様が「ソロモンの指環」の継承者だからに御座います。」


「そんな指輪なんて持ってないよ! 」


「「ソロモンの指環」とは現実に存在する器物では御座いません。貴方様の魂。それこそが指環なのです。」


「誠に………まことに不思議な、お血筋でございますねえ。」


そう云って「ベアール」は風に流れる髪を押さえながら

夏兄達の住む屋敷の方角に微笑む。


「……てな理由わけで! 今日から貴方様が「ソロモン2世」! はい決定! いま決定! もう決定! 」


魔神豹変す。

突如としてハイテンションになって語りだした。


「そしてわたくしが「ソロモン2世」に仕える72の下僕しもべの一柱! よろちくね!」


ホッペに指をチョコンと当てて、片手でスカートを摘み

「可愛い魔神のポーズ! 」をビシリと決める。


こうして勢いに押し切られて住み着かれたのだ。

……嗚呼、憧れの一人暮らし。


因みにボクには、彼女のギャグが古すぎて理解できなかった。




────御飯、味噌汁、焼鮭、海苔、卵に香の物


鮭の切り身でホカホカ御飯を頬張り、良く咀嚼して嚥下する。


「主様。お代わりは如何でございますか? 」


ベアールは横に立ち給仕しながら尋ねてくる。


「もう、お腹いっぱい。ご馳走様。」


この異常な状況に順応しつつある自分が怖い。


「はい、では今お茶を、お淹れいたしますね。」


何も無い空中に手を突っ込み急須と湯呑みを取り出すと

コポコポと茶を注ぎ始めた。


本当に「魔神」なんだと実感させられる瞬間でもある。


ちょっとした興味本位から尋ねてみる。


「そう言えばさ、ソロモン王に仕えてたって事は、シヴァの女王とかにも会ったことあるんでしょ? どんな人だったの?」


すると彼女は、まるで渋柿でも齧った様な

心底イヤそうな顔をして


「……それは、それは「イヤーな女」でしたよ?」


「そうなんだ。」


熱いお茶をフーフーして啜りながらボクは頷く。


まあ歴史って、美化されたり誇張されたりするからねえ。


聖人君子とやらが稀代の大悪人とかあるだろうし

その逆の例だってザラにあるだろうなあ。


「嫌な女だったものでございますから、私も神殿裏に呼び出して「おぃ! ウチの主様に色目使ってんじゃねーぞボケ!ちょっと位おっぱいデカいからって良い気になりやがって! 」とか忠告してやったり。靴に尖った小石を入れたり、トイレに入った所で外から水掛けてやったりとかしましたねえ。しかも、それを騒がず、誰にも言い付けもせず、良い子ちゃんぶりやがって……。本当に、虫酸が走るほど嫌な女でしたね。」


「ギュっ」と紅い唇を噛み締め

忌々しい思い出を手繰るようにしてベアールが語る。



「ベアールがヤナ女だってのは、よく解ったよ。」


「どぼちてー!」


ボクの足に縋り付いて滂沱の涙を流しながら、そんな事を言ってきた。

どうやら全く自覚がない様子だ。


「ところでベアールは食べないの?朝ごはん。」


ボクのズボンを涙で濡らしながら「キョン? 」とした顔をする。


「食べませんよ? 「魔神」ですから。」


魔神だって食べるでしょうに。

日本の妖怪たちは大変な健啖家だよ?


「ご飯食べないって、何のために口付いてるの?」


少し冗談めかして聞いてみる。


「我が主よ。それは勿論、貴方様に愛を囁く為でございます。」


歯の浮くような空々しい台詞を、恥ずかしげもなく云ってのけ

深々とお辞儀をして、そして真剣な表情で顔を上げると


「さあ、布団へと参りましょう。レッツらゴー!です。」


「今起きたばかりだし、今日は早くに講義あるからダメー。」


「我が主様のイケズぅー。……でも、その禁欲的ストイックな所が、また堪りませんですわっ! ……あっ! 「焦らしプレイ」? 」


相手にするとドンドン下品な発言をしてくるので

抗議の意味で無視してやる。


「ああんっ! これが「放置プレイ」ってヤツでございますねのねー。ヤダー主様ってば上級者すぎぃ! 」


無視しても下品な発言してきた。

これは、もう駄目かもわからんね。


「本当に食べなくても大丈夫なの?」


仙人でもあるまいし

霞でも食べているのだろうか?

それとも謎の内燃器官でも持っているのだろうか?


「はい」


「流石は魔神なんだね。」


深く考えたら負け。そんな気もしてきた。


「はい、並列面の異世界からエネルギーを得ておりますので」


ちょっぴり自慢気に、その形の良いお胸を張る

「エッヘン」と聞こえてきそうだ。


「はぁあ」流石は魔神様だねえ。

異次元から謎エネルギーを摂取するとか。


人智の理解を越えた驚異の存在だよ。

伊達に「神」の名は付いてない。


胸に手を当て、はにかむようにベ・アールが続ける。

だが、彼女はトンデモナイ事を話し始めたのだ。


「魔王を創り出しまして、その世界の住人共から生命力を搾り取っておりますので。」


「今すぐヤメたげて!」


「……新鮮で濃厚で美味しいんですのよ?」


どうして健康に良いのに皆は飲まないのかしら?

そんな表情をして不思議そうに小首を傾げている。


「牛乳じゃないんだから!」


ヤダよ。「新鮮! 搾り立て! 異世界人の生命エネルギー! 」なんて

頭に搾乳機の様な物を取り付けられて、エネルギーを絞られている様子が頭に浮かぶ。


「しかし、困りました……それでは食事を経口摂取せねばなりません。」


心底困ったように、ベアールはロダンの「考える人」のポーズを取る。


でも困ったな、異世界住人の生命力絞るほどの食事って、どんな量になるんだろう?

貧乏学生には、ちょっと食べさせていくのは辛いかも?


「朝昼晩にお茶碗に軽く一盛りの御飯と言う所でしょうか?」




「 今 す ぐ ヤ メ ロ ! 」




たった三膳の御飯で何とかなるのに

生命力絞られるとか、異世界住人カワイソ過ぎんでしょ!


「畏まりました。全ては我が主様の御心のままに。」


眼前の「魔神」は恭しく一礼して


「では、失礼致しまして。」


パンパンと手を叩く。


空間が歪み小さな光の輪が輝く

それがみるみるうちに大きくなる。


ヒトが通れる大きさになると、そこからヌッと一人の男が現れる。


長い黒髪、鋭く黒い瞳。

黒き鎧。、漆黒のマントを羽織った眉目秀麗な、だが酷薄そうな男だった。


ぶっちゃけイケメン。


ベアールの隣にいるボクをチラリと一瞥するが

取るに足らない小物とばかりに無視をする。


そしてベアールの前に片膝を着き、恭しく一礼をすると

これまた力強く。だが驚くような美声で滔々と挨拶を述べ始めた。


「魔王ヘリオス、御召により参上仕りました。」


「よく来ました。「魔王HEの13号」」


……なんか他にも一杯魔王がいそうな番号だなあ。


「申し訳ございません。計画に若干の遅れが出ております。お叱りは甘んじてお受けいたします。」

「目下、勇者どもの殲滅が完了し、人間どもの王都の攻囲に取り掛かったところにございますれば、もう間も無く……」


ぐう有能。勇者とか、もう殲滅されちゃったのか。

で、ボクの隣でニコニコと上機嫌そうにしている「魔神」様はパタパタと手を振って


「ああ、それヤメヤメ。」


夕食の献立の予定を「サバの味噌煮」から「豚の生姜焼き」に変更する。

その程度の気安さで、異世界侵略の方針転換を告げるべ・アールであった。


「はっ?」


流石に困惑する魔王様。


現場で一生懸命頑張っていたら

本社から突然の方向転換を迫られた中間管理職の悲哀に似た物を感じる。


言い出した以上はボクにも責任があるだろうし

ボクからもお願いした方が良いような気もする。


「あの…お願いですから、異世界の人たちから生命エネルギー絞らないで…」


横合いから、ひ弱そうな人間に口を挟まれて「イラッ」と来たのだろう。

魔王様は、ギロリッと俺を鋭く恐ろしい眼光で睨みつけて


「何だ! 貴様は……『ゲボぉ!!! 』」





「 口 の 利 き 方 に 気 を つ け ろ ボケエエエェェェェ!!!」






魔王様の顔面にベアールの強烈な「膝蹴り」が炸裂する。

蹴り抜かれた衝撃で、魔王様の身体は空中へと浮き上げられる

更にそこへ雷撃を纏わせた拳で、これでもか!と追い打ちを掛ける。



「ギュルルん!!! 」と空中で高速回転しつつ床へと激しく叩き付けられた。

「しゅ~」と音が聞こえ、魔王様はピクピクと動いている。


その魔王様にべアールは容赦なく畳み掛ける。

「ガシッ!ガシッ!」と足でイケメン魔王様の背中を何度もストンピングする。


「あぁっ!」


……今なんか魔王様がヘンな声上げた。


「控えろ!下郎!」


腕を組み、まるで汚物でも眺める様な目で

上から見下しながら冷たく言い放つ。


「ここに御わす、お方を何方どなたと心得る!」


「恐れ多くも、我等が主上! 至尊! 至高! 最高! やんごとなきお方! 我とラブラブの愛しの君!『 姫 神 春 樹 』様にあらせられるぞ! うぬ如きが声を掛けることすら憚られるわ! 頭が高い! 控えおろう!」


さり気なくウソ混ぜないで


大ウソ混じりとは云え、主たるベアールの叱責が余程堪えたのか

魔王様は這い蹲った姿勢から「ピョン」と跳ね上がるとドゲザモードへと急速変形し


「し、失礼しましたあああぁぁぁ!!」


何だか酷く申し訳ない気分になりながら


「……それじゃあ、止めてくれるの? それと頭上げて下さい。」


「はい! 直ちに!」


即答だった。

だがイケメン魔王は平伏し、立ち上がってくれそうな気配がない。


「今後の方針は如何致しましょうか?」


ボクの肩にしなだれかかり、まるで悪の帝王の愛人でもあるかのように

魔王様を薄ら笑いしながら見てベアールは尋ねてくる。


なに他人事みたいな顔してるの?

そもそもベアールが原因で、こんな事になってるのよ?


「できれば共存共栄してくれると嬉しいなあ……。それと本当に頭上げて下さい。」


「共存共栄」の言葉に、魔王様は頭を上げ

花柄刺繍されたレースのハンカチで額の汗を拭い、困惑したような表情で


「はっ? そ、その共存共栄で御座いますか?……大変に申し上げにくいのですが些か難しい。かと愚考致しまする。」


そう魔王様は答え、再び平伏する。

どうしても立ってくれない。


そりゃ、そうか……今の今まで血みどろの闘争繰り広げてたのが

「あ、やっぱ今までのナシで! ラブ&ピース! 」とか言っても

向こうも、こっちの幹部達だって納得しないよね。


そんな魔王様の苦衷など、斟酌する様子など欠片も感じないのか


べアールは深夜のコンビニ前のヤンキーの様な座り方をして

魔王様の見事な御髪を引っ掴み顔を上げさせる。

そして顔を近づけ目を細め口を歪め、下から睨め上げるように


「んあぁ? てめー、ちゃんと主様の玉音を聞いてやがったんか? ごるぁ?」

「おめーに許される返事は「はい」か「畏まりました」か「承りました」の3つだけなんじゃあ。わかっとんのか?こぉんのボンクラがぁ!」


お前は、どこのチンピラヤクザだ?


「ええかあ? 主様が「白」とゆーたら「黒」いモンでも「白」なんじゃあ! 」

「ワシから盃貰うといて知らんとはいわせんど! このドサンピンがぁー! 」


どう見ても「チンピラヤクザ」って言葉に

反応して悪乗りしてるな。


「いい加減に止めないと怒るよ? 」


この言葉にべアールはピクンと反応して


腰に手を当て若干前屈みになりながら

お説教した後の「可愛い幼なじみのポーズ」を取りながら


「今日はぁ、この位で勘弁したげるぅ! 」


「エエェェ!」


何故、残念そうな物足りなそうな声を上げる……魔王様。


コホン

「いやぁあ、主様怒っちゃヤーよ。ちょっとした軽ーい、お茶目なジョークなんですからぁん。」


ボクにしなだれ掛かって胸に「の」の字を書いている。

あれで軽いジョークなんだ。

バァル配下と呼ばれる「66の軍団長」の苦労が偲ばれる。


「主様。ウチの軍団は「労働は諸君を自由にする! 」を合言葉に日々頑張っておりますよ? 」


どこの強制収容所の標語だよ!?


まあ、何にせよ。

ボクは立ち上がり魔王様の前で正座をすると


「難しいのは承知しました。ですが何とかお願いできませんでしょうか? それといい加減に平伏するのを

止めて頂けませんか? 」


するとボクの言葉に魔王様は頭を上げ

ポロリと一粒の涙を零し


「何という……何という寛大なお言葉! それがしはソレガシは! 」


感極まったのか漢泣きに泣き始めた。


可哀想に……今まで労いの言葉一つ掛けて貰ってなかったんだろうな。

哀れになって魔王様の肩をポンポンと叩いてやる。


振り返ってベアールを見ると、目を逸らして口笛吹き始めた。


「もう一生ハルキ様に付いていきまする! 某の、この身命の全てを捧げる所存! 」


………それはヤメテ。

魔神に加えて魔王様とか一介の学生には荷が重すぎる。



「ところで我が主よ? 本日は朝から講義があったのでは? 」


何とか話を逸らそうとしてベアールが、そんな事を言ってくる。

そんな誘導になんか……



って今何時!!!!


「そうですね。8時半過ぎですね。」


やばい! 遅刻する! 

慌ててカバンを引っ掴み出かける支度を始める。


「我が主よ。大学にまで空間を捻って繋いでしまいましょうか? 」


ベアールが心配そうな顔をして、そんな提案をしてくる。


「いらない! そんなのに慣れたら人間としておかしくなる! 」


普通はワープ通学する学生なんていない。

魔神と暮らすのは仕方ないにしても、小市民的価値観だけは守り抜きたい!


「では、いってらっしゃいのキッスを。」


眼を閉じ唇をすぼめて「むちゅー」と突き出してきた。

この期に、んな冗談に付き合ってるヒマなどない。


「そんにゃー! 本気と書いてマジなのにー。」



「行ってきます! 」


ドアノブを掴み背後を振り返って言う。


「いってらっしゃいませ~」


魔神ベアールは笑顔で、ニコヤかに手を振り

魔王様は深々と一礼する。




うららかな春の朝の一幕だった。

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