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53話 マキャベリズム

「カラリ」とフスマが開く。


「ふぅ、良い湯であったな。」


黒のシュシュで金の髪をまとめ上げ

ほんのりと桜色に上気し、艶やかな浴衣姿の玉藻が

上機嫌な様子を漂わせ部屋へと帰ってきた。


「お帰りなさい。」


窓から夜景を見ていた雪音が振り返り、そう声を掛ける。

玉藻と同じく浴衣姿ではあるが

全く乱れの様子は無く楚々と着こなす。


「長かったですね。お風呂良かったでしょう?」


鞄の荷物を整理しながら雪音は、そんなことを聞いてくる。


「うむ、念入りに洗ってきたぞ。」


瞬間、微妙な緊張感が走る。

僅かながら部屋の気温が下がり、玉藻はスッと目を細める。


「そういえば、そなたも長かったな? 」


この場に社畜がいないのは、誠に幸運であったと言わざる得ない。


「………」

「………」


玉藻と雪音は互いに目を合わせぬようしながら

しばし無言の時が過ぎる。


沈黙を破ったのは雪音だった。


「たまには私と一杯、如何? 」


ニヤリ。玉藻は不敵な笑みを浮かべると

宿命の好敵手の挑戦を受けることにした。


「良かろう。」


スッとテーブルの前に腰を下ろし

髪を纏めていたシュシュを外し軽く首を振る。

ふわりと金色の髪が広がる。


蒼玉の瞳の片方を、垂れたままの黄金の髪に隠し


「今宵は、とことん付き合って貰うぞ。」


対する雪音は、長く美しい黒髪を髪留めで軽くまとめ

玉藻の対座にそっと腰を下ろす。


そして清楚優雅に微笑みながら


「お受けいたしましょう。」


斯くして、女達の戦いのゴングの音は鳴らされたのだ。

其々ドス黒い思惑を胸に秘めながら。




───注文した酒が運ばれてきた。


「ホレ」と玉藻が雪音の杯に注ぎ

雪音が玉藻の杯に注ぐ。


「こうやって、そなたと2人きりで飲むのは初めてかの? 」

「そう言えば初めてかもしれませんね」


2人はクイッと杯を仰ぎ、各々が勝手次第で手酌する。


蛙たちの輪唱、虫たちの合唱の音に誘われ

玉藻は、ふと外を見る。

夜の闇に閉ざされてはいるがチラホラと村の灯が見える。


「姫神も大分変わったな。」


雪音は空になった狐神の杯に酒を注ぎながら尋ねる。


「昔来たことが?」


玉藻は蒼穹の色をした目を細め、遠い記憶を辿る。


様々な思い出が走馬灯のように巡り

忘れ難き姫神での、遠い冬の日々が瞼の内に蘇る。


「そなたの母御ははごの代にな。」


ため息とともに、その言葉を吐露す。

その短い言葉には、玉藻の様々な思いが込められているかの様であった。


「母の……。」


雪姫は、懐かしきひとの名よ。とばかりに絶句する。


二人の間には沈黙しじまの時が過ぎる。

時を刻む古い壁時計の「カチコチ」の音だけが大きく聞こえる。


「……逝ったか」


古き友人、懐かしき雪の女神おんながみに一献の神酒みき

そんな想いを込めて狐神は酒盃を、今は亡き姫神に捧げる。


………だが。


「元気ですよ? 」


「ふぁ!? 」


何気なく雪音の放った一言に

玉藻は酷く間の抜けた声を上げたのだった。


「私に代を譲ってからは、遊び歩いてますよ? 」


雪音は、軽くため息をつく。

自由奔放なる母の振る舞いを考えると思わず出てしまうらしい。


「昔のままかよ!あのババア!」


先程までの、しめやかでしんみりとした空気は何処へやら

玉藻は叫ぶように悪態をついた。


彼女は「そういえば! 」と雪音の母「雪乃」に

散々と苦労させられた思い出が、今更のように記憶の底から蘇る。


思えば姫神村に立ち入った、あの時もそうだった!

まさに迂闊! 自分で自分を責めてやりたい!


勝手に旅に付いて来る!

行く先々で悶着を起こす!

何でも力技とゴリ押しで解決しようとする!

我より遥かに歳食ってるくせに、小娘のフリをする!


見た目だけは「清楚可憐でたおやか」だから余計に始末が悪い!

とばっちりだけが、全部こっちに来た!


「先日ハガキが来ました。シリアから」


「そうそう」とばかりに雪音が告げる。


「どこ行ってんじゃ!?」

「遊び歩くにしても場所考えろよババア! 」などと悪口雑言が出る。


世界有数の紛争地帯に「遊び」に行く神経がわからない。


面倒事に首を突っ込んでいく性格に全く進歩の跡が見られない!

頭痛が痛い! 思わず意味不明な形容が飛び出しそうになる。



「何でも、そのままイラクとか見てアフガニスタンとかも観光してくるそうです。」


遠い目をして雪音が呟く。

娘にすら見放されたら終わりだよ! 狐神は呻く。


「なにそれ? 現地のテロリスト可哀想!」


玉藻は心底テロリストたちに同情する。

白い悪魔がニコニコしながらやって来るとは連中も思ってもみなかっただろう。と


「これが、そのハガキとビデオレター。」


そう云ってから雪音は鞄から

ゴソゴソとハガキとUSBメモリを引っ張り出す。


『雪音ちゃんへ。お姉ちゃんは元気よー。こっちは毎日が賑やか! ま・さ・に・エンジョイ&エキサイティング! 途中で街を襲ってた悪い子ちゃん達がいたから『雪に代わってお仕置きよ! 』しちゃった(テヘ。 これからイラクとかアフガン観光して……』


額から脂汗を流しつつ

ハガキに顔を着け食い入るように読んでいた玉藻は


「誰だよ? 「お姉ちゃん」て? 歳考えろよババア! 」


突如として顔を上げて叫ぶ。

そして再びハガキを熱心に読み始めると


「ほーらっ! 早速やらかしてるし! てか、お前はセー○ー戦士か! 」


だが、玉藻の脳内では雪乃がテロリストたちから村を救ったくだりの部分では

セーラー服を着た美少女戦士たちが活躍する音楽ではなく


…… 「テーレッテー」のBGMが鳴り響いていた。 



続いてノート・パソコンで再生した動画に玉藻は更に頭を抱えた。

レバノンの樹齢数千年の森で樹霊と会話してる自撮り動画だったのだが


「てか、レバノン杉の樹霊が敬語使うとか、どんだけババアなんだよ!? 」


雪音が腕を組み「うーん」と唸って

村で「縄文式土器」の作り方講座してたこともありましたねえ。などと曰う。


そういえば旅の途中でドングリのクッキーとか作ってたしな。

鹿の骨からやじりとかも。等の玉藻にも要らん記憶に蘇る。


玉藻が「ハッ!」と顔を上げ怖い考えに気付く。


すると神代の天孫降臨以前から

この大八州おおやしまに巣食っていたのでは? あのババアは。と、そんな考え。



───そんな、こんなで酒盃は巡る。


差しつ差されつの雪姫と狐神。


たもとを片手で押さえつつ

雪音は、お銚子を掲げ、玉藻の酒盃へと注ぐ。


「さあ、もう一献。」


クイッと杯を乾し玉藻は尋ねる。


「何故、我にばかり勧める? 」


雪音は目を逸らしシラを切る。

だが、その眼は中空を泳いでいる。


「……気のせいでは?」


「そうか?」


ジト目で雪音をヤブ睨みしていた玉藻であったが

目の前にあった、手を付けておらぬ銚子を取ると


「頂いてばかりも失礼であるから、我からも一献差し上げようぞ。」


一瞬の躊躇。

だが、雪音は観念して杯を差し出す。


「では、一杯頂きますね。」


注がれた酒をそっと飲み乾す。

そんな雪音を面白げに眺めていた玉藻がポツリと呟く。


「我を酔い潰して、アレの元に忍ぶつもりじゃったな? 」


この追求に「ブフォ!」と咳き込む雪音。

慌ててかぶりを振ると「な、な、な、な、ナーンのことだかサッパリ! 」と否定する。


肘を立て手の甲に顎を載せていた

玉藻は「ニンマリ」と笑みを浮かべ


「気にする事はないぞ。」

「我も同じ事を考えておったゆえな。」


「なっ!」


激高し、立ち上がろうとする雪音。

だが、脚に力が入らず、目が眩む。


ヤラれた! 雪音は確信した。


意識が薄れゆく中、キッと玉藻を睨む。だが、瞼は今にもくっつきそうだ。

そんな雪音を嘲笑うかのように玉藻は勝ち誇る。


「そなたは良き友人であったが、そなたの想い人が悪いのだよ。」


「謀りましたわね!……何か、い、一服盛りましたわね?」


なんとか意識を保とうとするが、最早どうにもならぬ。

雪音はテーブルに手を掛けたまま遂には崩れ落ちる。


「ふっ、嬢ちゃんだからの。」


さて厄介極まる邪魔者は沈んだ。これから、どうするか?


残った酒を一瞥し、まずは酔いを覚まさねばなるまいと判断し

水差しからコップへ注ぎクッとあおる。

が、そこで水の異常に気づき、慌ててコップへと吐き出す。


「こ、これは!」


直ちに吐き出さねば! 洗面所へ! だが、脚がもつれる。

即効性!? しまったハメられた!


誰だ? ……雪音。ではない。

あの、お気楽極楽太平楽のお嬢ちゃんに、こんな真似が出来るはずが……。


こんな悪知恵が働くヤツは……。 


そこまでが彼女の思考の限界だった。

座布団の上に膝を着き、床に手を着き必死に睡魔に抗う。


「ふ!」


玉藻はバタリと床に倒れ伏す。

部屋に静寂の時が過ぎる。


その時のこと。


スッと襖が開き、一人の仲居が入室してくる。

仲居は正座し深々と、お辞儀ををする。


「お客様。お休みのようでしたら、お布団をお敷きいたしましょうか? 」


そう告げると仲居は顔を上げる。


美しい銀色の髪をおさげにし、翠玉エメラルドの瞳が悪戯っぽく揺れ

口元には薄っすらと笑みを浮かべている。


天狗の姫だった。


「……これぞ、「二虎競食の計」なり。」


白毛扇で口元を隠し「ふふっ」と、満足げに笑いを漏らす。


「朝まで二人仲良くお寝んねしててね。」


二人に「そーっ」と毛布を掛けると姫はそう呟いた。


彼女は手をギュと握り締め、目を閉じ己の心臓の鼓動を確認する。

ドッドッドッ。期待に胸が高鳴る。


「……今夜は寝かさないよぉ。」


そして天狗の姫は来るべき未来に思いを馳せる。


草原にポツンと建つ白亜の小さな家。

庭では愛する旦那様である夏樹が大勢の子天狗達と遊んでいる。

そして嬉しそうに洗濯物を干している、お腹の大きな自分。


意外とささやかな夢だった。


姫は「でへへー」とヨダレを垂らし

だらし無い笑顔で、そんな妄想を膨らませる。


が、彼女はピシャリと己の頬を打ち、妄想を振り払う。


そう。幸せな未来は、今夜に掛かっているのだ。

「天狗の興廃この一戦にあり姫ちゃん奮闘努力せよ! 」だ。


「さて、夏樹のところへ。」


踵を返し、夏樹の元へ向かうべく部屋を出ようとした。その時

「ムンズ」と何者かに足を掴まれ倒れこむ。


何事か!?と思い振り返って見ると物凄い形相をした玉藻と雪音が

「ゼェゼェ」と荒い息を吐きながら彼女の足を掴んでいたのだった。


「……行かせはせん! 行かせはせんぞぉ!! 」


鬼気迫る表情で、そんな事を抜かしてきた。


「ウソでしょ!! アフリカ象でも一撃で昏倒するお薬なのに! 」


あまりと言えば、あまりの執念に天狗は背筋が寒くなるのを感じた。

必死で逃げようと足掻くが「ズルズル」としがみ付かれ身動きも儘ならない。


「ゆ、ゆかせるものか…雪音!」


朦朧として「にへら~」と不気味に笑う雪女は

手に先程の酒徳利を持っていた。


「や、やめれ。」


雪音は姫の鼻を摘み、口に無理やり徳利をねじ込む。

姫は必死の思いで抵抗するが、遂にコクリと飲んでしまった。


(!!!!!!!)


まさに即効性だった。意識が遠くなる。

立っていられなくなり床に倒れ伏す。


そんな姫の上に折り重なる様に、玉藻と雪音が覆い被さってくる。


「「……ZZZ!」」


女達全員が意識を失った。

部屋で皆が寝穢いぎたなく眠りこける。




「カラリ! 」


行儀悪く足で戸を開けて

湯上がりの座敷ギャルが「あ-いい湯だった」と入室して来た。


「………」


そして彼女は半目で、室内の惨状とテーブル上の銚子を交互に眺める。


「だいたい何があったか解るが…バカか?こいつら」


そう呟くと「ドッカ」とテーブルに腰を降ろし

水差しから水を注ぎ「コクリ」と飲んだ。



「パタリ」 



部屋からそんな音が響いたのは、その直後の事だった。

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