52話 出で湯
カラリ、コロリと下駄の音
宵闇の薄暗がり、年季を感じさせる古びた建屋。
湯の流れる細流の音と、一足早い秋の虫達の和声。
「男」と染め抜かれた暖簾をくぐって脱衣場へ
シュルリと帯を解き、藤の脱衣籠へと放り込む。
腰にタオルを巻き
格子戸を開け、洗い場へと出る。
そこは野趣溢れる露天風呂。
一足早い秋の風情が、そこかしこに感じられ風が心地よい。
洗い場に腰を下ろし
湯を浴び、身体を荒い流す。
湯に浸かり、上を眺める。
東京とは違い満天の星空。
天を流るる星々の川が雄大に広がる。
──なんだよ!男湯かよ! せめて美少年出せや!
等と、皆様のお怒りは御もっとも。
ですが、ここで大切なお知らせが御座います。
ここは姫神の「出で湯」。
脱衣場は男女別です。でも中では繋がっているんです。
大事なことだから、もう一度言います。
中は繋がっています。
そうです! 俗にいう『混浴』なのです!!!
さあ、来いキレイなお姉さんたち!
……おかしい。来ない。
「むぅ! これは!?」
俺が、そんなこんなで『混浴』でジッと我慢の子していると
そんな野太い声が浴場に響いた。
「知っているのか!? 「雷神」!」
あんたら、まだ居たんだ……
妖怪と『混浴』するのは構わないが
髭面マッチョの、むさいオッサン妖怪とはイヤだなあ……
「この「出で湯」は、ただの「出で湯」に非ず。龍脈へと繋がり豊富な霊力を含む霊泉なり!」
「なんと!」
「妖怪の切り傷、冷え性、火傷に凍傷、虚弱体質、婦人病、夜尿症にも効果あり!」
夜尿症って温泉で治るんだ。どういう効能だよ!?
どうなってるの龍脈!? 大丈夫なの龍脈!?
その時に「カラリ」と女性用の脱衣場の方の扉の開く音。
誰か入ってきた!
続いて「ザーッ」と洗い場で湯を流す音も聞こえてくる
湯気の向こうに人影が揺れる。
薄っすらと白い肌、影は成熟した女性を映し出す
「「「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」」」
ん? オッサン達まで何故?
ツイと見てみると、「風神」と「雷神」は目を逸らせた。
黒いっぽい長い髪をまとめ上げている。
つまり玉藻さんではない。
出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいる。
つまり雪音さんでもない。
その人影は「チャプ」と俺達の近くで湯に浸かる。
「……ふぅ」
若い女性の声!
突然息を潜める、我等、漢三人。
村の若い女性か、はたまた新手の妖怪美女か?
期待は膨らむばかりで御座います。
「良いお湯でございます。」
だが、その声を聞いた途端に俺は、その人影に猛ダッシュする。
そして近くを泳いでいた一匹の新種の温泉亀を引っ掴むと
その女性に「ガツン! 」と一撃。
「ぬぅ! あれは!?」
「知っているのか!? 雷神!」
「うむ、あれは封印された姫神流奥義「亀亀打」!」
「そこらを歩いている亀を捕まえて鈍器代わりに相手を殴るという荒技よ!」
微妙な顔をして首を傾げる「風神」
「技と呼べるのかなぁ……それ?」
「しかし封印とは一体?……伸ばし伸ばし抑揚付けて読むと、確かにヤバげな語感ではあるが。」
「封じられた理由はひとつ!」
「その理由とは!?」
「「亀が可哀想」という理由からよ!」
「……「殴られる相手が可哀想」という理由ではないのだな。」
「うむ!」
「風神」の疑問に「雷神」は力強く頷いた。
──「何故、お前がここにいる!?! 」
そこには「じんじん」と痛む頭を押さえ
目に涙を浮かべ、恨めしげな目をした「妖刀」の忍がいたのだ。
「……な、なにぶん、あるじ様達が心配でございましたので。
あるじ様達が荷物入れた後に、こっそり狐神様の車のトランクに載ったのでございます。」
俺は「ジタバタ」と手の中で足掻く亀を湯の中に放してやり
もはや「凶器」を持っていない事をアピールする。
「本音は?」
「あるじ様達だけ旅行なんて「ズルい! 」と思いました次第でございます。」
よし!良く正直に答えた。褒めて取らすど。
「しかし、なんで温泉になんて入りに来たんだ? 」
刀が温泉に浸かったら錆びちゃうよね。
これに対して忍は「ザブリッ」と湯から立ち上がり
拳をギュッと握りしめ、温泉回の重要性を語り始めた。
「あるじ様! 入浴シーンといえば「くノ一」。「くノ一」といえば入浴シーンでございますよ? これはお約束! いえ、もはや常識でございますよ! 」
あー、はいはい。 どこの世界の常識だよ!?
「たわけ! だからと言って刀が温泉なんかに浸かってんじゃないよ! 」
あとの手入れが大変でしょ!!!
「霊体の方だから大丈夫でございますよ! 」
そんな物なのか?
まあ、いい……それと、ちゃんと「それ」は閉じておきなさい。
「何故でございますか?」
何故って? それが公共のマナーってもんでしょ!
「ああ、あるじ様は心配性でございますねえ……クスッ」
忍は目を細め、人差し指を舌先でチロリと舐め
妖艶な微笑を浮かべると、そっーと開いていく。
「……奥を…奥を触って下さいませ。あるじ様」
桜色に頬を染め、恥ずかしげに
俺の目の前へと、それを差し出してきた。
俺は、そっとそれに触れてみる。
ヌルヌルしてる!
「……ふぅ、先程、我慢できずに使ってしまったのでございます。……あるじ様」
「石鹸」だもんなあ。
「………どうして直ぐに「ネタばらし」してしまわれるのですか?あるじ様!? 」
え!? ダメなの?
「いけません! なりません! 」
激しく頭を振って、「ズビシッ」と俺を指差し力説を始めた。
「こういう事は散々と引っ張って、引っ張って、期待を持たせた挙句の果てに「残念でしたあ!! プププッ プゲラッチョw」とするものでございますよ! 」
なんと冷酷非道で残忍無残な話なんだ……
忍や……そなたも相当のワルよのお。
「どうせ読者の皆様には、見えっこないのでございます」
「ホーラ! こうやって我がパカパカと開いても「見えない」「見えない」。 」
てか、「石鹸入れ」をパカパカするの止めなさい!
「ホラ! すぐまた、そうやって「ネタばらし」をなされる! 」
わかったから、いい加減止めときなさい。
「妖刀ぶっ壊!」ってコメント付きますよ?
──それにしても……
『混浴』なのに、ちっとも女が入ってこないぞ?
おかしいですよ! 女性さん達!
何故か妖刀が不思議そうな表情をした。
「ぬぅ!それは」
「知っているのか「雷神」!?」
「あ、それはワシの台詞じゃ!」
「風神」が酷く悲しそうな表情でツッコんできた。
が、そんな物を斟酌している余裕などない。
「うむ。去年「混浴なんて恥ずかしい! 」との女性の要望で隣に女湯が新設されたのだ。」
静かに湯に浸かり、どこか遠くを眺め
過ぎ去りし古き日本の大らかさを、惜しむかの様に「雷神」は解説したのだ。
「どうりで誰も入ってこないと思ったら、そういう事かよ!コンちっくしょう!」
露天風呂に俺の慟哭の声が響き渡ったのだった。
──結局
その後しばらく粘ったが、誰も入って来なかった。
どうやら女性陣は本当に女湯の方へ行ってしまったようだ。
「では、我等はノボせそうなので先に出るぞ。」
「風神」「雷神」が顔を真っ赤にして「ザバッ」と湯から上がる。
「おちゅかれさん。」
俺も何だか逆上せてきたみたい。
なんだか頭の中が沸騰しそうだよ───っ!
……そろそろ出るか。 くやちいけどネ!
んっ? あいつらタオルで前隠して前屈みで出て行くな?
どうせ女なんて居ないんだから堂々と出てきゃいいのにネ。
ここで妖刀がオズオズと手を挙げて発言してきた。
「あるじ様、我が「スッポンポン」だからではございませんでしょうか? 」
そう云われて
改めてマジマジと妖刀の忍を見る。
急に見詰められて、恥ずかしくなったのか忍は
両手の人指し指を両頬にツンと当てておちゃらけポーズを取る
「………。」
そして俺は静かに湯に身を沈めたのだ。
前屈みで。