50話 船幽霊
抜けるように澄んだ夏の蒼い空
成層圏までも力強く湧き上がる白い入道雲
どこまでも広がる紺碧の海。
夏の眩い陽光に輝く波をクルーザーで風を切ってクルージング。
カモメ達が船の航跡を追ってくる。
傍らには複数の美女たち。
……なんて優雅で羨ましい。と思うでしょ?
救命胴衣を付けて鉄帽被って
双眼鏡で周囲を対潜警戒してるのが「羨ましい」と感じられるなら。
「左舷10時方向に感ありです。」
椅子に座って目を瞑り
探針波動を発していた黒髪和装の美女、雪女の雪音さんが報告してきた。
「対潜戦闘よーい! 取舵いっぱい!」
キャプテンシートに座った金髪碧眼の狐神の玉藻さんが指示を下す。
「とぉりーかぁじー。とぉりーかぁじー。」
復唱しつつ式神の銀色がカラカラと舵輪を回し舵を切る。
クルーザーは白い航跡を描きつつ左方向へと転舵してゆく。
「ちょい前進。………目標直上! 」
瞑目したままの雪音さんは、位置情報を細かく指示しつつ
クルーザーを水中深く潜む敵の直上へと誘導した。
「爆雷投下! 」
狐神は伝声機を通じて後部甲板の式神達と天狗へと
爆雷攻撃の命令を伝える。
「ブ───ッ!!!」
投下注意を知らせるブザーが鳴る。
ガラン! ゴロン! とドラム缶の様な物が次々と海面へと投下される。
爆雷は盛大な飛沫を立てて着水。
水面下に沈んで、しばらくして「ドーン」という爆発音と共に大きな水柱が上がる。
やがて水面にプカリと「柄杓」が浮き上がってくる。
……そう「柄杓」。
今回、我々は「船幽霊」を退治しに来ているのだ。
───「船幽霊を退治する。」
休日前夜のお屋敷。
応接間のソファーに深々と座り
思わずスリスリしたくなるような、魅惑のお御足を組み直しながら
真剣な表情で玉藻さんが、そう宣言をしたのだ。
なるべく平穏無事に暮らしたい俺としては
素朴な疑問をおずおずと、ぶつけてみる事にした。
「あのう……なぜ船幽霊の退治をするのでしょうか? 」
玉藻さんは美しい蒼玉のような眼で俺を優しく見据えると
「……近年、ヒトに仇なす「妖異怪異」は我々妖怪が持ち回りで退治しておるのだ。」
え! すごい!
人知れずに俺達「人間」を守るために、そんな活動をしていたとは
格好いいなあ。尊敬しちゃう!
玉藻さんが「もっと褒めて! 」という表情で
ソファーで更に、ふんぞり返り大きなお胸をお張りになる。
それをジト目で黙って聞いていた雪音さんが補足説明をしてくれる。
「回覧板が回ってきまして、私たちに今年の「船幽霊」退治の当番が回ってきたのです。」
……なんか一気に「人類の守護者」 「正義の妖怪たち」みたいな良い話から
自治会で近所の側溝の「ドブ浚い当番」が回って来たみたいな話になった。
と、ゆーか「回覧板」ってなーに?
日本の妖怪たちの間で、そんなモンが回されてるの?
「あなたの知りたくない世界」ってヤツ?
斯くして、その「船幽霊」退治に付き合わされる事になった。
のだが………。
妖怪の行事に参加させられるって事は
ひょっとして俺も「妖怪」の回覧名簿とか載ってたりするの?
れっきとした人間なのに。
「妖怪スケコマシ」とか書かれてたらヤダなあ……
───浮き上がってきた「船幽霊」
それを魚取り用のタモ網で回収し船上へと掬い上げると
ピチピチと甲板上で「柄杓」が跳ね回る。
なんか世間一般で想像されてる「船幽霊」と違う!!!
既にバケツの中は「船幽霊」で一杯だ。
爆雷攻撃を受けたのに
偶にバケツから飛び出るのが居るくらい活きが良い。
流石は妖怪「船幽霊」と云ったところか?
「どうするのコレ? 」
何しろ「船幽霊」だものね。
どっかのお寺とか神社に持って行って供養してもらうのかな。
玉藻さんは「フム?」と顎に手を当て
バケツの中の「船幽霊」たちを睨みながら
「「刺し身」でも良いが、「フライ」や「天ぷら」にするのも捨て難いの。」
すかさず雪音さんも
「あ、私「なめろう」にしようかと思って、お味噌とか用意してきました。」
食 う 気 な の か よ !?
てか、食えるんだ!!! 「船幽霊」!!!
事実は小説よりも奇なりだよ!!!
「すごく美味しいんだよ?」
後部デッキからタラップを上がってブリッジに戻ってきた
天狗の姫が満面の笑顔で、そんな事を抜かしてた。
妖怪美女達は、いそいそとして「船幽霊」の調理を始めた。
玉藻さんが「船幽霊」を刺身包丁で器用に捌き、切り身を盛りつけていく。
てか、玉藻さんって料理できたんだ。
すると狐神は「心外だ」と頬を膨らませて
「昨今は式神たち任せだが、過去数百年間は自炊してきたのじゃぞ? 当然出来る。」
そう云ってニヤリと笑い「どうじゃ? 女らしいであろう?」と尋ねてくる。
赤い舌で口の周りをペロリと舐めながら
天狗の姫が衣を付けた「船幽霊」を「じゅー」と油で揚げる。
こっちも意外。
大天狗の御曹司様だったから料理とか出来るとか。
そして、お料理上手は実証および実体験済みの
雪音さんは、「船幽霊」の切り身を味噌と日本酒とネギ・生姜で味を整え
包丁でトントンと「なめろう」にしていく。
大葉も用意されている所を見ると「サンガ焼き」にもするつもりのようだ。
妖怪女性たちの逞しい程のサバイバリティ能力に
驚くやら呆れるやらしながらバケツの中の「船幽霊を」眺めていると
……やけに柄の太い「船幽霊」がいる。
「あ! これメスだね! 卵持ってる! 」
「なに! マコトか!? よし塩漬けにして「キャビア」にしよう! 」
エエエェェェ────ッ!!!
「船幽霊」って溺死した人間の怨念が悪霊化したモノじゃなかったの!?
卵生で繁殖するモノだったの!?
知らなかった!
色々とビックリだよ!!!
ここでふと、ある事に気付く
……ちょっと待って。
妖怪回覧板で回ってきたって云ってたけど
これって本当に「退治」なのか?
実は妖怪達によるレジャーとしての「船幽霊」漁の解禁とかじゃないよな?
さっきから見てると、どうも妖異怪異の退治の悲壮感とか緊張感とか欠片もなくて
むしろ喜々として「船幽霊」釣りやってんだけど。
そんな素朴な疑問に対して
玉藻さんが真っ直ぐと曇りなき眼で俺の目を見て
「世の中、何事にも「建前」というのは必要なのじゃぞ?」
「やっぱり遊びじゃねーか!!!」
「さあ、召し上がれ。」
そんなツッコミをしていると雪音さんが「食べろ」とばかりに
テーブルに並べられた「船幽霊」料理を笑顔で指し示す。
「ウッ……」と呻くが気にする様子もない。
これが隠れた妖怪グルメの「船幽霊」料理。
出来ることならば、永遠に隠れていて欲しかった。
周りを見ると、式神少女達と昼寝から起きた座敷ギャルまでが
目を血走らせ皿の上の料理を食い入る様に見詰めていた。
童女がイライラしたように
「早く箸付けろよ! あたし等が食えねえないだろ! 」と急かす。
マジですか!?
キミ達までが食べたがる程のモノなの? コレが!?
人間が食べて大丈夫かしら?
恐る恐る切り身を一切れ摘まんでみる。
わさびを載せ醤油にサッとつけ意を決して口中へ。
「!!!!!」
「美味いぞ───────────────────っ!!! これ!!!」
なんじゃこりゃあ!!!
脂は乗っているが、全くしつこさが無く、芳醇な香りが口中に広がる。
歯ごたえはあるが、口の中でサッと蕩ける口溶けの良さ
それでいて、この喉越しの爽やかさよ!
思わず、どこぞの食通の「シャッキリポン!!!」の名言が飛び出すような味わい。
「待ってました! 」とばかりに妖怪女性達も全員が箸を伸ばす。
「あー美味しい!」「もー最高!」などと曰わりながら
がっつく女性陣達を見ながら、シミジミと思う。
あー、これは皆が食べたがったのもわかるわー
なんとか人間も養殖出来ないもんかしら?
続いて「天ぷら」と「なめろう」に舌鼓を打ちながら
ふと沖合を見ると、水面をスケートで滑るように近づいてくる人影を発見した。
海女さん姿の女性だった。
常識的に考えれば、人間が水面を走れるはずないから妖怪だろうな。
ヤダもう。すっかり怪奇現象に慣れちゃった。
「モグモグ。「夜走り」じゃな。」
「はふはふ。ちょっと面倒ですわね。」
などと言いながらも、箸を止めようとすらしない2人であった。
やがて「夜走り」は、クルーザーと並走すると船縁に手を掛け
「よいしょ! よいしょ! 」と甲板に上がってきた。
「じぇじぇじぇー! また来やがったのか! 陸の妖怪ども!」
ショートの黒髪、よく陽に焼けた健康そうな印象の美少女妖怪。
「夜走り」なのに日焼けしてるのね。
「おめ達らは、「船幽霊」ば乱獲しすぎなんだがす!」
「何だよ爆雷漁法とか! 根こそぎかぁ!? 根こそぎ捕る気なんかぁ!? 」
手足をバタバタさせオーバーアクション気味に「夜走り」が怒っている。
どうやら漁の解禁どころか密漁だったらしい。
「乱獲などとは(モグ)人聞きの悪いの(モグモグ)我等はあくまで「船幽霊」の退治にだな(モグモグ)」
「そうですわよ(はふ)ヒトに害なす船幽霊の(はふはふ)退治に来ただけですわよ? (はふ)」
「たまたま退治した(むしゃ)船幽霊を(むしゃむしゃ)料理しちゃっただけだよねえ(むしゃ)」
説得力が全くな────い!!!
……ふと、頭にピンと来た。
江戸時代に多くの船幽霊が目撃されたのに
現代ではトンと聞かないのって……
まさか、もしや、ひょっとして
妖怪たちが「美味しいから」って理由で獲って食べちゃっているからなのでは?
「我等とて資源の枯渇には心を痛めておる。」
熱いお茶を手に持った玉藻さんが
目を閉じ、沈痛そうな表情で呟いた。
ホントかなー?
「南氷洋とかインド洋とか北大西洋に遠洋退治に行こうか?って話も出ておる。」
あくまで「退治」と言い張るのか。
とゆーか、西洋妖怪との間で摩擦引き起こさないでよね!
「任せろ! 退治割り当てについては凄腕の交渉人が折衝中じゃ。」
「そういう問題じゃ無えでがす! 」
玉藻さんは明らかに意図的に
「夜走り」抗議を聞き流しながら
「秋になったら、今度は山に牛鬼「退治」に往こうぞ。」
と俺の肩に「ポン!」と手を置いたのだった。
懲りない人達だなあ。