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5話 太郎坊 TS

ボンヤリと意識が覚醒してくる。


見慣れた天井

寝慣れた布団


そして顔を横に向けると、俺を見つめている大きな翡翠色エメラルドの瞳。

銀色の髪が朝日にキラキラと輝いている。

鼻腔が良い匂いを認識する。


「!!!!」


その瞬間、一気に意識が覚醒し脳が身体に命令を下す。


「逃げろ!!! 」と


ズサササと後ずさりし、俺を見つめていたモノの正体を確認する。


「……おはよう。」


美しい少女が俺の布団に、うつ伏せに寝そべり朝の挨拶をする。


「ど、どちら様でしょう?」


「いやだなー。昨夜に自己紹介したじゃないか。」


必死で昨夜の出来事を思い出す。

ついでにパンツも確認する。

大丈夫だ。問題ない。間違いは犯してない。


確か……







夜に都会の街で出会った少女。


「あなたの赤ちゃん産ませて下さい。」


明らかに面倒事に巻き込まれたのだ。と頭が理解した瞬間

俺は、その場から脱兎の如く逃げ出した。


女性からの求愛を受けて逃げ出すというのは

我ながら男らしくないとは思う。


不実な男。無責任な男。様々な罵倒を受けるべき男の典型だ。


だが他にどうしろと言うのだ?


彼女は確かに美しいとは思う。

心に決めた人も居らず

知らずに出会っていれば、恋に落ちる事もあったかもしれない。


だが彼女が元男性だったのを俺は知っている。

受け入れ難い現実だった。


考えてもみて欲しい。


親しかった男性が、ある日、突然女性になって現れ


「チ○コ取ったから愛して! 」


などと言われて「愛しましょう!」なんて

笑顔で言える心の広い人間なんて少数派だ。


俺は間違いなく狭量な大多数側の人間だった。


電車に飛び乗り自宅の最寄り駅に着く。

求愛をしてきた少女を置き去りにした。という罪悪感もあったが

無事に逃げることが出来たという安堵もあった。


溜息をついて列車から降り改札をくぐる。


そこには、先ほど置き去りにしてきたばかりの少女が立っていた。


「お帰りなさい! 」


両手をスカートの前で組んで笑顔の少女。

その微笑む瞳の奥には(絶対に逃さない)という肉食獣の意思が感じられた。



「なんで!?」


無駄なのはわかっていたが問わずにはいられない。

彼女はヒトではないのだ。


だが、彼女は俺の問いを別の意味に解釈したようだ。


「だって他の男性ひととじゃダメなんだよ。」

変態メタモルフォーゼを促した人でないと受け入れられないんだ。」


なにか切実そうな表情をして話す少女。

ふと、蜉蝣かげろうせみの生涯を連想して不安を感じる。


「俺が受け入れないとどうなるの?………もしかして死んじゃったりするの? 」


流石にそんな事になったら、幾らなんでも寝覚めが悪すぎる。

可哀そう過ぎる。


首を傾げ不思議そうな顔をして少女は、それを否定した。


「別に?」


なんともねーのかよ!

身体が女性化して、なにか切実な問題が発生するかと思ったじゃないか!


「いや意外と不便なんだよ? 」

「女の身になって身長も縮んだからね。高い棚の上の物とか取る時とか、ちょっと困るよ。」


その場で棚の上の物を取ろうとするパントマイムを始める。


「踏み台使えよ!」


天然のボケに思わずツッコミを入れる。


そんな俺の肩をポンポンと叩き少女は続ける。


「まあ、良いじゃないか!その辺の行きずりの女との一夜の恋物語ロマンスとでも思えばいい。後腐れないよ?」

「そしたら十月十日後に無事に出産しても子供はボク一人で育てるからさ。」

「「認知しろ。」とか「責任取れ。」とかも言わないし」

「…ただ、たまには子供と会って「父上パパだよー」くらい言ってくれると嬉しいかなー? 」


頬に手を当て赤くなって未来生活を語り出す


「十分重いわ!」


何度目かのツッコミを入れる。


帰りの道すがら彼女は自分の正体を語った。


「太郎坊」


この国に住まう天狗達を統べる「天狗の王」

その次期後継者。いわゆる天狗界のプリンス。

今はプリンセスになっちゃったんだけどネ!HAHAHAHAHA!


笑えねーよ!!!


結局、この子は家まで付いて来た。


「うわー結構大きなお屋敷に住んでるんだね? 実はお金持ち?」


「借り家だよ。俺は社畜で親類の方がお金持ち。」


「これなら八咫やた呼んで乳母として住まわせられそうだなー。」

八咫あれにも手を付けていいから呼んでもいい?」


サラリと配下の女性を売り飛ばそうとする


「俺は色情狂じゃないので、丁重にお断りさせて頂きますね。」


さて、最大の難関はこの扉の向こう側にある。

アイガーの北壁に挑むような絶望感が扉から漂ってくる。


どこから説明すればいいのだろう?


街で「超絶イケメン妖怪」と出会いました。

実はでも彼は「超絶美少女の妖怪さん」でも、あったのです。

そんな彼女が家に遊びに来ました。


うん、ウソは言ってない。

真実はいつも一つ。


最大の問題は屋敷の女達が、それで納得するかどうか? だ。

俺ならまず納得しない。


(求愛されました。は黙っておこう。)


報告義務の回避である。

緊急避難的措置と言い換えることもできる。


「こんばんわー。お邪魔しまーす!」


俺がそんな事を考え悩んでいる間に、彼女は勝手に扉を開けて入っていった。

「ヤメテ!」

心臓が止まりかけた。


幸いなことに雪音さんは

俺が街で出会った妖怪の友人を連れて来たのだと納得してくれた。


お子ちゃまな式神たちは俺の言い分を素直に信じた。

老練で厄介な玉藻さんは不在。

天性の煽り屋である童女は夜遊びに出かけた後。


天佑神助、我にあり!

ありがとう!八百万の神さま!グッドジョブ!


みんなで楽しく夕餉を摂って

「んじゃあ遅いから泊まっていきなよ。」ってところまで思い出した。



思い出したところで

長い銀色の髪をゆるく三つ編みしている少女に尋ねる。


「い、何時からここに? 」


「……んーっ」と、と可愛らしく唇に指を当てて考えるポーズ。

そして爽やかな笑顔で


「昨夜の1時半くらいからかなー? 」


俺が寝入って直ぐじゃないですかー! やだー!。


横を向き身体をモジモジとさせながら


「ずっと隣で寝てたらキミってばボクのことを触ったりまさぐったり……」


マジで!!てかホントに覚えてないぞ!

コン畜生! もったいない!


上目遣いで朱に染めながら


「おかげでボクはグッショリだよ!」


少女の口から突如として飛び出した卑猥な言葉に思わずツッコむ。


「朝っぱらから生臭い事抜かしてんじゃねーヨ!」


女の子が、そんな事言っちゃダメでしょ!


「だいたい何ですか!そのネグリジェは?若い娘がはしたない!」


サクランボが透けて見えてるがな!


「あー、これは八咫やたがねえ。」


(「姫さま!これで殿方は間違いなしに悩殺でございますよ!b」)って持たされて


あの、お付の女性……すごい有能そうに見えたが

いい感じでポンコツじゃねえか!

今度、会ったら嫌味の一つも言ってやらねば。


「と、とにかく自分の部屋に戻ってくれよ! 」

「こんなとこ雪音さんにでも見られたらと思うと……」


大変危険です!「ゾッ」とするわ!


「んー………。それは、もう手遅れなんじゃないかなー?」


背後から凄まじい冷気と殺気を感じる……

恐る恐ると振り向くと、そこには!


黒髪を口に咥え、怖い目をした雪音さんが立っていた!

しかも包丁もって!


「ナニしてるのー?」


口から心臓が飛び出しそうになる!


皆さん、おわかり頂けただろうか?

俺の背後に立っているこの女性……実は雪女である。キャー!!


「な、何もしてません!サー!」


「そうだよ!ナニもしてくれなかったんだよ!」


あんたは黙ってろ!! ややこしくなるから!


「それにだよ?雪女さん。ボクはこの前まで男だったんだよ? 」

「友人同士の男と男が布団で同衾したからって問題あると思うかい? 」


大問題だ!


しかし、雪音さんは眉間にしわを寄せ、顎に手を当て暫くの間、沈思黙考をする。


「……なるほど。」


えー!?今ので納得したの!?

おい!チョロいな!この雪音ひとも!

チョロ過ぎるにも程度ってもんがあんだろ!


しかし、今ここでそれを指摘するのは藪蛇にしかならない。

それで雪音さんが納得したならいいじゃない。

めでたし、めでたしである。そうしよう。皆の平和のために。



で、朝食なわけだが



「まさか太郎坊とはな・・・」


昨夜あなたがいなくて本当に良かったよ玉藻さん。


「お前も、あんまりヘンなの拾ってくんなよ。」


お前が言うな座敷わらし。


「ボクは太郎坊でもあるけど。この姿の時は「姫」と呼ばれることになっているんだ。よろしくね!」


玉藻が姫に向き合って

「で、どうする?」


「どうするとは?」


玉藻は天を仰ぎ、重々しく答える。

「今んとこ空いてるのは4号さん枠だけだ。」


「うわー、4号さんかー……」


「ランキングを上げたければ上位ランカーを倒しその座を奪うが良い。」


だから玉藻あんたを2号さんにした覚えねえよ!


てか、なに?その上位ランクに挑戦するシステムって?

世の中の愛人さん達ってそんなシステムで順番決まってたの?


俺が知らなかっただけなの?

ねえねえ教えてよ!?


追加の給仕をしながら爽やかな笑顔の雪音さんが


「皆さん、それ食べたらさっさと出てって下さいましねー」


雪音さんって、たまにキツイ事言う時あるよねー。


「むう・・・これが正妻ランキング一位の余裕というやつか……」


ねえよ!そんなランキング


「倒し甲斐があるよね!」と同意する姫。


「この座が欲しくば、見事わたしを倒してみなさい!」


「ぐもーっ」と玉藻と姫の前に立ちふさがる雪音。


後の世に「正妻戦争」と呼ばれる凄惨な争いの始まりであった。




「……んじゃあ、俺は会社行くから。みんな部屋とか壊さないでよね?」

式神たちから荷物を受け取り家を出た。



今日もいいお天気だった。



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