表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/88

49話 嵐の中で転がって

猛烈な雨と風


天と地を隔てる厚い雲。

渓流のように流れてきては次々と流れ去ってゆく。

樹々の狭間を突風が唸りをあげて吹き抜ける。

強い横殴りの雨は間欠的に屋敷の外壁と窓ガラスを叩く。


庭では園芸用のバケツがコロリ、コロコロと風に翻弄される。

部屋の中は、しっとり湿気を含んだ生暖かい空気。


南の風は、ドン底ヘクトパスカルから。


荒れ狂う荒魂あらみたまであり

大八州おおやしまの大地に恵みの糧を与える和魂にぎみたま


今年も日本列島に台風がやってきた。


戸締まりOK。雨戸もOK。ラジオとLEDの角灯ランタンもOK

準備万端、万事OK、覚悟もよし。


停電しても雪音さんがいるから冷房の心配なし。

ありがとう雪女!ヴィヴァ雪女!


お、コロッケ忘れた。


そんな夏の嵐の夜の出来事。

誰かが玄関の戸を叩く。


「旅の者ですが、この嵐で難儀しております。どうぞ一夜の宿をお貸しください。」


それは、さぞかしお困りでしょう。

どうぞ中へとお入りなさい。


……何時の時代だよ?


てか、この声は玉藻さんじゃないか?

何やってんだ?こんな日に。


風に押される重い扉を慌てて開ける。

すると、そこには濡れネズミならぬ濡れ狐の玉藻さんがいた。


すんごい良い笑顔で。


自慢の金色の髪はベッタリと顔と頭に張り付き

ブラウスはびっしょり。ブラが透けて見える。


黒…ですな。


まあ、なるべくは見ないようにする。

ヘタレではあっても、ささやかな男の矜持だ。武士は食わねど高楊枝。


だが、悪魔が囁く

見ないのは逆に女性に失礼だぞ? と


俺の心の中で天使と悪魔が激しい闘争を繰り広げていることなど

どこ吹く風の暴風雨。

身体中からポタポタと雨の雫を滴らせつつ

眩しいほどの笑顔を向けて


「台風が来ると気分が高揚せぬか?」


うん。そういう人って、たまにいるよね。

台風が来ると異様にテンション上がる人。


奥からパタパタと雪音さんがタオルを持ってやって来た。


「着替えを用意しますから、お風呂行って来なさい。」


そう言ってお日様の匂いのするふかふかタオルを渡し

お風呂を使えと促す。


「風邪など引かぬぞ。妖怪だもの。」


渡されたタオルでワシャワシャと濡れた金の髪を拭き

顔と首筋を拭いつつ玉藻さんは、どこかズレた回答を返す。


「いいから入って来なさい! 」


雪音さんは腰に手を当て怒ったお姉さんの風情で

濡れ狐へと命令を下す。


「ハイハイ」


「「はい」は一回です! 」


玉藻さんの方が年上の筈なのに姉妹みたい。


………いや、違うな。

これは「カーちゃん」と「娘」の会話だ。





──『私のシャツですけど構いませんよね? 』


フスマの向こうから、そんな会話が聞こえてくる。

どうやら、お風呂あがりの玉藻さんがお着替え中のようだ。


たかがフスマ一枚。されどフスマ一枚。


ジェリコの嘆きの壁かベルリンの壁か

コチラ側とアチラ側を隔てる薄い壁が、絶対的に立ちはだかる。


『……雪音』

『なんですか? 』

『胸がキツイ……』


長く重苦しい沈黙の後に


『……悪うございましたね。』


結局、浴衣が用意されたとのこと。





────どうして、こうなった?


お布団が3つ並べられ雪音さんが「ぱさッ」とシーツを敷いてゆく。

玉藻さんが布団の上に座り、枕を抱えながら尋ねる。


「何故そなたも、ここで寝るのじゃ? 」


雪音さんはシーツをピン!と張り

その端を几帳面に手際よく敷布団に収めながら


「むろん夜這い対策です。」


枕を「ギュムギュム」抱き締めながら

玉藻さんは口を尖らせ不満気に文句を付ける。


「意味がわからない。」


畳んだ洗濯済みのタオルケットを布団の上へと置き寝支度を終え

「パンパン」と手を叩きながら雪音さんは


「部屋を分けるよりも、2人を目の届く範囲に置いておく方が安心だからです。」


そう言って「ドヤ?」と玉藻さんに半目で笑いかける。


「ちっ! 」


玉藻さんは軽く舌打ちをして枕を放り投げ

「ごろりん」と敷かれたばかりの布団の上へで不貞寝をする。


雪音さんは、それを確認すると「クスクス」と笑いながら部屋を出て行く。

何かを取りに言った様子だ。



何故か枕元に座っていた妖刀のしのぶが口を挟む。


「あるじ様、奥方様のご懸念は最でございますよ?」

「何故、お前もここにいるのか? 」


妖刀が床の間に立て掛けられており

その魂魄たる忍は正座して枕元にいるのだ。


「奥方様より御下命がございました。狐神様が不埒な悪行に及ぼうとしたら「斬れ」と。」


両の手の拳を畳の上に置き、若干、頭を垂れながら

鋭い目付きで玉藻さんを睨みながら、俺にそんな事を言ってくる妖刀の忍。


「オイオイオイオイ! 」


思わずツッコまずにはいられない。

刃傷沙汰は困るわ!


「「御下命、如何にしても果たすべし」「死して屍拾う者なし」にございますよ? 」


お前は、どこの隠密同心だ!?


「時にしのぶよ? ……そなた刀掛けは欲しくないか? 鹿角で出来た高級品。」


黙って、俺と忍のやり取りを聞いていた玉藻さんであったが

早速、買収に掛かるのであった。


だが幾ら妖刀でも、そうそうは乗らないであろうに。


「あるじ様。一家の当主たる者、妻達と臥所ふしどを共にするのは男の義務でございますよ?」


「妻が「達」って複数形なのがおかしい。てか、お前寝返るの早すぎだろ? 」


「我は、今宵は銀色殿のところで寝るでございますよ。」


そう言って「スック」と立ち上がると自分自身である刀身を持って

さっさと部屋を出て行くのであった。


なんだかなー……。





───眠る。眠れ。寝る。寝れるか!


右に雪音さん。左に玉藻さん。

2人は横になって静かに寝息を立てている。


てか妖怪女たちってば寝付くの早っ!

よく、この状況で眠れるな!


外からは嵐の激しい雨音と、風のうなり声が聞こえてくる。


風の音に、まんじりともせずに

ふと横を向いて見ると……


何ということでしょう!

雪音さんの……夜着の襦袢じゅばんの胸元が少しはだけていたのです。

おお! 胸元が見えそう!



……………ごくり。


「ころりん、ころりん」と雪音さんの隣まで転がってゆく。

あくまでも自然に寝相を装って。


「……すーすー」


雪音さんの甘やかな寝息の掛かる距離。

今にも見えそうな胸元。


(うひょひょ~)

偶には、このくらいの役得があっても罰はあたるまい。


(もう少し……あと、もう少しで……見れる!)


「んっ…うん」


次の瞬間、邪な気配に反応したのか雪音さんが寝返りをうつ。

そして雪女の肘鉄砲が「ガスッ!」と

無防備で情けないバカ面を晒していた、俺の顔面へと打ち据えられた。


瞬間、意識が飛びかけ星も飛ぶ。


(ぐわーっ!! 痛い!! 罰が当たったあ!!)


たまらず「ゴロゴロ」と転がりながら自分の布団へと戻り

必死で痛みを堪える。





──ようやく顔面の痛みが引いてきた頃に

「コロコロ」と玉藻さんが転がってきた。


枕を抱えて、いつの間にやら上下逆の姿で

俺の目の前には、玉藻さんの闇に中に白く浮かび上がる艶めかしい脚が……


何ということでしょう!

浴衣の裾が大きくめくれ上がり足が開いてるではありませんか!


(夏樹! これは神秘を調査する絶好のチャンスだぞ? )

脳内で蝙蝠の様な羽を生やし、先の尖った尻尾を持つ俺が囁く。


(いや、だがしかし……幾ら何でもソレはまずいのでは?)


悪魔の俺はヤレヤレと首を振り

(お前な。そんなんだから、その歳でDTなんだよ! このままだと魔法使い一直線だぞ? )


(ど、ど、ど、DTちゃうわ! てか、天使の俺はどうした!? 止めなさいよ! )


ふと悪魔の横を見ると天使姿の俺が

縄でグルグル巻状態で床に転がされ猿轡をかまされ「ムームー!!」とうめいていた。


(なんってこったい!)


あー 身体が勝手に動くー

でも、仕方ないよねー。だって、良心が拘束されちゃってるんですものー。


脳内で、そんな自己正当化を行いつつ

覗こうと布団から身を起こすと……



見知らぬ女の子が目の前にいた。


年の頃は10歳前後。肩まで伸ばした黒髪のおかっぱ頭で着物姿。

まるで江戸時代の遊郭の禿かむろのような姿をした少女だった。

それが俺の枕を「きゅ!」と抱きかかえ「ちょこん」と正座をして枕頭ちんとうに佇む。


ど、どちら様?


「あい! お初にお目にかかります。わちきは「枕転がし」の「真座まくら」でありんす。」


そう云って少女は正座姿勢のまま、深々とお辞儀をしてきた。


「枕転がし」?


あの寝てる時に枕を、ひっくり返したりする妖怪?

何故ゆえにくるわ言葉? どうして幼女?


そんな俺の疑問に少女は


「あい! キャラ付けのためでありんす。」


うわっ! 身も蓋も無い!


「あちきは、あの御方の枕を転がしたいでありんす。」


少女が指を指した先に居たのは……


枕を抱えて「……もう、食べられない。」などと寝言を抜かし

幸せそうに眠っている玉藻さんだった。


……いきなり難易度高いな。ヲイ


「あちきは、こう見えて「熱血スポーツ根性」物とか好きでありんす。」


……あ、そうなんですか。


真座まくらはトテトテと玉藻さんの元に近づくと

早速、枕を転がすべく攻略法を思案している。


だが、枕は狐神がキッチリ、ガッチリとホールディングされており

これを転がすのは至難の業ではあるまいか?


まずは枕を何とかせねばならん。

でも、そこは「枕転がし」。

きっと思いもよらぬ突飛な方法で転がすのであろう。


真座まくらは芝の目を読むゴルファーのように

玉藻さんの周りをグルグルとチェックしていく。


なんかドキドキしてきた。

そして、クルリと俺の方へ首を向けて一言。


「できないよー。」





───「ぬし様に手伝って欲しいでありんす。」


何故、ボクがそんな事を手伝わなきゃいけないんでしょうか?

疑問をぶつけてみる。


「ぬし様が、さっきしていた事を、この2人にチクるでありんす。」


「情けは人の為ならず」とも言いますしね。

「義を見てせざるは勇無きなり」ですよ。


手伝うよ。いえ、是非ともお手伝いさせて下さい!




……さて、とは云った物の

どうやって玉藻さんの枕を取ろうか?


取り敢えず、玉藻さんから枕を引き剥がすべく

起こさぬように、そっと近づく。


すると、いきなり両腕が伸びてきて抱きしめられた!

甘く柔らかい香りが鼻腔に広がる。


……ひょっとして、寝ぼけてる?


「くふふふ。……隣で雪音が寝ておるのに大胆じゃな? 」


起きてる! しかも何か誤解してるっ!!!


「……なるべく声を出さぬようにするゆえ。…な?」


「な? 」って何よ? 「な? 」って!!!

潤んだ目で見ないでよっ!


「……じーっ」


ここで玉藻さんは、自分が先ほどまで抱きしめていた枕を抱え

俺達を観察している「枕転がし」の少女の存在と視線に、ようやく気づいた様だ。


一瞬「ほへっ?」という表情を見せると

慌てて浴衣の裾と襟元の乱れを直す。


「こ、この子は? 」


真っ赤な顔をして、取ってつけたような笑顔で尋ねてきた。

だが、「枕転がし」が質問に答えるより早く尋ねてくる。


「お姉ちゃん、さっき何しようとしてたでありんすか?」


「枕転がし」のクリティカル・ヒットな攻撃。


「………レ、レスリングごっこ。」


……正直かなり苦しいな。





───「何故、我がこのような事を……」

後ろで玉藻さんが「ぶちぶち」と文句を垂れる。


この部屋で最後に残った「枕」。

雪音さんの枕を転がす為に、俺達は「枕転がし」に喜んで協力を申し出た。


経緯は察して欲しい。


しかし、何だって「枕」を「転がす」なんてニッチな妖怪なのかね?

昔の枕と違って現代の枕だと転がすのってエライ面倒だぞ。


大変だなあ。「枕営業」ってのも。


俺と玉藻さんで、雪音さんを

「そーっ」と持ち上げるから一気に枕を転がせよ?


「「……せーのっ」」


このタイミングで「ムックリ」突然に雪音さんが起き上がる。

眠そうにまぶたを「とろ~ん」とさせながら俺達を交互に見やる。


そして一気に覚醒したのか、大きく目を見開き叫んだ。


「いきなり3人一緒はイヤ!!! 」


「「しねーよ!!! 」」

思わず玉藻さんとハモって叫び返す。





そして「枕転がし」は、すかさず雪音さんの枕を転がしたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ