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46話 闇夜に迫り来るモノ達

PM 11:53


「非常事態です。」


真っ青な顔色をした朱鷺色が部屋へと飛び込んできた。


眠気覚ましのコーヒーを口へ運ぼうとしていた浅葱色は

何時もおっとりとしている朱鷺色の慌てた様子を見て、カップをテーブルへと置く。

これは、ただならぬ事態が発生したのだと即座に理解したからだ。


渡された資料を見た浅葱色は、軽い目眩を覚えた。間違いであって欲しい。

微かな希望に縋るように朱鷺色に真偽の再確認をする。


「間違いということはない? 」


「各種の情報が、これが事実だと裏付けています。間違いありません。」


朱鷺色という式神は情報の分析を得意とする。

その彼女が断言する以上は、これは紛れも無く現実なのだ。


「クソッタレ」

思わず汚い呪いの言葉を吐きそうになる。が寸前で堪える。


浅葱色は深く息を吸い額を軽く揉むと


「玉藻様に至急知らせて。詰めてる式神全員を非常呼集。非番の者も呼び出して。」


頷いて出ていこうとする朱鷺色を止める。


「……それと天狗側にもコンタクトを取って。」


「天狗とですか?」


「そうよ。共同戦線を張る必要があるわ。……あちら側も既に動き出してるかもしれないけど。」


RRRRRRRRR!


部屋にある。赤い受話器が鳴る。

天狗側とのホットラインだ。


「さすがに反応が早い。」


-----------------------------------------------------------------------------


AM 0:11

───「はい。姫神です。」


夜中に鳴り出した電話。

出たのは雪音さんだった。


「どうしたんですか? こんな時間に? ………はい、起きてますが? 」


チラリと俺を見て雪音さんは会話を続ける。


「えっ!? 」

「………………。 わかりました直ぐに支度します。」


雪音さんは、そう云うと静かに受話器を置く。

そして俺のところまでやって来る


「誰から? 」


そんな問い掛けには答えずに

そっと俺へと、もたれ掛かり頭を胸へと預け

細い腕でギュッと抱きしめてくる。


「守るから……私が必ず夏樹さんのことを守るから。」


何が起こった!?



-----------------------------------------------------------------------------


AM 0:35


───玉藻さんと姫が連れ立ってやって来た。


鉄帽を被り戦闘防弾チョッキと微光暗視眼鏡を装備し

軍用突撃銃を手にした黒尽くめの烏天狗達を引き連れて。


彼等は到着すると俺達を守るように声もなく音もなく散開した。

周囲を間断なく警戒し、銃口を闇へと向けている。


いったい何が始まるんです?

第三次世界大戦ですか?



「これから我々の用意した場所へと避難して貰う。会社も暫くの間は休め。」


酷く真面目な顔をした玉藻さんが宣言する。


そして彼女と天狗の姫の2人は俺へと寄り添い

俺を交互に愛おしそうに抱き締めてきた。


「この身に代えても、我がそなたを守る……」

「ボクは絶対に連中にキミを渡さないよ! 」


それを見ても雪音さんは怒るどころか

沈黙を保ったままだ。


雪音さんがキレないとか……

これは本格的にヤバイ事態っぽい。


宇宙人の侵略か?

はたまた邪神様の襲来か?


また「波」がヘンなモン呼んだのか!?



「鬼どもが来るのじゃ。」



俺の心配顔をみて察したのか、玉藻さんが沈痛な顔をしてそんな事を云った。

天狗の姫も酷く緊張した様子で烏天狗達に指示を飛ばしている。


何時も笑顔でお茶目な二人が

こんな顔をするなんて……


我が家の式神たちは、今回は相手が悪いと言うことで

浅葱達戦術オペレーターの支援(つまり安全な裏方)へと回された。


「にしても大げさじゃない? 」


何時もとは明らかに違う雰囲気。

内心の動揺を隠すべく

少しばかり笑みを浮かべお茶らけて言ってみる。


鬼とか温羅にしか会ったことがないけれども

わりと温厚な紳士だったじゃない。

大丈夫…大丈夫…きっと今回だって……


だが3人は真剣な顔で俺の事を見ている。

一片の笑みすら浮かべていない。


……畜生! 今回のは、そんなにヤバイ相手なのか?

妖狐、雪女、天狗がここまで恐れ警戒する「鬼」って一体なんなんだ!?


「狙撃隊の天狗達と連絡が取れない……」


差し回しの装甲リムジンへと誘導されている時に

大きな軍用の無線機を持った姫が

慌てた様子で玉藻さんへと異変を報告する。


玉藻さんも、いまレシーバーから戦術オペレーターの浅葱さんの報告を受けたそうだ。

曰く「狙撃班の輝点プリップが消えた。」と


すると姫の手に持った無線機から声が響いてきた。


「………ハぁーイ! ……あたし「リカ」ちゃん! 」


緊張感の欠片もない

どこか呑気そうな若い女の声は笑っている様だった。


「……わたし…今あなたのお家の近くまで来てるの! ……これから会いに行くわね! 」


冗談のような内容だったが

その声には思わず「ゾッ」とするようなものを感じた。


「まず狙撃隊から潰したみたいね……」


「もはや一刻の猶予もならん! 直ちに出発す……「鬼」め! 来おったか!! 」


俺は見た。見てしまった。

周囲の暗がりに爛々と光る。無数の眼を……

ギラギラと輝き何かに飢えた様な瞳の群れを


その眼力に圧倒されたのか

武装した烏天狗やたち木の葉天狗たちが銃を構えたままジリジリと後退る。


「それ以上近づくな! 発砲するぞ! 」


だが、天狗たちの警告を無視するように

光る瞳は闇の中から現れ近づいて来た。


驚愕する。


鬼は……鬼たちは……全て女の鬼だった。


会社員の様なスーツを着た女性もいれば、黒い喪服の着物を着た女性もいる。

エプロンを着用した女性もいれば、看護師のような格好をした女性もいる。


なんだ?コレ? このコスプレ集団が「鬼」?


雪音さんが真っ青な顔色で呟く。


「この近辺に結界が張られています! これじゃ妖力が使えませんよ!? 」

「チッ! 準備は万端という訳か……純粋に身体能力だけで勝負となるとヤバイの……」


玉藻さんが舌打ちをして、そんな事を口走った。


恐怖のあまり、年若い木の葉天狗の一人が勝手に発砲する。

あとは恐怖の伝染と連鎖の拡大。

誰も彼もが構わずに発砲する。闇にマズルフラッシュの閃光が浮かぶ。


だが女達は……鬼女達は

右へ左と素早く動き、時には這い蹲り、時には跳躍し

ましらのような動きで銃弾を躱す。


まるで銃弾の軌道を予測しているかのような動きに

天狗の男達は翻弄される。


だが、バラ撒かれた弾が命中した鬼の女性が一人、もんどり打って倒れる。

しかし、次の瞬間には彼女は何事も無かったかのように「ムックリ」と起き上がる。

「……いったーい! 」などと文句を云いながら。


その有様を見た天狗の姫が呆れたような口調で


「やはり相手が鬼じゃあ豆鉄砲か……」


「ここは我等が血路を切り開きます! 早く避難を! 」


恐らく指揮官と思われる烏天狗のシブ目のオジサン声が叫ぶ。


「……済まない。後は任せる。」

「ご武運を。」


烏天狗の指揮官は、手を上げて軽く敬礼をすると鬼達に向き合う。


玉藻さんと姫は俺を担ぎ上げるとリムジンまで走り車内へと放り込み

運転席にいる八咫に向かって「発車しろ!早く! 囲みを突破するのじゃ!! 」と叫ぶ。

雪音さんも慌てて乗車し、俺の脇を固める。


「総員ーっ! フィックスバヨネット!!! 」


チャカ! チャカ! チャキ!


「……突撃チャージーッ!!!! 」



車外から、そんな吶喊とっかんの声が聞こえてきた。

あの天狗たちは大丈夫だろうか?全員の無事を願わずにはいられない。


リムジンが走り始めた所で「ガクンッ! 」とした衝撃

「ギャギャギャギャ! 」とタイヤが空回りする激しい音が車内にまで響く。

運転席の八咫が悲鳴を上げる 


「なんで!? アクセルを目一杯踏んでいるのに! 」


後ろを見た。


「!!!」


そこには、黒い喪服姿の鬼の美女が片手でリムジンのバンパーを掴んで止めていたのだ。

俺と目が合った喪服の美女は「ニコリ」と微笑んだ。

艶っぽい唇が動く。何かを言っているのは解るが、何を言っているのかはわからない。


怖い! ただただ怖い! 失禁しそう!


「ガコンッ! 」


鈍い衝撃音が響いて美女が手にバンパーを掴んだまま、後ろへとひっくり返る様が見えた。

バンパーの方が彼女の怪力に耐えられなかったのだ。


鬼女達の脇をすり抜け車道へと向かう。


「ドカンッ!! 」


凄まじい衝突音と衝撃が車体前部から聞こえ響いた。

エプロン姿の可愛らしい鬼の女性がリムジンを両手で抑えこみ止めている!


天狗は! 天狗の男達は、もう無力化されてしまったのか?!


と思った次の瞬間!

天井がブチ破られて、細い腕が車内に飛び込んできた。

マニュキュアの塗られた指、女物と思わしきベルトの細い腕時計を付けているのが見えた。


そしてポッカリと装甲リムジンの天井に空いた穴から

二十代中盤と思われる綺麗な女性が覗き込んでいる。


「はぁーい! 夏樹きゅん! お姉さん達が会いに来たわよー!」


「きゅん」ってなんだ!? 「きゅん」って!?


そんな頭の横で発砲!


「ガウンッ!」「ガウンッ!」「ガウンッ!」


玉藻さんが件の女性に拳銃弾を連射して叩き込む。


「カチカチッ……」弾切れ! 


鬼の女性は全ての銃弾を手の平で受け止めパラリと落とす。

応えた様子もなく笑顔のままで車内を覗いている。


「……ちょっちだけ痛かったかな? 」


「玉藻さん、雪音さん、姫。もう良いよ。連中の狙いは俺なんだろ? 俺が出て行く。皆は逃がしてもらえるように交渉しよう。」


三人が「イヤイヤ」と俺に縋って泣いている。

だけど、これ以上皆を危険に晒す訳にはいかない。覚悟を決めて鬼の女性に声を掛ける。


「俺が出て行く! 他の女達や天狗達は解放してやって欲しい! 」


「いいよー!」と軽い返事がする。


ゆっくりとドアを開け、両手を上げて車外へと出ようとする。

そんな俺を女達が「出すものか!渡してたまるものか! 」と引き止めようと必死に抵抗する。


代わる代わるに三人に口づけをしていく。今生の別れの代わりに。

「愛してるよ。」と彼女達に告げてから

鬼女達の前に降り立つ。


「さあ出てきたぞ! 俺だけなら煮るなり焼くなりとキミ達の好きにしろ! 」


そして俺は鬼女たちに捕まった。


-----------------------------------------------------------------------------


AM 1:00


 

『姫神夏樹きゅん握手会』



そんなことが書かれた看板が立てかけられている。


「さぁさぁ! ミンナ並んでー並んでー! 制限時間は一人10秒よ! 後が詰えてるんだからキリキリとね! 」


拡声器で、そんな事を抜かしやがる鬼女の「リカ」ちゃん。

嬉しそうな恥ずかしそうな顔で、鬼女の皆さんの行列が俺と握手をしては流れていく。

そんな流れを「リカちゃん」は喜々として仕切っていた。


「あー! ホントだ! すっごい夏樹きゅんの「波」って気持ち良いーっ!! 」


エプロン姿の可愛い鬼女の女性が握手して叫んで

俺に抱きつこうとする。


「あ! 握手以上の事は駄目よぉ──! お触りは禁止でーす! アタシらは、れっきとした亭主持ちの既婚者なんだからねー! 」


「……でもワタクシ未亡人ですしぃ……フリーですわよぉ…もう一人寝が寂しいのぉ……」


先ほどのバンパーを掴んでいた喪服姿の鬼女の「麗鬼」さん。

袖で口元を隠し恥ずかしげに、だが妖艶な流し目で俺を見る。ゾクリとするような色気。


「駄目よぉー! この場でのルールは守りなさいねー! 私等は「鬼女板」の「可愛い鬼嫁さん」なんだから。」


鬼女板? 可愛い鬼嫁? なんぞソレ???


この疑問は、ふん縛られて転がされていた烏天狗の指揮官が

渋いイケメンボイスで補足説明してくれた。


『鬼女板』とは、我々妖怪が使う匿名掲示板『妖かしちゃんねる』。


通称「ヨウちゃん」の既婚女性板の事で『可愛い鬼嫁さん』とは

その板のデフォルトの匿名表示の事です。


まあ、有り体に言ってしまえば……妖怪の奥様方の集う板ですな。

普段は何の事はない家庭内の愚痴や芸能人や有名妖怪のウワサ話に興じているのですが……

……ですが


ここで烏天狗の指揮官はゾクリと震え、額の汗を拭う。


気に入らないことや、事件。特に子供絡み等の事が多いのですが

そんな事があると彼女達は……


室内の写真に写り込んだ景色などから加害者の住所割り出して

その近辺を「お散歩」と称して写真撮ってきて、わざとらしくネットに住所を公表したり。


加害者の過去の悪行を書き込んだチラシをその近辺に

「忘れ物」と称してバラ撒いて追い込みかけたり。


そいつの勤めてる会社とか割り出して電話で集団突撃したり。と


とにかく…「どこぞの情報機関の人間だ!? お前らは!? 」みたいな真似を

暇つぶし感覚でやる恐怖の集団として有名でして…


それが、なまじ人間とかなら、まだ良かったのですが

無駄に体力と知識と行動力がある妖怪奥様たちがやる物なので……正直シャレにならんのです。


我々妖怪の間でも「鬼女板」と「八百壱比丘尼板」の連中に目を付けられるな!みたいな事言われとります。ハイ。



そんな「恐怖の奥様集団」に何故、俺が目を付けられるのか?

わけがわからないよ!


「鬼女板にスレッドが立ったんです。「面白い「波」の人間について語ろう!」って。

そこで、……姫神氏の名前が挙がりまして。なんか異様に盛り上がって……そしたら別スレッドで「夏樹きゅんに会いに行くオフ」とか、これまたフザケたスレッドが立って……。そんで、この騒ぎですよ! 連中は基本的にお祭好きでもありますからな! 」


そんな俺達の会話を聞いていた看護師姿の鬼嫁の一人が


「そうよー。あたしなんて夏樹きゅんに会うのに長野から高速飛ばして来たんだから! 」


何いってんの?このオバ……奥さん?


「先程も言いましたが、何しろ無駄に体力と行動力がある暇人集団なモノで。……!」


そんな烏天狗の指揮官は、奥様たちの行列に誰かを見つけたようで


「おい! 何でお前が、ここにいるんだよ!? 」


「あ! あーた。」


「「あーた」じゃねえよ! 何やってんだよ? お前は!! 」


どーやら烏天狗の奥さんも来てたらしい。よく見れば鬼女以外の妖怪女性も多いな……。

ホントに暇なんだな……この妖怪奥様ひとたち。




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AM 1:05


一方その頃。


雪音さん、玉藻さん、姫の三人は

半壊したリムジンの車内でボーッとして取り残されていた。


「うふふ。」

「クフフ。」

「えへへ。」


各自が、それぞれ不気味な笑みを浮かべながら。


「『愛してる』だって……」☓ 3


そして、そっと唇を撫ぜ、うっとりと先ほどのキスの余韻に浸る。

それらを思い出しながら「ニヤニヤ」「えへらーっ」と三人がダラシない顔になる。


三人が正気を取り戻したのは、全てが終わってからだった。


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