45話 くまー
『動物園』にやって来た。
世間的には夏休みな訳でして。
せっかくだから我が家の子供たち?の式神を連れてきたのだ。
最初は博物館とか美術館にしようと思ったのだ。
真夏の野外を回る動物園なんて……と思うでしょ?
ところがドッコイ
我が家には雪女がいたのだ。
夏の炎天下の中でも
雪音さんが側にいると涼しいんだなコレが。
斯くして快適な動物園の野外散策と洒落込んだのです。
シマウマやキリンにサイにゾウ。
普段は見ることのできない動物たちに
式神たちは大はしゃぎ。何故か雪音さんも大はしゃぎ。
連れて来てよかった。
……ただ、トラやライオン等の、いわゆる猛獣と呼ばれる動物たち。
雪音さん曰く「大きな猫ちゃん」たち。
彼等は雪音さんと視線が合うと
必ず目を逸らす。もしくは腹を見せて屈服服従のポーズを取る。
野生の勘で雪音さんに「逆らってはイケナイ」何かを感じるようだ。
特にライオンのオスの怯え振りと
あざといまでの媚び諂い方が酷かった。
「百獣の王」の威厳? 何それ美味しいの?
弱い奴にはトコトン強気に。強い奴にはトコトン下手に出る。
野生の、そんな世知辛い面を見てしまった気分。
──そうやって数々の肉食獣を恐れさせ怯えさせつつ
俺たちは熊舎の前までやって来たのだ。
案内のプレートには「羆」と書かれている。
言うまでも無く日本最強の肉食獣である。
オリの中で、その「日本最強の獣」は
こちらに背を向けて寝そべり、爪で尻の辺りをボリボリと掻いていた。
尻尾の辺りに大きな古い傷跡がある熊だった。
……「日曜日のお父さん」みたいな熊だった。
俺の隣でジッとその熊を見詰めて
何かを考えていた様子の雪音さんが突如として叫んだ。
「熊次郎さん!? 」
熊にまで知り合いがいるのか? ……この雪女。
そんな事を考えながら熊を見ていると……
熊は雪音さんの呼びかけに「びくッ! 」と反応し
顔をコチラに向けて声の主を確認すると興味を失ったかのか「ぷいッ」と顔を背けた。
心なしか熊に僅かながら動揺が走ったかのような雰囲気が感じられたのは
俺の気のせいだろうか?
「ねえ? 熊次郎さんですよね? 」
再度、雪音さんは熊に呼びかけたのだが
熊は背を向け寝そべったままの姿勢で『違うよ? 』とばかりに腕を振る。
「雪音さん、さすがに別 人なんじゃないかな? 」
雪音さんは頭を振って熊の尻の辺りを指差す。
「お尻の所に大きな傷跡がありますよね? アレ私が子供の頃に熊次郎さんに付けた傷なんです。」
なんという壮絶な金太郎人生。
てか、どうやったら子供が熊に、あんな跡が残るような傷付けられるのであろう?
子供の頃の雪音さんは、相当なお転婆さんだったようだ。
それに熊が何年生きるか知らないけど、雪音さんが子供の頃ってウン百年前じゃない。
どう考えても別個体の熊だと思うけどなあ……。
だいたい、それだと過去の群○県の山奥にヒグマが生息してたことになる。
「あたたたたっ……ほぉわったぁぁ――っ!! 」
くらいのツッコミが必要になる。
そんな俺達のやり取りに
「熊違いじゃありやせんか? あっしは、しがない動物園のクマでござんすよ? 」
クマが喋った!? しかもイケメンボイス。
明らかに普通の熊じゃない。そして上州新田郡三日月村っぽい口調。
「やっぱり熊次郎さんなんですね? 」
雪音さんがオリに近づいて尋ねる。
柵は越えないでね。
「……『鬼熊』でありまするね。」
俺の隣にいた銀色が熊を見ながら、そう呟いた。
「鬼熊? 」
「はい、あるじ様。歳古りた熊の霊格が高まり妖怪化したものでありまする。」
解説ありがとう。銀色の頭をナデナデしてあげる。
銀色は嬉しそうに恥ずかしそうに微笑んだ。
つまり動物園に妖怪が飼育展示されている。と
シートン先生も腰抜かすよ!!!
「……バレちまっちゃあ、しょうが無いでござんすね。」
鬼熊の熊次郎はムクリと起き上がり胡座をかき
そして腰のあたりをゴソゴソとするとタバコとライターを取り出し一服付ける。
「ぷはーっ」と煙の円を吐くと
「何から話したもんでござんしょうねえ……」
「園内禁煙。」
熊次郎は慌てて火を消し、携帯灰皿に吸い殻を捨てた。
「どうして、こんな動物園で檻になんて入れられてるんですか?
もし捕まって無理やり入れられているなら助けますよ? 」
雪音さんは納得がいかない。とばかりに捲し立てる。
まあ、誰だって知り合いが監禁されてるの知ったら救出しようとするよね。
だけど助けると云っても、今ここで実力行使に出るのはヤメテね。
熊次郎は暫く考え込んでいたが
雪音さんの問いに重々しく口を開いた。
「お嬢。如何に妖怪化したとは云え、あっしは歳を取り過ぎやした。一匹で山で暮らすのが身に堪えるようになりやしてねぇ。ここで子供たち相手に余生を過ごすのも、結構悪く無い暮らしですぜ? それに…… 」
熊次郎が何かを言いかけた、その時に
熊舎の扉が開き飼育員がバケツ一杯の果物を持って入ってきた。
そしてケージの差し込み口から、それらをエサ箱へと入れてやる。
「ほーら、「クーたん」御飯だよ? 今日は「クーたん」の大好物のリンゴとサツマイモもあるよ。」
「クーたん」?と呼ばれた熊次郎は、嬉しそうに飼育員の近くに寄ると
ゴロリンゴロリンと転がり喉を鳴らして甘えた声と素振りを見せる。
「お客さん。ウチの「クーたん」とても大人しくて利口者だから可愛いよ! 」
そう言い残すと彼は笑顔で奥へと去って行った。
そうか……ここは熊次郎にとっての老人ホームの様なものなのか……
ちょっと切ない話だな。
「「「…………」」」
「……哀れな「飼われ犬」と笑ってくだせえ。」
リンゴを手に持ち、こちらに背中を向け
漢の哀愁を漂わせながら熊次郎は自嘲気味にそう云った。
ま、まあ動物園だしね……仕方ないよ。
そこまで自分を卑下しなくても良いじゃない。
それに、あなた犬じゃなくてクマでしょ?
「さっき言いかけたのは何ですか? 」
雪音さんは、先程が熊次郎が言いかけたことが気になっているらしく
彼に、そのことを尋ねる。
「それは…」
ピルルルルルルッ!
着信音。皆が一斉に自分のスマホか?とチェックする。
……熊次郎も。
そして彼は腰? からスマホを取り出し話し始めた。
「はい! もしもし熊次郎でござんすが。……あ「ハッちゃん」?今ちょっと取り込んでるとこなんだけど……えーっ! マジでー? この間LINEで言ってやつ? 」
俺達に「ちょっと待って! 」とハンドサインを送り通話を続ける。
……妖怪。てか熊がLINEやってるんだ。
「モチ! 行く行く!! ケモミミ妖怪っ娘との合コンっしょ! 絶対に行くっすよー。(^^)」
「いやーマジで都会出てきて良かったわー。 そんじゃ今晩、見回りが終わったら抜け出していくわ。んじゃね。」
ピッと器用にスマホを切る。
俺達が熊次郎の都会生活の満喫ぶりに、あんぐりと口を開けていると
彼は「コホン」と小さくセキ払いしてから
「……どこまで話やしたっけ?」