43話 御褒美
「んっ……くっ……はぁ…」
横臥し上気した表情の女は何かを堪えるように喘ぐ。
「やぁ…ん……そ…んなとこ…」
堪らず手を止める。
「ぃゃぁ…や…めない…で」
再び手を動かし始める
「ふぅ!……そ、そこは……ぁ」
俺は手に持った刀に、御刀油を塗る作業を一時中断した。
「ヘンな声を出してんじゃネーよ! 」
すると忍者の姿をした妖刀の霊体は
ニコリともしない真顔でムクリと起き上がる。
「あるじ様! 刀身の手入れは、実に気持ち良いのです! 」
ため息をつき、妖刀を鞘にパチリと収める。
「だからって、そんな声出されたら手元が狂うわ! 」
危ないでしょ!
見ろ!雪音さんと銀色が真っ赤になってるがな!
2人は目を逸らしたり下を向いたりしてモジモジモソモソしていた。
───先日の死神事件の折に銀色と妖刀が俺の危機を救った。
「恩賞を与えねばならぬ。」
玉藻さんと雪音さんが強く主張した。
勿論、俺も「何か礼をせねば」と考えていたので話はトントン拍子に進んだ。
銀色には翡翠のブローチ。
見事な細工の施された銀製の台座に収まった「翡翠石」は玉藻さんが持ってきたモノだった。
大切な大切な石の一部だという。
銀色は「大切にいたしまする。」と涙ぐんで喜んでくれた。
今も胸元には翡翠のブローチが透き通る翠に輝いている。
………問題は妖刀だった。
「刀だから何も要らない。」と彼女は云った。
だが、敢えて云うならと……
「鉄分補給飲料が1グロス」と「ブランド物の鞘」と「高級な刀剣お手入れセット」と……
際限なく要求してきたので途中で止めさせた。
─── で、届いた「お手入れセット」を使って刀身の手入れをしていたのだが……
このようにハレンチ極まる醜態を晒す有様である。
「ねーねー、あるじさまー。我もう一つ欲しい物あるんだけどー。」
女忍者は、唇に人差し指を当て、上目遣いでそんな要求をしてきた。
この妖刀ってば、おねだり覚えやがったよ!?
「色々と買ってあげたばかりでしょう? また今度にしなさい。」
玩具をねだる子供を窘める母親のような口調で斬って捨てる。
妖刀だけに。
「何かを買って欲しいとかじゃないのです。」
「我はぁ…無銘なので、我に素敵な「銘」を付けて欲しいのです。」
女忍者は何かを期待する様な目と素振りで
俺達に訴えかけてくる。
「変態丸」
「断固拒否なのです ! 」
女忍者は物凄い勢いで近づいて来て、頭の上で大きくバツ印を出し
必死に首を振って「イヤイヤ! 」をしている。
いきなり拒否された。
先程までの痴態醜態を考えれば、そう「銘」されても文句も言えまいと思うのだが?
本人的には具体的にどのような感じが良いのか?
例えでいいから教えてくれると参考にしやすいんだが?
「「鳳翼天覇」とか「エクスキャリバー」とか響きが超格好良いと思いませぬか? 」
手を合わせ、瞼を閉じて
うっとりと夢見る乙女の表情で、そんな戯れ言を抜かした。
「俺が断固拒否。」
冗談じゃない。そんな厨二病丸出しの銘付けなんか出来るか。
恥ずかしくて思い出すたびにゴロゴロと転げまわりたくなるわ。
中学生の時に書いた黒歴史が常に目の前を歩いてるのと同じだもの。
それまで黙って俺達の、やり取りを聞いていた
雪音さんが妖刀の銘名案を提案してきた。
「「にこにこ丸」とか「にんにん丸」などはどうかしら? 可愛いですよ? 」
「いやあぁぁ──!!! 奥方様やめてえぇ──!! 」
頭を抱えて雪音さんの膝へと、ヘッドスライディングして泣き喚くほどイヤか?
確かに、その命名センスは如何なモノかとは思うが……
「ぶんぶん丸」じゃないだけ良かったじゃない。
「……「鮪斬り」などは如何でありまするか? 」
おずおずと銀色が提案してくる。
今まで出た候補の中では、一番マトモな提案かもしれない。
「いやいや、我はマグロばっか斬っておりませんよ? あるじ様達が昨夜に召し上がられた「ネギ焼豚」は我がブロック肉切ったものでございますよ? 」
「それじゃあ「にくにく丸」にしましょう! 」
雪音さんが実に良い笑顔で、嬉しそうに決めつけに掛かる。
さすがに、それはちょっと………。
「絶対にイヤ! 」
「それでは「肉斬り」はどうでありまする? 」と銀色。
「「肉」から離れて! 」
───その後
「あーでもない」「こーでもない」「いやあぁぁ!! 」が明け方まで延々と繰り返され
最終的には妖刀は「忍斬丸」。
霊体の方は通称「忍」と言う事で妥協と合意が成立した。
………トンだ御褒美の授与となった。……ヤレヤレ。