41話 飲み会
─────なお最近、一部の人間たちの間で妖狐や狐神に言及すると
「腋臭い。」「エキノコックス。」
などの煽りが入ることがありますが、各自様に於かれましては
軽々に挑発に乗らぬようにお願い申し上げます。
────他に何か御質問か発議のある方は居られますか?
……居られないようですので、以上を持ちまして「第325回 狐神定例報告会」を終了させて頂きます。
パチパチと疎らな拍手。
パラパラと各自が立ち上がり
帰り支度を始め挨拶を交わし散会して行く。
金色の髪と蒼玉の瞳を持つ狐神の一人の玉藻は
脚を組み、片手で頬杖を着いて、そんな成り行きを眠そうな目をして見ていた。
「随分と眠そうだこと。」
玉藻に声を掛けてきたのは胡桃下と呼ばれる狐神。
本日の司会進行役だったので白衣緋袴に千早を身に着け
長く美しい黒髪を背中で纏め、白粉を塗り紅を引き、目には隈取のような朱い化粧を施している。
「例によって、葛の葉によるニート息子への愚痴が長かったゆえな。」
そんな玉藻の物言いに
胡桃下は「ホホッ」と口を袖で隠して笑う。
そしてニカッと陽性の笑みを浮かべると
「この後は暇してる? どぉ? たまには一緒に飲まない? 」
胡桃下は打って変わった様に俗な口調で
飲みに行くのを誘ってくる。
玉藻は、少し考えてから
「どうせ泊まりじゃし良いぞ?」と彼女の誘いに乗ることにした。
───「おっちゃーん!!! 酎ハイお代わり!! あと厚揚げ追加ね!! 」
ワイワイガヤガヤと賑やかな居酒屋。
老若男女、様々な人々が集い、泣き笑いが渦巻く人生劇場。
そこで膝下のローライズデニムにTシャツ姿で足には丈の低いサンダルの
スッピンの狐神がオダを上げちゃっていた。
「たぁまもちゃぁーん! 飲んでるぅ? 」
胡桃下はバンバンと玉藻の背中を叩く。
「何なの? この酔っぱらいキツネ? 」
珍しく玉藻がドン引きしていた。
グビーッと杯を一気にあおると胡桃下は
「アヒャヒャヒャヒャ! 」と意味不明な笑い声を上げる。
玉藻は他人の振りをしてしてチビリとグラスを傾ける。
そんな玉藻に胡桃が肩を寄せてきて、そっと耳元で囁く。
「んで、玉藻ちゃんは、現在ヒトの男の子に夢中ってホントかにゃあ? 」
思わず金色の髪の狐神は
口に含んでいた酎ハイを吹き出し、ゴホッ! ゲハっ! と咳き込む。
「あらやだぁ! もう酔ってるのぉ?」
口に手を当て、目を寄せて胡桃下が問うてくる。
「お 前 が な っ !! 」
「で?……どうなのよ? もうヤッたの?」
にへら~と下衆な笑みを浮かべて
胡桃下は握り拳を作り親指を真ん中から出す仕草をする。
「良いにゃあー。あーアタシも男が欲しいよぉ! 」
「お下品っ!」
顔を真赤にして玉藻はビシッと胡桃下に指さす。
そうしてから自分の金色の髪を指でクルクルと巻きながら
「そ、それに、あれとは、まだ清い関係じゃし……」
一方、そんな玉藻のお惚気話など聞く気もないらしく
「あ、お姉さーん!日本酒ちょぉーだい! 冷でね! 」
玉藻はグラスをドン!とテーブルに置いて
「少し話聞けよ! あんたは!」
「聞いてる! 聞いてる! 普段イヤになるほど聞いてるのよおぉぉ!! 」
頭が痛いとばかりに額を抑えて
「あんた見てると、ウチの式神思い出すわ! 」
胡桃下は、やって来た日本酒を手酌で猪口に注ぎながら
「ホラうちの祭神様てば忙しいじゃなぁい! だから私が願事や祈りの受付すること多いのよぉ」
「んで、五穀豊穣の神んとこ来て「恋愛成就」とか祈願するのとか、結構多いのよねぇ……」
「そりゃぁ、実が付くためにはぁ…雄しべちゃんと、雌しべちゃんが出会わなきゃいけないからぁ。まあ若干、暴投気味ではあるけどぉ、まあギリギリにストライクゾーンかなぁ? とか思って受け付けるんだけどぉ……。」
「夜中に縁付作業とか一人でしてると、ワタシ何やってんだろぅ?とか考えて、すごーく凹むの。」
「ワタシは、男旱が、ずっーと続いてるのに他人の縁付作業とかやってるとねぇ……泣きたくなるのよぉ。わかるぅ? 」
テーブルに突っ伏して泣き言を言い始めた胡桃下。
玉藻はポンポンと彼女の肩を叩いて慰める。
突如、胡桃下は「ガバッ!」顔を上げると
「でもねぇ!そんなのはまだマシな方でねぇ!……ねぇ!ちょっと、ちゃんと聞いてる玉藻! 」
「はいはい、聞いてる。聞いてる。」
幾分、投げやりな感じで玉藻が相槌を打ちながら、梅サワーの追加注文をする。
「他人の不幸を祈りに来るバカもいるのよぉ!!! 五穀豊穣の神んとこに!!」
「ほぉ。随分とまた見当違いも激しい輩だの。」
「でしょうぉ!! お前は五穀豊穣の意味わかってんのか? 問いたい! 問い詰めたい! 小一時間ほど正座させて問い詰めたい!!! 」
ここで胡桃下は猪口で飲むのが面倒くさくなったのか
徳利から直接、口中へと日本酒を流し込んで「ぷはぁ!」と一息。
「更に酷いのになるとぉ……」
「そ、それより酷いのがいるのか? ……… 」
「自分の嫌いなやつに代わりにバツを与えてって! 神社は「必殺お仕事人」の依頼所じゃねえ!! あんたの逆恨みの代執行を訴える場じゃねぇのよ!! あん時は、思わず本殿から飛び出して「真空飛び膝蹴り」食らわせてやろうか!? と思ったわぁ。勿論しなかったけど。大人だものぉ。「グッ」と堪えたわぁ。」
「しても良かったんじゃないのか? ……そんな奴輩。」
再び机に突っ伏すと
チラリッっと玉藻の方を見てニヤリと笑いながら
「ワタシってば可哀想でしょうぉ? ……だからアンタの男に会わせなさいよぉ。」
「いや、その論理の飛躍はおかしい。」
「会わせてよぉ! ……姫神夏樹ちゃんにぃ。」
玉藻は今度こそ「ぷーっ! 」と口に含んでいた梅サワーを
噴水のように吹き出したのだった。
胡桃下は「クククッ」と不気味な薄笑いをしながら
ゆらりと椅子から立ち上がる。
「彼、すんごい氣持ち良い「波」してるんだってぇ? 妖怪女子の間じゃあ、もっぱらの噂よぉ……。」
玉藻は、無言で吹き出した粗相を、おしぼりで拭き清めると
ニッコリとして「だが断る! 」
「ケチ! いいじゃん! 減るもんじゃないでしょぉ! まあ、数ccくらいは減るかもしんないけどぉ。 」
「ナニするつもりだ貴様はっ! 」
「ちょっとだけ! 少しだけ! 味見! 味見! 」
「ちょっとも! 少しも! 味見もないわ! ボケェ!! 」
かくして狂宴の夜は更けていったのある。
───肩を組み千鳥足で夜道を歩く狐神2人。
「あっはははははっ! 月が綺麗だなー。」
「ポンポコと腹鼓打ちたくなるよねぇえ!! 」
「それは狸じゃ! 莫迦者ー。」
「誰がデブよぉー。」
「言ってないない!言ってない!」
「それはそうと味見させて。」
「絶対にイヤじゃ。」
すっかり、出来上がっていた。
そんな2人の周囲に、どこから妖かしの声が響く。
「やれやれ、情けない姿よの。兄者よ」
「全くだ。弟者よ。あのザマでは説得のしようがあるまい。」
「そうもいくまい兄者よ。妖怪女性に「清く!正しく!美しく!」を説くのが我等の崇高なる使命ぞ。」
酔眼朦朧としながらも2人は、声の主を探して周囲を見渡す。
だが、その姿を見つけることは出来なかった。
如何に酔っているとはいえ狐神2人の索敵能力を出し抜くとは
余程上手く波動の隠蔽ができているようだ。
「非モテ妖怪互助会の連中か? 」
「「誰が非モテかっ!!! 」」
堪らず怒鳴り返した事が災いしてアッサリと位置が特定される。
目の前にあるマンホール。そこから声がしたのだ。
「「バレてしまって是非もなし。」」
まるで舞台装置の仕掛けの「迫り」ように
マンホールの中から腕を組んだ妖怪が頭から現れ出でてきた。
それは異形。
異様なまでに手の長い妖怪が、異様なまでに足の長い妖怪に肩車をしている。
両者の顔は、まるでドラマ俳優のような甘いマスクの持ち主だったが
その手と足の長さのアンバランスさが、奇妙な畏怖感を見る者に与える。
それが妖怪「手長足長」である。
「「ぶはははははははははははははっ!!! 」」
だが、2人の狐神は、そんな手長足長を一目見るなり
腹を抱えて笑い出した。胡桃下などは目に涙を浮かべるほど笑い転げている。
手長足長は額に青筋を立てて
「何がおかしいかっ!」「妖怪のなり見て笑うなど失礼極まるわ!」
「だって! だって! 肩車してんだもの!」
「せめて単品で出てくれば、それなりだったのに! か、肩車とはの! 」
「笑うなっ! そんなんだからお前らモテないんだよ! 」
さすがに激高した手長足長が言い返す。
彼らの怒りは正当なものだ。誰だって存在意義を笑われれば腹が立つ。
だが、煽りが余計だった。
「「誰がモテないだ!! 」」
狐神2人がハモって怒鳴り返す。
争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない。とは良く言ったものである。
「ああ? やんのかコラッ! 泣かすぞ針金兄弟っ!? 」
胡桃下は、まるでヤンキーの様な口調で凄む。
彼女は指で空中に円を描く。すると蒼白い狐火の炎の輪が現れ高速回転を始めた。
ヒトでも妖怪でも気にしている事を指摘されるのが
一番腹が立つ物なのである。
「モテないのは、こやつだけじゃぞ?」
「ちょ! 玉藻! この裏切り者ぉ!! 」
玉藻の周囲に光り輝く九つの宝珠が現れる。
九尾の狐と呼ばれる由縁。膨大な霊力の結晶体。それが九ツの宝珠である。
「裏切ってなどいない! 」
「ただ、ちょっとこの機会に悪い虫を今のうちに退治しちゃおうかなあ。とか思っただけぞ? 」
「へえ、そうなのぉ? んじゃぁ、アタシが勝ったら味見ね? 」
「「ククククッ!」」
2人の狐神は、手長足長を完全に無視して睨み合う。
まさに一触即発。
周囲には2人の狐神が生み出す莫大な力が大気中で密度をあげ
荒れ狂う霊力の渦を作り出していた。それらが妖しい輝きを放つ。
「……帰ろうか? 兄者」
「……そうだな弟者」
しばらく離れると手長足長は
先ほどの場所で凄まじい激突の霊光が輝くのを目撃した。