37話 折り紙
夏の逢魔ヶ時の帰り路
近道に公園を抜けていると
折り紙で作られたツルがパタパタと羽ばたきながら飛んできた。
いわゆる怪奇現象の類である。
だが、雪女とや式神たちと同棲してて、複数の妖怪から求愛されているのだ。
身の回りでの怪奇現象や超常現象が当たり前になっていてる。
人間、慣れとは恐ろしい物で
羽ばたく折り紙のツルを見て「ふーん」とかしか感じない。
でも暗くなった中を燐光を発して飛ぶ折り紙が、とても幻想的で綺麗だった。
誰が飛ばしているのか?と気になって公園を見渡す。
いた。
ベンチで一人の少女が熱心に折り紙を折っている。
ロングの白髪に一房の赤い髪。その髪にリボン地で藍色のヘアバンド。
真っ赤な瞳で、アルピノ種を思わせる白い肌。
白のワンピースに、黒のサッシュ、赤のパンプス。
声を掛けようか?どうしようか?と悩んでいると
「なあに?興味があるの?」
彼女の方から声を掛けてきた。
その紅い瞳は悪戯っぽく揺れ、どことなく猫科を思わせる。
「式神を飛ばしてるの?」
彼女はツルを折り終えて翼を広げると
「フッ」と息を吹き込む。
するとツルは淡い燐光を放って羽ばたき飛んで行く。
そうしてから俺に向き合うと
「へぇー、式神知ってるとか貴方は陰陽師かなにか?」
「陰陽師」という言葉に若干の警戒の響きが感じられる。
まじまじと俺を上から下まで睨め回して
「でも、見た感じは普通のサラリーマンっぽいけど?」
「普通のサラリーマンだよ。見たとおり。」
どっこいしょと俺は彼女のベンチの隣りに座る。
「ただ、ちょっと妖怪に好かれる難儀な体質でね。」
と云いながら右手を彼女に差し出す。
俺の握手を求める手におずおずと手を伸ばしてくる。
警戒心と好奇心が彼女の中で葛藤しているようだ。
「ふーん…!!!」
握手した瞬間に彼女も「波」を感知したのだろう。
ビクリ!とする。
「………妖怪のガール・フレンドが一杯いそうな「波」…ね?」
手を引っ込め警戒するように、俺を眺める。
(やっぱり彼女も妖怪か。)
そんなに妖怪女性にとって俺の「波」って気持ちいいのかしら?
「でも私はダメよ?」
「私の事だけを好きになってくれる男性じゃなきゃイヤだもの。」
(てか、妖怪女性専門のスケコマシとか思われてない?)
悔しい。何もしてないのに。ちゅー位はしたケド……
「心配しなくても何もしないし「付き合ってくれ。」とも云わないから。」
「それは、それでムカつくわね。」
どっちなんだよ!?女心は難しいなぁ…。
そんな風に話が脱線しかけてきた時のことであった。
「ガシャ!ガシャーン!カチャ カチャ」という音が近づいて来た。
「何だろう?」
と見ると鍋や茶碗や皿など食器が積み重なったものが、こちらへ歩いてくる。
まるで食器が組み上がって出来た甲冑武者のようだ!
「なんじゃこりゃぁぁあああ!!!!」
思わず叫び声が出る。
良かった。まだ慣れない怪奇現象があった。
「……もう、しつこいなぁ。」
目の前の女性が、目を細め不機嫌そうに、ため息をつく。
「妖怪女性は清く!正しく!美しく!結婚までは純潔を守りましょう!」
奇っ怪な見た目と裏腹に、食器の塊は
お嬢様学校の厳しい教師のような主張をしてきた。
「よけーなお世話よ!」
白髪の女性は「あかんベー」と舌を出し不満を露わにする。
そりゃあ、あんなのにキレイ事云われても「はい、そうですね。」とはならないよな。
「お知り合いなの?あの食器のカタマリ?」
「瀬戸大将。何でも妖怪の倫理感向上と尊厳の回復を目的とする組織の説得員なんだって。」
「一角獣協会かよ!地味に活動続けてんのな!」
あんなのも仲間に居たんだね。
単なる「非モテ妖怪の互助会」かな?とか考えてたけど
認識的には、あながち間違いってわけでもなかったみたい。
「吾輩は瀬戸大将ではない!」
「吾輩は「瀬戸大将」改め「セラミック&ステンレス大将」なり!」
瀬戸物ってセラミックだろうが!実質ステンレスが追加されただけじゃねえか!
なに偉そうにしてやがる、この不燃ゴミ!
「長くて呼びづれえよ!不燃ゴミ大将にしとけや!」
「あ、それいいね!」
手を叩いて彼女が喜ぶ。畜生、可愛いじゃねえか。
やっぱり、女の子は人間でも妖怪でも笑顔が一番だよね。
「誰が不燃ゴミか!?」
「あ、怒った!」
「面倒くさいから逃げちゃおうか?」
すると目の前で彼女はペロンと紙の様に薄く平ベったくなった!
ギャー!!!なにこれ怖い!!こわい!!
彼女だったモノがパタパタと一瞬で折り畳まれ、折り紙のように何かに組み上がっていく。
それは紙飛行機だった!……ウェイブ・ラ○ダー?
「うおぉぉ!!!謎変形!?…あ、えーと???」
「そう言えば、まだお互いに自己紹介してなかったね。」
紙飛行機がそう言ってきた。すんごいシュールな光景である。
「お、俺は姫神夏樹。社畜さんだ。」
「私は折華。一反木綿の折華。」
一反もめん!?……女性も存在してたのか。
「さ、私に乗って!しっかり捕まっててね!」
私に乗ってとか、いやらしい!……ボケてる場合ではないな。
乗って掴むとフニフニする。
「ひゃああ!!!ヘンなとこ触らないでよ!えっち!」
どこだか、わかんねーよ!!!
これが世に言う「ラッキースケベ」。だが、ちっとも嬉しくない!!!
「む!?逃げるでござるか?」
「おい!不燃ゴミが追いかけてきたぞ!」
「折り紙の紙鉄砲があるから、それでアイツ撃って!」
「こ、これか?」
構えて撃つ!「ピキューン!」
紙鉄砲の音じゃねえ!てかビーム出たぞ!ビームが!
どういう仕組になってるんだ!?
「フライパンガード!」
フライパンに命中ったビームが立ったカンッ!と弾かれ、乾いた音が響く。
防がれた!
てか、「カンッ!」なんだよ?「カンッ」って!!!おかしいでしょ!色々と!
「テフロン加工でござる。」
テフロンでビーム弾くな!
「折華さん、アイツに突撃して直前で変形解除できる?」
「できるけど。……何する気なの?」
「ちゃっと試してみたいことがあるんだ。」
折華は翼を傾けグルリと、不燃ゴミ大将の周りを大きく旋回する。
この姿が彼女の高速移動形態なんだな。
後部から蒼白い燐光が出ている。これが推力になってるのか。
「あの燐光って、おなら?」
「よ、妖怪の女の子は「おなら」なんかしないの!それ霊力だから!」
心なしか機体が赤くなってる。
ゴミへの直線コースに乗ったところで彼女に指示を出す。
「直前で人型に戻って。」
「そのままの勢いで2人で蹴り入れるよ。」
やつの厄介なのはフライパン。他の大部分は瀬戸物だ。
そんなのが転んだりしたら……大惨事!!
「あ、なるほど!」
燐光が激しく吹き出し、折華はグングンと加速する。
眼前に「不燃ゴミ大将」迫った。
「変形解除!今!」
ギュイン!と彼女は飛行形態から人型に戻る!
その刹那(今度、じっくりと変形過程を見せてもらおう。)とか考えた。
そのままの勢いで2人の体重を乗せた蹴りを入れる。
「な、なにぃ!!!おっととと!倒れる!倒れる!吾輩、倒れちゃうでござる。」
素早く起き上がった折華が
「えいっ」と指先で、辛うじてバランスを保っていた不燃ゴミを突く。
「わ、吾輩どんがらがっしーゃん!!!」
盛大なワレモノ音を立てて、文字通り不燃ゴミと化した。
こうして悪は滅びた。
俺が折華と手を取り合って喜んでいると、背後から強烈な殺気を感じた。
「なかなか帰って来ないからおかしいと思ったら」
「こんな所で、また他の妖怪にコナ掛けておったのか。」
「いい加減刺したくなって来た。」
振り向くとそこには雪音さん玉藻さん太郎坊が、怖い顔をしてコチラを睨んでいた。
折華は「やっぱり。」とか云って俺からススッと離れる。
だから俺を「妖怪スケコマシ」みたいに言うのをやめろ。