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32話 風よ!風よ!

「な、なんか妖怪?」


社畜の部屋に遊びに来ていた天狗の娘が入ってきた。

銀色のおさげ髪を揺らし、緑の瞳が悪戯っぽく揺れている。


「べつに…ふふふ。」


本音で言えば社畜さんは、この娘が苦手だった。

完全な女性体になったとはいえ、やはり心の底で元同性というのが引っ掛かってしまうのだ。


もちろん同性同士の恋愛や愛情といった物に異議を唱えるつもりなど毛頭ない。

本人達が同意しているのならば、他人がどうこう言うのは愚かしい事だとの自覚もある。


だが、駄目なのだ。


彼女が男のままならば男同士の友情へと昇華できたであろう感情が

どこかで心の奥底で空回りしている。



「…あ、「強風」だ。」

太郎坊は、そう云って社畜の手元にあったプラモデルを指差す。


その瞬間に夏樹の瞳は稲妻が走り、すごい勢いで身を乗り出してくる。


「そう!旧海軍の「川西 N1-K1 強風」!初めての自動空戦フラップを搭載した水上戦闘機で…」


天狗の娘を相手に、いきなり熱く語り始める夏樹だった。

人間というものは好きなことは、幾らでも饒舌になるものである。


天狗がクルリと部屋を見渡せば…あるわ、あるわ。

各種ポスターにプラモデル。本棚には飛行機関連の書籍に雑誌。ゲームのボックス。


「あ、XB-70。こっちはパンサー?いやクーガーかな?…うわ、カットラスまである。」


其れを聞いている社畜さんは、天井を向いて熱い涙を堪えていた。


ヴァルキリーは比較的メジャーどころだが

天狗がマイナー艦上機まで知っていることに感動を覚えていたのだ。


そうなのである。雪音さん達にとっては、これ等は一括りに全て「飛行機」なのである。

だが、太郎坊は…天狗の姫は、全て違うモノなのだと理解してくれるのだ。


「あ、こっちは複葉機だ。ソッピース・キャメル。スヌーPーが乗ってる奴だよね?」


近所のじいちゃんに「赤とんぼ?」と聞かれた過去を思い出す。

ちげーよ!これは九三式中間練習機じゃねえよ!コブがあんだろ!コブが!

そんな過去。まことにマニアというのは細かいものである。


思わず感極まって天狗の姫をキュッ!と抱き締める。


「あっ…」


腕の中で天狗の姫は、身じろぎした。


「同志よ!」


天狗が期待していたのと違う言葉。

思わずエメラルドの眼が半目になり「…フッ」と自嘲のため息が漏れる。


ホントにエライので変態(メタモルフォーゼ)してしまったものである。

このままだと天狗の次期次期後継者の大ピンチ。


いっそのこと拉致ってしまおうか?

そして天狗の言うことを素直に聞く良い子にしてしまえばいい。


雪姫と狐神が厄介だが、天狗の総力をあげれば互角以上に戦える。

ヒトのヤクザの抗争など可愛く思えるレベルの闘争になるだろうが……。


それに欲しいのはあくまで子種だけであって、彼の心が欲しいわけじゃない。

目的さえ達してしまえば彼女達に返してやってもいい……。

天狗の娘が、そんな事を考えていた時。


「俺、すごく嬉しい!」

「いやーなかなか、こんな話が出来る人が身近にいなくてさあ。太郎防だけかも?」


夏樹は瞳を輝かせながら同好の士と出会えた喜びを露わにし、滔々と語り始める。

それを聞いていると、何故か「トクンッ」と心臓が高鳴る。

(あれ?)天狗の姫は自分自身の反応に動揺した。


「ひ、飛行機が好きなの?」


天狗の娘は自分の動揺を隠すように夏樹に訊ねる。


「好き!好き!大好き!」


子供のように純粋でキラキラとした目をして、夏樹は迷うこと無く笑顔で答える。


彼の「好き!」という言葉に心臓が早鐘を打つ。ドキドキする。

天狗の姫は夏樹と目を合わせていると、顔が熱くなってくるのを自覚する。


自分の中に残る男性だった時の意識が、冷静に己の身に起こっている現象を分析する。


(女性化した身体が順応し始めたんだ。)

(目の前にいるヒトの男を好ましい男性として意識し始めてる。「波」とか抜きに。)


(……俗っぽく云うなら「恋をしちゃった。」ってとこか…やれやれ。)


夏樹は天狗の姫に、なぜ空を飛ぶことが素晴らしいのかを語る。


昔から空を飛ぶ物が大好きだったこと。

子供の頃はパイロットになりたかったこと。自分は学生時代にグライダー部だったこと。

そこで知った風を切って飛行する様の楽しさ美しさを

高く高く飛び大地が球形であることを実感出来る感動を


エンジンのないグライダーは、風防内には風の音しかしない。

風を求めて飛び、風に乗って高く飛ぶ。


風よ!風よ!グライダー乗りは風を求める。


姫たち天狗もまた風に乗り、空を飛行する事のできる妖怪である。

夏樹の語る空への憧れと喜びには激しい共感を覚える。


天狗の娘はうっとりとした表情で、彼の話に引き込まれていった。




それから数日の後の事である。

皆が屋敷の居間で寛ぎ、他愛のないバカ話に興じていた時でもある。

廊下から思い詰めた顔をした姫が入室してきた。



キョロリと室内を見渡し、夏樹がソファーで雑誌を読んでいるのを目敏く見つけると

天狗の娘はツカツカと夏樹の前まで歩いてくると、彼の頭をムンズと掴む。


そして、自分の方へグキリッ!と無理矢理に向かせる。

夏樹が「グェ!」と悲鳴を上げたが気にしない。

と、やおら唇を重ねた。

夏樹は手足をジタバタさせてもがく。


それを目撃した雪音はポカーンとした顔をして、持っていたお盆を取り落とし

玉藻は目を丸くした後に、腕を組み顰め面をする。


部屋の温度が急激に低下していく。もはや吐く息が白くなるほどだ。


玉藻は険しい顔のまま姫に問う。


「……宣戦布告というわけか?」


そこで姫は、やっと夏樹を解放し、名残惜しそうに唇をそっと撫ぜる。

足元では呼吸の自由を得た夏樹がゼエゼエと荒い息をつく。

玉藻に向き直り


「まあね。ボクも彼の心が欲しくなった。」と宣言する。


玉藻は「フン」と吐き捨てるよう言うと、脚を組み直し


「ならば、とりあえずは助力してやる。」

「そこで怒りのボルテージを上げている白い曹操ツァオツァオを止める必要があるからな。」


髪を逆立て爛々と目を朱く輝かせた白い凍魔が2人を睨む。

怒気が凍気となり空気中の水分を結晶化させキラキラと煌く。


「ならば、東南の風を吹かせましょうぞ。」


クスリと笑い、姫は白羽扇で口元を隠しながら玉藻に答える。


「風よ!風よ!」


そう叫ぶと、彼女は銀色の髪をなびかせ

天狗の白羽扇をダメ男製造機に向けたのだった。

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