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31話 ダメ男製造雪女

夏の日曜日の朝。

古びた洋館のとある一室。無理やり和室に改装された部屋の布団の中。


休日の朝の心地の良い微睡み。何物にも代えがたい至福の一時。

「スッ」と静かに、ふすまの開く音。


キュキュッと誰かが畳を踏みしめを歩いてくる。

頭の上から優しい声がする。


「朝ですよ。起きてくださいまし。」


雪音さんの声だ。ついつい甘えたくなる。

是非、甘えよう。甘えるべき。


「んー…あと5分。」


「はいはい。」


慈しみを感じさせる優しい声。スッと布団の隣へ座る気配がする。


雪音さんが俺の髪を撫でる。そっと、優しく、穏やかに。

ヒンヤリと冷たい手のひらが心地よい。


薄く目を開ける。雪音さんが静かに愛しげに、俺の頭を撫ぜながら座っていた。


イタズラ心が起こる。


彼女の手をそっと掴み、手と手を重ねる。白くて白くて小さな手。

その主は、自らの手を好き弄ばさせる。


指で手をなぞり。指を絡ませる。手を弄びながらじっと女の瞳を見る

含羞はにかむようで嬉しそうな、そんな表情をしながら、それでいて目は離れない。


石造り故なのか、棲み着いた雪女の影響なのか、夏なのにヒンヤリと涼しい。

今この屋敷には他に誰もいない。二人だけの天地あめつち


(いかん。このままだと理性が保てない。)


ガバッと起き上がる。きっちり五分。


雪音さんは、少し残念そうな顔をしている。しかし、これ以上は危険。

自制しないとズルズルと堕ちてしまいそうになる。雪女の甘い魔性は、それほど魅力的なのだ。






日曜日の朝食は洋風。


カリカリに焼いたトーストに夏野菜のサラダ。半熟気味の目玉焼き。ボイルしたソーセージ。

淹れたてのコーヒーに搾り立てのオレンジジュース。


「簡単なものばかりですけど…」


雪音さんは、そんな事を云うけど、独り暮らししてた時じゃ考えられない様なメニュー。

…ブロック栄養食とか齧ってたもんな。

しかも、エプロン姿の雪音さんの笑顔の給仕付き。これを幸せと呼ばずなんと呼ぶ?


「あ、少し動かないでくださいね。」

そう云って雪音さんは口元のパンくずを優しく取ってくれる。


…少しくらいなら雪女の魔性に堕ちてもいいよね?






穏やかな休日。今日は朝から誰も居ないんだ。


式神たちは、霊力の補充と定期検診で玉藻さんのトコへ帰ってる。

天狗は用事があってしばらく来ない。座敷わらしはどっか遊びに行ってる。


屋敷には久々で雪音さんと俺との2人きり。


……あれ?これって物凄いチャンスじゃね?


そうだよ。今日なら誰にも邪魔されずにアレが出来る。

アレだよ、あれアレ。

雪音さんの事だから絶対に拒まないであろう。


クククッ 俺がまさか、こんな事を考えているとはお釈迦様でも気付くまい。

だが、ついさっき起きたばかり。お楽しみは午後からだ!

俺は悪い笑顔を浮かべ決意した。してもらおう。またアレを!



雪音さんに膝枕をおねだりするのだ!




「?」

首を傾げて不思議そうに俺を眺める雪音さんであった。





お昼前。台所からリズミカルな包丁の音と共に小さな鼻歌が聞こえてくる。雪音さんだ。


サクッ。サクッ トントントン。

んふふふーんんふっふふんふふふふん♪


クラリネットの歌?いや、これは原曲の「玉ねぎの歌」だ。


カチャカチャ。……ジュワー。……パチパチ

良い匂いが漂ってくる。


カチャカチャ。

んふふふーんんふっふふんふふふふん♪


玉ねぎと人参のかき揚げ丼!

俺の大好物!わざわざ作って頂けたのですか!

ありがとうございます。ありがとうございます。


あー堕ちる!堕ちる!雪女の魔性に!

いいか押すなよ?絶対に押すなよ?堕ちるからな?






「耳がかゆい。雪音さん綿棒ないかな?」

午後にわざとらしく雪音さんの前で耳をかく。


そんな俺の仕草がおかしかったのか、はたまた思惑など全てお見通しなのか

雪音さんはくすくすと笑いながら

「耳のお掃除してあげましょうか?」と言ってくれたのだ。


計画通り!


雪音さんは、居間の大きなソファーに、そっと横座りし

「ここに寝なさい。」と広い隣をぽんぽんと叩き指し示す。


喜び勇んで隣へと座り、雪音さんの膝に対して一揖二礼二拍手一礼一揖をする。

そうして「お邪魔します」と頭を載せて寝転がった。


雪音さんは「へんなの」と口を手で隠して笑う。

だって俺にとっては神域だもの。正しい参拝のお作法よ?


上を向いて寝転がっているので雪音さんのかんばせと真っ向から向き合う。

こうやってじっくりと眺めてみると、雪音さんて睫毛が長いんだなぁ…


「横向きになってね」優しく俺の頭を撫でながら促してくる。


外向きに横になり目を閉じる。雪音さんの長い髪と甘い吐息が俺の顔にかかる。

少し、くすぐったい。が、それがとても心地良い。


心優しい雪女は、そーっと優しく優しく丁寧に俺の耳を掻いていく。


あまりの気持ちの良さに、思わずブルリとする。

すると一瞬、手を止めて俺が落ち着くのを待ってくれる。なに?なんなの?この極楽?


掃除が終わると、顔を俺の耳へと近づけて「フッ」と息を吹き込む。

…ああーん!思わず変な声が出る。


もういいや。堕ちよう。雪女の魔性に、どっぷりと。

堕ちていく先は、きっと天國だよ。


「……じゃあ、……今度は反対側ね。」

!!! 反対側ですと!つまり、それは雪音さんの…


そして俺は完全に雪女の魔性に飲み込まれていった。





「たった一日……私らが居なかっただけで、この有様か…」


夕方に座敷わらしが帰ってきた。

ずーっと帰って来なくても良かったのにね。


俺は雪音さんの膝の上で、ゴロゴロと猫の様に喉を鳴らしながら横になっていた。


「……雪音ってさ、無自覚で男をダメにするタイプの女だよな?」


「え?」驚いたような顔をする雪音さん。


そんなこと無いよ。ボク駄目男じゃないもん。

もう会社行かない。明日から、ずーっと雪音さんに甘えて暮らすんだから。


「なに幼児退行してんだ!てめーは!」


なに?このギャルわらし?怖いよ雪音さん!ゴロゴロと甘える。


「大丈夫よー。怖くないからねー。」

と、雪音さんは猫の機嫌を取るように俺の喉を擦る。

ゴロゴロ にゃーん。


それを見ていた座敷わらしの童女わらめは心底呆れたように呟く。

「……駄目だ。このダメ男製造機とダメ男。」




雪女との甘々生活は麻薬のような砂糖菓子

男をどこまでもダメにする。


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