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30話 千早と輝樹

今は昔、まだ世の中が「昭和」と呼ばれていた時代の姫神村でのことであります。



「うー寒い!」


姫神神社の裏手の社務所に、雪まみれの2人の高校生が転がり込んでくる。

詰め襟の学生服の少年とセーラー服の少女。


姫神輝樹と姫神千早だ。

二人は再従姉弟はとこ同士で幼馴染だった。


「寒い!寒い!」

輝樹はそう云いながらダルマストーブの前に立ち手をかざす。

ストープの上に乗せられた、大きな薬缶からはシュンシュンと温かい湯気が吐き出されている。


「男のくせにダラしないわね。」


サラリと男女差別発言をする少女。だが、少年は別に気にする風でもない。

昔からお姉さん面されているので慣れているのだろう。


「ちーちゃんに、雪の中に放り込まれたんだもの。突然に。なんの理由もなく。」

「衝動的に誰かを雪の中に放り込みたくなるのが、女子高生ってものなのよ?」


無茶苦茶な犯行理由である。


「まさか「勉強教えてくれ。」って言われて雪に埋められるとは思ってなかったよ。」

ストーブの前で温まりながら、少年は愚痴をこぼす。


「ちゃんと助けてあげたでしょ?」

「それにあんた助けに来たアタシの手を引っ張って、あたしも雪の中に引きずり込んだじゃない!」

「理不尽に対する、ささやかな復讐くらいは勘弁して欲しいよなあ。」


子犬同士のじゃれ合い。

この2人を見ていると、そんな言葉が浮かぶ。


「てか、ちーちゃんは、よく寒くないな?」

少年は呆れたような表情で、スカート姿の少女を見やる。


「当たり前よ!雪女の末裔なんだもの。」

「俺もそうだよね?」

「何云ってるの?あんたが末裔だったら雪男になるじゃない。ウホウホ云うの?」


イエティは日本の雪女と違う。と少年は考えたが黙っていた。

どうせまた屁理屈で返されるのがわかりきっていたからだ。


「雪音さんの弟のほうの血筋だけどね。」

「どっちの大元も雪乃ゆきのさんなんだから雪女の末裔で合ってるでしょ。」


そりゃそうだけど。と少年は頷く。


混血を繰り返しヒト化していても、姫神村の女達には雪女の血が強く出る。

優れた身体能力。異様なまでの寒さへの耐性。老化の遅さと長命。そして優れた容姿。


『姫神の女達は何も恐れない。ただ恐れさせるのみ。』

村の男達に代々と伝わる尊崇と諦観の言葉。


この山間にある小さな村は、そんな女達を愛した男達と

全てを笑って許してくれる男達を愛した女達とで連綿と続いてきたのだ。

まことに愛すべき村なのかもしれない。


そんな愛すべき、この村には雪の神がいる。


「あら、お帰りなさい。学校は終わったの?」

カラリと戸を開けて、長い黒髪の優しげな女性が奥から現れる。雪音さんだ。


「お邪魔してます。」と輝樹はストーブから離れずにペコリと頭を下げる。


「あらあら、雪まみれ」

少し驚いたように雪女は笑い掛ける。


「これにヤラれました。」と少年は少女を指差す。

少女は「あッ!」とした表情を浮かべたあと「チクんじゃねーわよ」と輝樹を睨む。

それを、すまし顔で無視して少年は続ける。


「何時までもガキなんで困ります。」


同級生なのに子供扱い。これにカチンと来た少女が噛み付いてきた

「なによ!あんたの方が年下のくせに!」


「年下、年下って、たったの2週間違いじゃないか。」


少女は、べろべろべ~と舌を出し

「2週間だって下は下でしょ。あたしは17才。あんたはまだ16才。この違いは大きいのよ!」


こんな事で喧嘩ができる。

ハッキリ云うなら2人ともガキである。


この二人の掛け合いにクスクスと雪音さんが笑い出す。


「はいはい。まずはお勉強しなさい。神楽舞の稽古は終わってからにしましょう。」


何か温かいものでも持ってくるわね。と言って彼女は奥へと消える。

気勢を削がれたのか、2人は黙りこむ。


「んじゃ、しょうがないから勉強教えてやるよ。どこが…って何やってんだよ!」

少年は絶叫する。少女が彼の目の前で着替えを始めたのだ。

下着姿になっている。


「何って、このあと神楽の稽古があるから巫女衣装に着替えてんじゃない。何かおかしい?」


おかしいよ!と少年は叫び、慌てて目を逸らす。

俺はもう高校生の男なんだぞ!男の目の前で着替えんなよ!と

後ろから衣擦れの音が響く。


「ねーホック外してよ。スポーツ用のに変えるんだから。」


目を逸らし顔を真っ赤にして輝樹が


「…もうお互いに高校生同士なんだからな。少しは恥じらい持てよ!」


ムーッとした顔をしていた千早だったが、ニカッーと笑うと

「ねえねえ、あんたってば、まさか興奮しちゃったの?」と聞いてくる。


「いいえ、全く全然。」と少年は強がりをいう。

「なんだと?こいつ。」女としての魅力を否定された千早が怒る。


そこに雪音が温かい甘酒を持ってやって来る。

「まだ、やってたんだ。」



落ち着きました。



ちゃぶ台に教科書とノートを広げ、脂汗を流しながら、それを見つめる千早。


「なんでこんなのが分からねーんだ?なあ17才さんよ?」


ココぞとばかりに反撃に出る少年。

千早はウルウルと涙目で輝樹を見つめるが、少年は全く容赦する様子などない。

彼女は「チッ」と舌打ちをする。


「ほれほれ、次はこっちのやつだ。キリキリ解け。サクサク解け。」

「お願い、もう許して。」千早は無条件降伏の文書へと署名することになった。


神楽の稽古が終わって家への帰り路。

本来なら輝樹が待つ必要はなかったのだが、待たされる羽目になった。


「あんたレディを夜道に一人で帰す気?」

少年は「誰がレディだ?」と言いかけたが踏み止まった。賢明な判断である。



サクサクサク。固まった道の雪を踏みしめながら自宅へと向かう。

空には雪雲が去り、輝く月と積もった純白の雪が夜道を明るく照らす。


「あんたは進路どうすんの?」千早が聞いてきた。

「東京の大学に行きたい。」少年はキッパリと語った。


「…別にいいじゃん。この村から通えるとこだって。」

口を尖らせ、不満気に少女は少年に文句を言う。


「俺にはやりたいことあるからな。」


どこか遠い目をして少年は云う。

そこには少年から青年へと変わりつつある片鱗がある。


少女は急に自分が置いて行かれるような寂しさを感じた。


「ねえ、キスとかしてみようか?」


少女は下を向いて歩きながら、大胆な提案をする。顔は真っ赤だ。

少年は急に立ち止まり、少女はその背中にぶつかる。


(や、やっぱり大胆すぎたからしら?…で、でももう言っちゃったし…)


そんなに千早に少年は声を掛ける。


「千早!逃げろ!」

「へっ?」


見ると少年と少女の前には、立ち上がった一匹の熊がいた。

ツキノワグマとは言え、冬眠に失敗した熊だ。間違いなく危険と言っていい。


だが、千早はムカムカしていた。

あんな勇気を出して云ったのに。それをこのクソ熊風情が邪魔をして。









熊にとっての惨劇の夜となった。

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