29話 完璧秘書
浅葱色。
玉藻の式神の最古参である。
二つ名は「完璧秘書」。
銀色たちの一世代上の式神たちの表現を借りるならば
「脚のついたNT専用モビルスーツ。」「人望あふれる義眼の軍務尚書」だそうだ。
特殊な説明どうもありがとう。
さて本日、社畜さんは出張である。
とてもとても重要なプレゼン。それも一人で。
責任重大。胃がキリキリと痛い。
中小企業はツライね。
東京駅に着くと、なぜか金髪と秘書が待っていた。
秘書は社畜に丁寧なお辞儀をする。傾斜角はピタリ45度。
腰に手を当てて玉藻は云う「重要なプレゼンらしいの?」
社内機密がどこからか確実に漏れている。
近いうちにダミー情報をバラ撒いて漏洩箇所を探る必要がある。
「本来ならば我も付いて行きたい。が、所用があって其れもならぬ。」
ビジネスにまで玉藻さんに付いてこられたのではたまらない。
不幸中の幸いである。
「そこで此の者を貸してやろう。」
玉藻さんが、指し示した人物。
長い黒髪をまとめ上げ、切れ長の眼、セクシーさを醸し出す泣き黒子
モデルのような体型をした有能感あふれる女性。
浅葱色だった。
以前に、会社に来て一騒動起こしたので良く知ってる…
貸してくれると言われても、こっちだって困る。
どこの世界に保護者同伴で出張に行くビジネスマンがいるのか?と
「私的な秘書だとでも思えば良い。」
はい、そうですか。と受け入れる訳にはいかない。
泊まりがけで行くのだ。
仮にも男女だ。間違いでも起こったらどうする?
「あるじ様、御安心下さい。間違いなど100%起こり得ません。」
浅葱はキッパリと断言する。
(そう言い切られると、それは其れで傷つくなあ…)
ちょっと凹んだ。
新幹線の時間が迫っている。
仕方ないので同行は許す。
だけど部屋は別々で、プレゼンの場には来ないことが条件だ。
「もともと、そのつもりでしたので。」
条件は、あっさりと受け入れられた。
「いってらー」と笑顔でハンカチを振る玉藻さん。
「どっこらしょ!」
席に座ると、隣りに座った浅葱さんが「どうぞ。」とオシボリを出してきた。
「ああ、こりゃどうも。」
折角なのでありがたく使わせて頂く。
使い終わって「ふぅ」と一息。
するとペットボトルのお茶が差し出される。俺の好きな無糖の紅茶。メーカーもどんぴしゃ。
これまた浅葱さんだった。
(…なんなの?この式神?)
「痒いところに手が届く」と云うか、藤吉郎か石田の佐吉かという気転の利かせっぷり。
てか、どこでリサーチしたのさ?
答えはせずに、ニッコリスマイルの浅葱さん。
そしてアタッシュケースから何か封書をやタブレットを取り出し
「こちらがプレゼン用の資料と配布用のサマリーとレジュメになります。」
俺がまとめたのより読みやすくて説得力溢れててわかりやすい…
やはり社内に何らかの情報収集ネットワークが築かれつつあるのを確信する。
更にタブレットを示しつつ
「そして、こちらが今回の参加者の各種資料。」
そこには参加者の写真、名前、経歴は言うに及ばず趣味、住所、連絡先、家族構成まで詳細に写しだされ
更には世間的に知られたら身の破滅に繋がるようなヤバいネタが証拠付きで…
怖え!怖いよ!この式神!
どこの政治家の秘書だよ!?
むしろ公安外事課とか陸幕別班のレベルじゃないですかー!やだもー!
「あるじ様、御安心を。もちろん最悪の手段ですわ。」
スマイル0円のような爽やかな表情で言わないで欲しい。
うちの仕事はトウキョウ・フーチじゃねえぞ。
で、結局は上手く行った。なんか悔しい。
そんで会場周辺にいたサングラス掛けた女の人達って誰?
宿はビジネスホテルを手配済みなのだが
彼女は俺の前を歩きながら(護衛のためだって。誰かに狙われてるの?俺。)
「あるじ様、部屋は既に掃除を済ませてあります。」
(…なんの掃除だよ?)とは怖くて聞けなかった。
外に食事に行くと、必ず毒味をする。
一緒に夕食を摂り、笑顔で俺に話しかけながらも、時おり周囲の人の動きに気を払い
右手のナイフは絶対に手放さいないんです。
こうなってくると、彼女が上着の前のボタンを止めていないのすら怪しく思えてくる。
あの豊かな盛り上がりの脇に、何かホルスターでも忍ばせているのでは?と
…知らなかった。
世の中で秘書と呼ばれる人たちって、こんな仕事してたんだね。
実に大変な仕事だ。
んなわけない。
色々と疲れたので部屋で寝ることにした。
もう夢の世界へと逃避しよう。そうしよう。
うつら、とした時のこと
部屋のドアが開き(鍵はシッカリ掛けた)浅葱さんが入ってきた。
今度はなんだろう?と思いつつ起き上がる。
「あるじ様お休みの所、申し訳ございません。」
そう云って、ペコリと謝罪する浅葱さんは、何故か頬を紅潮させ眼を潤ませていた。
「実は、はしたない女とお思いなられるかもしれませんが、お願いがございます。」
そう云いながら、彼女は俺のベッドの隣に座る。
なんですか?この状況。
「仕事柄でしょうか?どうしてもストレスが溜まってしまいます。」
そりゃストレスだって溜まるだろう。あんな過剰警備してりゃ。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」とは良く云ったもの。
「そこで、はしたないお願いなのです…。」
潤んだ流し目で俺を見る。
ゴクリ…ひょっとして、俺ってば大人の階段登っちゃうの?
彼女は、そっと持っていたタブレットを俺に手渡す。
「私の恥ずかしい小説読んで下さい!」
「………は?」
お前もかブルータス!思わず、そんなフレーズが頭に浮かぶ。
とは言え、編集に持ち込み原稿を初めて見て貰う様な眼で見られたら「イヤだ」とは言えないわ。
「じゃあ、拝見させていただきますねー。」もうヤケクソである。
雪音さんと同じ素人の投稿サイトだった。
…すごい小説だった。
徹頭徹尾、下品と下ネタのオンパレード。
ギリギリR15のラインに踏み止まっているのが救い。そんな小説だった。
読んでるこっちが赤面してくる。
感想欄を覗いてみれば、案の定炎上していた。
罵詈雑言しか書かれてない。
チラリと浅葱さんを見ると恍惚とした表情で荒い呼吸をしていた。
「ああ、こんなにも大勢の方が私のはしたない小説を…」
やめて。お願いだから。
てか「変態だーっ!!」と叫びたくなる。
「で、如何でしたでしょう?私の小説は?」と俺に感想を求めてくる。
「あまりストレスを溜めないように。」
そう云うのがやっとだった。