28話 男達の凱歌
「ごっちゃんです!」
俺の目の前には河童がいる。
頭には皿、背中には甲羅、手には胡瓜。
そして筋骨隆々とした大きな身体に相撲のまわし。
…両国あたりを歩いていそうな河童だ。
確かに河童は相撲が好きだと伝えられている。
だからってコレはねえだろが!
意表さえ突けばいいってもんじゃねえぞ!
可愛い女の子妖怪を期待した俺がバカだったのか…
いや、待てよ?
先日の小豆あらいにも可愛い娘がいた。
ということはこの関取にも可愛い女の子河童が…
「ごっちゃんです!」
ダメっぽい。
呼出しと太鼓と拍子木が聞こえてきそう。
てか、そんな事を考えている場合ではないのだ。
俺たちは、いま野犬の群れに囲まれている。
玉藻さんの法事とやらに拉致され
終わったあとに周辺を散策していたら、この河童と出会ったのだ。
川辺りに土俵があり、そこで四股を踏んでいた。
「何をバカな…」と思うだろうが事実なんだから仕方ない。
そこで驚いたりガッカリしてるうちに、山から降りてきた野犬の群れに囲まれたのだ。
最近思うんだけど、俺の「波」とやらは
面白半分とか、おふざけ感覚で変なの引き寄せているのではないか?と疑っている。
きっとお尻には先の尖った尻尾が生えているに違いない。
「ごっちゃんです!」
…なんだと!
河童が言うには「俺が血路を切り開くから、お前だけでも逃げろ!」と
関取は悲壮な覚悟を秘めた、つぶらな瞳で俺を見る。
「………」
「はッ!バカなこと抜かすな。」
足元に落ちていた折れた木の棒を拾い上げると、河童と背と背を合わせ互いの後方の死角を潰す。
そして俺は棒きれを正眼に構える。
「…逃げる時は一緒だ。」
河童はヤレヤレと首を振る。
「…ごっちゃんです。」
確かに、お前の云うように俺はバカかもしれない。
だが、背中を預けられれる相棒がいるのは悪くない気分だぜ!
どうやら関取も同じ気分らしく、チラリと俺の顔を見るとニヤリと笑った。
野犬たちはジリジリと包囲の輪を狭めてくる。
考えてみれば、野犬だって生きる為に必死なんだ。
人間の身勝手でペットにされ、飽きて山に捨てられた犬達。
これは彼等なりの復讐なのかもしれない。
群れの中で、ひときわ大きな個体が吠える。
片目に大きな傷跡がある。こいつが此の群れのボスだ。
すると一匹の野犬が跳びかかってきた。
棒を横薙ぎに払う。
かすりもしなかったが攻撃を逸らすことはできた。
続いて、今度は複数の犬達が唸りを上げて突っ込んでくる。
「どすこい!」
大地を揺るがす様な踏み込み。そして繰り出される河童の右手。
必殺の「河童張り手」が炸裂する。
爆発するような衝撃波が犬達を吹き飛ばす。
もう全部、河童一人でいいんじゃないかな?という気がしてきた。
野犬の群れに動揺が走り「…キューン」と逃げ腰になる。
ボスが叱咤するように吠える。
だが、手下の犬達は怯え、ボスの叱責にも従おうとはしない。
埒が明かないと見たのか、ボスが自ら進み出てきた。
それは一匹のトイプードルだった。
手下のポメラニアンやチワワが王者の登場に平伏すように道を開ける。
一群を率いる威風を漂わせる王は、遂に俺達と対峙する。
「…強い。」「…ごっちゃんです。」
俺と河童に緊張が走る。
片目一つしかないが強く鋭い眼光。
ボス犬から立ち昇るオーラは獅子の如き威圧感を感じさせる。
思わず後ずさりをしたくなる。
だが、ここで退くわけにはいかない。
活路は前に進む以外には無い。
歯を食いしばって、竦み上がりそうになる己の心に叱咤をする。
ボスはゆっくりと前進を始めた。
俺と河童は同時に構える。
俺達と決着を着けるべく彼は突撃を開始する。
河童は踏み込み張り手をかます!
衝撃波がボスを捉えたかに見えた。だが、そこに彼はもういない!
「上だ!」
宙高くへと跳躍したボスは眩い陽光の中に踊る。
その姿に野生の美しさを感じた。
鋭い牙が河童に迫る。
「南無三!」
俺は咄嗟に河童を庇う様に立つ。
それが彼の目測を誤らせたのか、攻撃は俺の棒を砕くだけに終わる。
俺達の背後に着地した彼は、すぐに振り向く。
犬であるにも関わらず、その表情は「ニヤリ」と笑ったように見えた。
そして彼は天に向って遠吠えを始めた。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオーン!!」
それに唱和するように俺と河童も雄叫びを上げる。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
2人と1匹のバトル・クライが山々へと響き渡った。
「…何があったのじゃ?」
玉藻はハンドルを握りながら助手席の俺に問いかけてくる。
「真の漢たちとの出会いがあった。」
何時になくキリッと真面目な表情で語る俺を不審に思ってか
「熱は無い様子じゃがのう?…」
彼女は俺の額に手を当て、訝しげに云う。
流れる車窓からの山の景色を眺めながら
俺は、本物の漢達との出会いと友情を噛みしめるのだった。