27話 玉藻 ビブリオ
玉藻は畳の上で寝そべりながら本を読む。
たまに足などパタパタさせながら行儀悪く読む。
読み終わった本は其処らへと放り出し、また次の本を読む。
片付けるのは、何時も式神の浅葱色だ。
式神達の中で玉藻と彼女との付き合いが最も長い。
頓着など一切せぬ主人と、文句も言わず黙々とそれを片す式。
ある意味いいコンビである。
遠い昔に、老いた禅僧から読み書きを習って以来、様々な本を読んできた。
…彼女の書見の行儀の悪さは、この師の影響もあるのかもしれない。
「威儀を正し厳つい面して読んで頭になぞ入るものか。楽に読むのじゃ。」
本の頁を捲りながら玉藻は大昔に逝った師を思い出す。
今となって思えば破天荒な人物であった。
玉藻がヒトではないと知っても平然としていた。
「だから何じゃ?弟子は弟子じゃ。カカカカッ!」
一度くらい化けて出ればいいものを。とは思うが、一度として出たこともない。
実の父母の顔を知らぬ玉藻にとっては慈父のような師だった。
あの頃の彼女は殺伐さと絶望感で満たされ、その海で溺れそうになっていた。
遠からず先代玉藻の様に成り果てるか
傾国の魔性として世に仇なす存在となるかの、際どいところであったように思える。
そんな時に、この飄々とした師と出会った。
「読み書きは教えてやる。書を読め、そして己の頭で考えよ。」
そんな事を云って、彼女に読み書きを教え書を与えた。
その分こき使われたがな…薪割り水汲み炊事に洗濯。
「見ての通り、我は爺じゃからな。若い者に任せるわ。」
玉藻より遥かに年下の老人はそう云って、面倒事を玉藻に押し付けると、本人は村の子供たちと遊んでいたのである。
おかげで玉藻も村の子供達と親しくなった。
ひょっとしたら、全てが計算尽くだったのかもしれない。
光陰矢のごとし、あっという間の20年だった。
享年80歳、当時としては大往生で、穏やかな死に顔だった。
この師が亡くなった時に、玉藻は愛おしい男が死んだ時以来の大泣きをした。
村の誰もが玉藻のごとく、この老僧の死を悼み哀しんだ。
墓など無用、野辺にでも埋めてくれ。
それが遺言だった。
遺言通りに野辺へと埋め、石を幾つか積んだ。
「余計なことよ」と笑うだろう、とは思ったが目印のつもりで積んだ。
今でも夏が来ると、玉藻はその場所へと参る。
花も手向けず、線香も上げるわけでもない。
ただ、師の眠る場所の前で本を一冊読んでくる。
それが玉藻なりの供養なのである。
そして今年も夏が巡ってきた。
書庫から本を無作為に一冊取り出すと、それを鞄へと仕舞う。
(今年は、彼の者も連れて行こうか?)
娘が男を連れて来たならば、どんな顔をするのやら?
今度こそ化けて出るやも知れぬな。
車のキーを指でクルクルと回しながら上機嫌で車庫へと向かう。
夏の空は眩い陽光に満たされていた。