26話 銀色ドロップ
肩をそびやかしてポケットに手を突っ込み
周囲をヤブ睨みしならが、おかしな歩き方をする長ランでボンタンの男。
顔には、まだ幼さの名残りある。
一見すると応援団かと思うが
実は昨今では珍しい古いタイプの不良である。
ただし、この男は人間ではない。
正確には、つい先日まで人間だった。
浮遊霊になったばかりのヤンキー。それが彼だ。
バイクに乗っていて飛び出した子犬を避けようとして事故死したのだ。
これだけ聞けば、ワルなんだか善良なんだか間抜けなんだか良くわからない。
根っこの部分では悪人ではないのだろう。
そんなヤンキーの頭上から警告の声が響く。
「退いてくださりませ!」
「んあっ?」と上を見る。
みるみるとイチゴ模様が迫ってきて、いきなり踏みつけられた。
そして彼の顔面を踏み台にすると、声の主は再び跳躍する。
「ごめんなさいでありまする!」
跳躍したイチゴ模様は、電柱の先端へと飛び乗り、そこから民家の屋根へと消えた。
「ゴルァァア!!!てめー霊体を踏みつけるたーどういう了見でぇ!タイマンすっか?コラ!」
霊体の顔面に足跡を付けながら、既に去ってしまったイチゴ模様に文句をつける。
「いや、お主は運が良いでござるよ?」
突然に横から声を掛けられる。見ると血まみれの侍が立っている。
「ひっ!」不良にあるまじき悲鳴をあげそうになる。
「貴殿は霊になってまだ日が浅いでござるな?」血まみれの男はそう聞いてきた。
ヤンキーはコクコクと頷く。霊体じゃなかったら漏らしていたかも知れない。
「拙者は山田虎右衛門。気さくに「トラえもん」と呼んでくれると嬉しいでござる。」
「トラえもん」と名乗った侍はサムズアップをし、ニカッと歯を光らせながら最高に良い笑顔を見せる。
…相変わらず、血塗れではある。
どうやら恐ろしい存在ではないらしい。
ヤンキーは「フーっ」と深呼吸?をすると立ち上がり
「あんた「トラさん」とか言ったな? あのイチゴ模様はナニモンだ?」
何か葛飾柴又の啖呵売のような呼び方で侍に訊ねる。
侍は呼び方に関しては、さして気にする風もなかったが
「イチゴ模様?」
問い返されたヤンキーは顔を真っ赤にして
「あ、あのガキのことだよ!」
と、はぐらかすように慌てて聞き直す。意外に純情な男である。
「ああ、あの娘御は心霊現象嫌いの主君の為に、悪霊退治を行っているらしいでござる。」
寅右衛門はウンウンと頷きながら続ける
「…近年なんと珍しい忠節忠義の者でござろうか?拙者は思わず感服つかまつった次第。」
そんな忠君美談などに興味のないヤンキーは
「…この辺を仕切ってる番格ってことか?」
いちいち言うことが古い。
「そんなら、あのガキをシメれば、俺がこの界隈で最強ってことだな!」
パシィッ!と手と手を打ち合わせてから拳を握る。
「ま、まあ女を殴る趣味なんてねーから、ちょっと脅かすだけどな。」
「拙者は止めておくべきだと思うでござる。…あの娘は滅法強いでござるよ?」
トラえもんは心配するように忠告する。
「この近辺の悪霊たちは、あの娘御とその仲間たちにヤラれて、這這の体で逃げ出す羽目になったでござる。」
ヤンキーは「ケッ!ダセエ奴らだな。」ペッと唾を吐く。
「喧嘩上等!夜露死苦!あのイチゴ模様をギャフン(死語)と言わしたるぜ!」
その機会はすぐに巡ってきた。
悪霊巡邏中に出ていた式神の銀色に出くわしたのだ。
彼女はヤンキーのことなど、まるで憶えていない様子で
「身に何か用事でありまするか?」
向き合ってみると、噂の式神とやらはガキもガキ。
くりくりとした大きな目をして黒髪を後ろで束ねて、白のワンピース。
中学生くらいに見える女の子だった。
「よお、会いたかったぜ!イチゴ模様。」
ヤンキーがそう発した途端に、銀色はピクリと固まった。
(ヤベェ…ビビらせちまったかな?)
喧嘩を売りに来といて、女の子を怯えさせる事を心配しているのである。
やはり、この男はお人好しと言わざる得ない。
「…った…のに」
銀色は下を向いて何かブツブツと呟いている
「は?何言ってんだかわかんねーよ!」
ヤンキーがそう尋ねた瞬間、銀色は顔を上げ眼に涙を浮かべて叫んだ。
「酷い!あるじ様にだって見せたことなかったのでありまするに!」
いや、お前が勝手に…
その後は、ほぼ一方的な展開だった。
彼は滅茶苦茶ボコられギャフン(死後)と言わされた。
大地に倒れ伏し霊体なのにボロボロになったヤンキー。
「………へっ!強えじゃねえか。嫌いじゃねえぜ!その強さ!」
「あの娘は、とっくに帰ったでござるよ?」
冷静にツッコミを入れるトラえもん氏。
いい台詞を吐いたのに、その相手は自分を無視して帰った。
……つまり単なる雑魚扱い。
これが彼のヤンキー魂に火を着けた。ヤラればヤラれる程に燃え上がる。
ひょっとしたら彼には被虐趣味でもあるのかもしれない。
街中で式神の銀色を見かけるたびに勝負を挑んだ。
何の工夫もせずに、ひたすらにバカ正直に正面からのタイマン勝負である。
そして、その都度にのされた。
そんな、ある晩にサラリーマン風の男と歩いている銀色を見かける。
あれが噂の御主君様とやらか?ヘロそうな男だった。
(…何だかわからないがムカつく!)
何かを話している様子だが、嬉しそうに頷いて最高に良い笑顔を見せる。
男がポンポンと頭を優しく叩くと、銀色は薄っすらと朱くなり下を向いてはにかむ。
ヤンキーは今晩も決闘を挑もうと考えてたが、動きをピタリと止める。
「…フン!今夜は勘弁してやらあ!命拾いしやがったな。」
立ち去ろうと振り返り歩き始める。…が
どうにもムカムカが収まらない。
一体このムカムカは何だ!
彼は銀色の後ろにひっそりと忍び寄る。
何時もならとっくに察知されて、裏拳の一つでも飛んできそうなものだが
あるじ様とやらの会話に夢中でヤンキーの接近にすら気が付かない。
それが余計にムカムカと胸のチクチクを誘発する。
そして銀色の背後に立つと
一気にワンピースのスカートを捲り上げる!
「き、きゃああああああああああああああああ!?」
銀色がスカートを押さえ悲鳴を上げる。
…もうやる事が小学生男子レベルである。
「おおっ!苺!」主君様は驚きとも喜びとも判別付き難い声を上げた。
「へへん!ザマアミロ!」
そう叫ぶとヤンキーは脱兎の如く夜の闇に駈け出した。
少しスッキリした。