盤上遊戯
居間に行くと雪音さんと玉藻さんが将棋を指していた。
珍しい事があるもんだな。と近づいて見ると将棋盤がデカイ。
あ、これは噂に聞く大々将棋か摩訶大々将棋か?
駒に「狛犬」とか「猫又」とか「鳳凰」とかあったりして、ちょっと和のファンタジー風味の将棋なんだよね。
と、思ったら駒数が無茶苦茶多い。
(むぅ、これは…)(何っ!?知っているのか夏樹!)
自分で自分にツッコミを入れつつ盤面に注目する。
もしや、まさか、これは伝説の摩訶不思議大局将棋か?
「塗壁」とか「雪女」とか「妖狐」とかまで出てくる別名「妖怪大々将棋」
遊び方が失伝されてたはずだけど、さすが悠久悠遠を生きる妖怪たちだ。
これは大発見かもしれない。
まさかこんな近しい妖怪たちが継承していたとは…
ちょっと興奮してきた。
沈思黙考していた雪音さんがパチリと駒を動かす。
一気に玉藻陣へと踊り入る。
まさに「大胆、大胆、常に大胆」フリードリヒ2世もかくやという打ち筋。
すると玉藻さんが何やら分厚い冊子の頁をめくりサイコロを取り出し
「戦力比5対1」
そして雪音さんが、サイコロを振る。出目は2。
玉藻さんは表の様なものを見て
「防退2。防御側は2マス退却。」
と告げ自分の駒を2マス自陣方向へと下げる。
あれ?摩訶不思議大局将棋ってこんな規則なの?
すると雪音さんが盤の脇に積まれたカードのデッキから1枚を引く。
カードを確認すると再び玉藻さんが冊子をめくり
「不確定事象2の4。別盤2を用意。」
箱から何やら迷宮図の様な物を取り出す。
………これは……摩訶不思議大局将棋ではないな。違うものだ。
その迷宮盤に「雪女」の駒を置く。
1マス進む事に、サイコロを振って何かを表の様な冊子でチェック。
「「小鬼」が現れた。「雪女」の先制攻撃。」
雪音さんがサイコロを振る。
「出目6。「小鬼」は倒された。「雪女」は経験値5を獲得した。」
将棋ですらねえ!
俺は手に持っていた雑誌を床にスパンッ!と叩き付ける。
ここで2人が俺の方に顔を向けた。
「騒々しいの。どうしたのじゃ?」
そんな事を言いながらパチリと自分の駒を動かす玉藻さん。
俺を見ていたが、指された駒を見て脂汗を流しながら長考に入る雪音さん。
玉藻さんだけが不思議そうな顔をして俺を見つめる。
だって…おかしいんだもん。その将棋っぽいゲーム。
「ああ、これか?」
と云って彼女は今まで遊んでいたゲームを指す。
「これは我の会社から出す予定の新作ボードゲームよ。」
……玉藻さんの会社?
彼女がお金持ちなのは知ってる。だがゲーム会社だったのか?
こんなもん売れるわけ無いじゃん。爆死しちゃうよ。
「連結決算での税金対策のための赤字企業ぞ。」
パナマか!?パナマなのか!?
最低だよ!税金払えよ日本の狐神!
玉藻さんは雪音さんが盤を睨んで身動き一つしないのを確認すると
ニマーリと悪い笑顔を浮かべて俺ににじり寄ってくる。
俺を挟み込むように肘掛けに両手をつき
「……そなた我の会社に来ぬか?」
鼻と鼻が触れ合いそうなまでに近づくと彼女はそんな事を言い出した。
顔に玉藻さんの甘い吐息を感じる。
「自宅警備部を作ってやる。主な業務は我と朝から晩まで共に過ごすこと。」
「もちろん社会保障完備で年休も年俸もたっぷり。5分単位で残業代もつけてやろう。賞与は年に4回。」
何という好条件。今時こんな会社なんてない。
「朝から晩まで睦みおうて暮らそうぞ。そなたが望むなら何でもしてやる。何でも許してやる。」
妖艶とすら云っていいほどの笑顔で俺に転職を迫る。
これは受けねば損…な筈だ。
が、会社の同僚上司たちの顔が頭をよぎる。
苦労して信頼を勝ち取った顧客の人たちの顔が浮かぶ。
「……ごめん。玉藻さん。」
しかし彼女は拒絶されたことを怒り出すことはなく
「やはり駄目であったか。」
やれやれと云った顔をした。
そなたは変なところで頑固じゃからな。と笑みを浮かべる。
「………いっそ、そなたの会社ごと買収してしまおうか?」
今なにかトンでもないこと呟いたね?
パチリと背後から駒を打つ響きがする。
「近づいて2人でナニしてるんです?」
……今頃気づいたのか雪音さん。
ニッと眼を細めて雪音さんへと頭だけ振り返る。
目の前には玉藻さんの大きな胸の影。
「このゲームについて説明しておったところじゃ。」
玉藻は雪音の前まで戻ると
盤面をしばし眺めて、パチリと一手を指す。
それだけで雪女は、再び長考の世界へと埋没していく。
「こんな物、誰が作ったの?」
「我の式神の一人じゃ。朱鷺色と云うての。様々なゲームの良い部分を取り込んでみたそうな。」
それ一番ダメなデザイン方法だ。
思いついたアイディアを際限なく取り込んでいくと、怪物という名のゲームが出来上がる。
駒数2000枚で八畳間一杯使って1000時間掛かるようなトンでも作品。
「来年のオリジン賞を狙う。とか云うておったわ。」
「無茶言うなあ。」
「ま、受注生産が精々といった所かの?」
やっぱり出すんだ。お蔵入りとか考えてないみたい。
後日、雪音さんが「念願のアレを手に入れたぞ。」のポーズで
あのモンスター将棋もどきゲームの箱を持っていた。
注文してたんだ。あれ……
注意:摩訶不思議大局将棋こと「妖怪大々将棋」は摩訶大々将棋と大局将棋を参考に
作者がでっち上げた架空の将棋です。いちおう念のため
なお、駒数2000枚で八畳間一杯使って1000時間掛かるようなトンでもゲームは実在します。