2話 式神讃歌
引っ越しとは言っても荷物はすでに梱包済みで
レンタルしてきたトラックに積んで運ぶだけだった。
さすがに大学時代から住んでいただけあって
かなりの不用品が出たが、それらはこの期に処分することにした。
実際の引越し作業は
これらの運び込みと梱包を解く作業。
ウンザリするほど広い屋敷の
庭の草むしりといったところがメインになるだろう。
屋敷に着くと
式神たちや雪音さんが分担現場へと散っていく。
何時の間にか玉藻さんが居なくなっている。
ちっ!面倒事から逃げたな。
テキパキ テキパキと女達は動き働く。
とくに式神たちは
(こんな子供がどうやって?)と思うような怪力で荷物を片していく。
これならすぐに終わるな。
それは俺が自分の書斎になる部屋で荷物を整理し
パソコンをネットへと繋ぐ作業をやっている時の事だった。
「ところで、あるじ様」
荷物を片してした式神の一人が
俺のところにトテトテと走ってきて尋ねる。
(えーと・・・誰だ?この娘は?)
「鈍色にございまする。あるじ様」
みんな同じ格好でわかんないんだよねー
せめて、その狐面取ってくんないかな?
「うん、なんだい?」
「あい。この『むちむちぷりぷり若妻の悶え』はどこに片せば良いのでございまするか?」
「ギャー!!!」
それは、俺が雪音さんの眼を盗んで
荷物の中へと、こっそりと忍ばせたエロいDVDであった。
俺の叫びを聞きつけたのか
雪音さんと銀色が飛んでくる。
「如何なさいましたか?」なされましたるか?」
説明なんて出来るわけがない!
「あい。身が、この『むちむちぷりぷり若妻の悶え』を
何処へ収納するのか?と、あるじ様にお聞きしましたところ
急に、あるじ様が奇声を発されたのでありまする」
ヤメテ!にびちゃん!あるじ様恥ずかしくて死んじゃう!
すると、その説明を聞いた銀色が
「鈍色は愚か者でありまする!」と声を荒げた。
「あるじ様とて男の人でございまする!
このような女人の裸体が出てくる
DVDの百枚や二百枚隠しておきたいに決まっておりまする!」
(いや、100枚200枚ねーから。マジで)
「あるじ様は、この『むちむちぷりぷり若妻の悶え』を隠しておきたかったでございまするか?」
「当たり前でございまする!
あるじ様は『むちむちぷりぷり若妻の悶え』を隠しておきたかったに決っているにございまする!」
お前ら、お願いですからタイトル連呼するのをヤメて下さい。
雪音さんがヒョイと鈍色の手からDVDを取り上げ
パッケージをジッと見る。
次の瞬間、DVDは氷結し砕け散り床へ破片が落下していく。
(嗚呼!俺の『むちむちぷりぷり若妻の悶え』が!)
ギンッ!とした眼で俺を見る。
まさに「雪女」の本領の冷たい瞳です。
「………大きな胸の女性でしたね。」
(怒りのポイントそこでしたかー!?)
「ご、ゴメンさい。。。」
謝る。謝る。このような時は男はとにかく謝る。
たとえ理不尽だと思っても謝る。
俺はそれを父と母から学んだ。
ふと足元を見ると、鈍色と銀色は抱き合ってガクガクブルブルと震えていた。
この惨劇から小一時間ほど後
「大変でございまする!」
「大変でございまする!」
大慌てで式神の2人が走ってきた。
「今度はなんだ?。俺の秘蔵の本が見つかったのか?」
投げやりな気分で、そんな事を聞く。かなりササクレた気分だった。
おそらく、この2人は天色と朱色なんだろう。
「違いまする!」
「二階の奥の部屋の納戸に悪霊が居りましたでございまする!」
「なんだって!」
思わず絶叫する。
いわく付きって、これのことか・・・
俺マジで、ホラーとかの類が苦手なんですけどね。
「仕方ないな。ちょっと雪音さんに何とかしてもらおう。」
情けないとは思うが、人間の俺にどうこう出来る話じゃない。
餅は餅屋。悪霊には雪女。
「主上さまは身どもの主神でございまする!」
「あるじ様は主上の想われ人ならば、身どもにとっては主上と同じでございまする
身どもの牙で、あるじ様を守り参らせまする!!」
「「がおー」」
天色と朱色は大きく口を開き、その可愛らしい犬歯をみせる。
「ガブリと噛めば痛いでございまするよ?」
(悪霊に物理的攻撃って効くのかなー……?)
可愛らしい式神たちにイマイチ不安になる。
そのまま勇んで悪霊のところへ突撃しようとするのを押しとどめ
雪音さんと他の式神たちを呼び集め
悪霊退治の為の臨時部隊を編成することになった。
「身どもだけでも充分なのでありまする。」
銀色が、そう主張する。
「いやダメだ。」
俺は、その意見を却下して「なぜダメなのか?」の理由を説明する。
「敵戦力を過小評価しての、戦力の逐次投入は兵法でも固く戒めている。
手持ちの全戦力の集中投入による悪霊の殲滅戦を狙う。」
全員がポカーンと俺に注目する。
「まずは雪女の雪音さんには、後方からの攻防両用の支援を担当してもらう。OK?」
「お、OK」
「まずは雪音さんによる攻勢前準備攻撃。」
床に引いた画用紙の上に各自の役割と攻勢シークエンスを書き込んでいく。
「効果観測の後、続いて銀色たち式神は悪霊に突撃。」
「圧倒的な数の優位による有近接格闘戦を仕掛け悪霊…これを殲滅する。OK?」
「了解なのでありまする!」
「雪音さんは、式神たちが突撃以後は彼女たちの防御支援に専念。」
「場合によっては、式神勢の後衛退却戦闘の防御支援。悪霊に頭をあげさせるな。」
「は、はい。」
「では、現時刻をもって悪霊殲滅作戦を開始する!」
「すごい!流石あるじ様!」
式神たち全員が尊敬の眼差しで俺を見る。
雪音さんまでもがウットリとした表情で俺を見つめている。
「やれやれ、そんな大した事は言ってないんだがなー」
俺は「フッ」と息を吐いて髪をかき上げる。
……大ウソです。
ゲームとかで散々とヤラかして痛い目にあって
こんな事を身体に覚えこむハメになったんです。
……経験が生きたな。
ちなみに退治には俺も同行する。
流石に女の子たちだけに行かせて、自分だけ応接間でガタガタ震えているのは
みっともないし男として恥ずかしいと感じたからだ。
(イザとなったら、雪音さんや式神たちを逃がす肉の盾になろう……)
その最悪の展開以外時の、俺の主な役割は後ろから皆の応援をすること。
「みんなガンバレ!」だけ叫ぶ簡単なお仕事である。
戦闘を前に式神たちの士気は上がり
口々に自らを鼓舞する言葉を紡ぐ。
「主さまに仇なす輩は我等の敵でございまする!」
「この屋敷に住み着くどころか近辺を彷徨くのも嫌だと考えるようになるまで
霊体に教育えてやるのでございまする!」
銀色が叫ぶ。
「者ども讃歌の鬨を上げるでありまする!」
それに式神たち全員が唱する。
「主上の敵は 我等の敵!
我等は牙 我等は拳 敵を噛み砕き 敵を打ち砕く
主上の敵は 我等の敵
我等は刃 我等は顎 敵を貫き 敵を喰い千切る
我等の求める対価は ただただ主上の一撫の愛撫
我等はただ一度の対価で
血と炎に噎せ返る地獄を創る
我等はただ一度の対価で
煉獄を創り出す!」
「えいえいおーでありまする!」
「なんだ?その物騒な物言いは?」
銀色がニカッと、ものすごい良い笑顔で応える。
「式神讃歌にございます。あるじ様!」
結論から述べよう。悪霊はあっさりと退治された。
いささか拍子抜けする程に呆気なかった。
悪霊は我々に対して敵意をむき出しにしてきた。
(ココハワガ ヤシキダ イネ ニンゲンドモ)
そして彼は霊体を無数に伸ばし攻撃してきた。
が、その攻撃は雪音さんの創り出した巨大な雪の結晶の防壁によって砕かれた。
まさに女神の盾である。
「おお!なんとかフィールドみたいで格好いいな!」
続いて雪音さんの亡霊すらも氷結させる雪女の遠距離攻撃は
悪霊の動きを完全に封じ込めてしまった。
その好機につけ込むように、5人の式神たちは悪霊へと一斉に飛びかかり
霊体を引っ掴んで、その場に引き倒した。
後は、もう一方的な展開だった。
(考えてみれば、この子たちも人間じゃなかったんだよなー)
殴るわ、蹴るわ、引っ掻くわ、噛みつくわ。
悪霊は男の霊だったらしく
股間に蹴りを入れられた時は悶絶していた。
思わず俺もキューっとなって股間を押さえるほどで
その時ばかりだけは悪霊に心底同情の念を禁じ得なかった。
「今日は、このくらいで勘弁してやるのでありまする!」
銀色は手をパンパンと払いながら、そんな事を抜かす始末。
ボロボロになった悪霊は「あ、あんまりよー!!」と泣きながら屋敷から出て行った。
……ここまでワンサイドな展開だと、何か罪悪感すら感じてしまった。
いじめダメ絶対!
かくして昼過ぎには引っ越し作業は無事に終了し
その後の、少し遅目の昼食には、雪音さん特製のいなり寿司が振る舞われたのだ。
狐神の式神の少女たちは、ガツガツと一心不乱に競い合って食べていた。