月の光
夜、居間に行くと雪音さんがソファーに座り目を閉じて音楽を聞いていた。
屋敷の倉庫にあった古い古いレコードとプレイヤー。
時折ジッ。ジッとレコードの雑音が入る。
だが、それが曲に得も言えぬ味わいを与えるアクセントになる。
……優しいピアノの音色だな。
俺も雪音さんの隣にソッと座ると音楽に聞き入る。
雪音さんは片目を薄っすらと開けて俺を確認すると静かに微笑む。
………なんか良い雰囲気。
しばし二人寄り添ってピアノの優しい音色を楽しむ。
…あ、終わっちゃった。
レコードから針が離れゆっくり、ゆっくりと回転が止まる。
「……この屋敷の前の住人はクラシックのピアノ曲が好きだったみたいですね。」
雪音さんがレコードをジャケットに仕舞いながら俺に呟く。
「……ドビュッシーの「月の光」だったな。」
意外な声が階段から聞こえてきた。
座敷わらしの童女だった。
「そうですね。」
雪音さんがジャケットを確認して童女に微笑む。
意外と云えば意外。童女ってこんなの聞くイメージじゃないから。
「実はクラシックの視聴が趣味とか?」と尋ねる。
「んなわけねーだろ。」
プイッとそっぽを向く。だが、すぐに向き直り雪音さんへ
「……わりーけどさ。もう一回掛けてくんないかな?その曲。」
どこか照れくさそうな、それでいて寂しそうな顔をする。
「はい。」
雪音さんはレコードをプレイヤーに載せ再び針を乗せる。
ジ、ジ、ジと針がレコード盤を走る音がしてピアノの演奏が始まる。
童女はソファ-までやって来ると肘掛に頭を載せるように座りジッと聴いていた。
演奏が半ばを過ぎた事になると、童女はポロポロと涙をこぼし始めた。
「………ばあちゃん。」と小さく呟く。
俺と雪音さんは顔を見合わせた。
事情を聞こうかと思い声を掛けようとすると
雪音さんが俺の袖を引き、振り向くと彼女は静かに静かに頭を振った。
そして口に指を当てて「しーっ」と小さく言ってから微笑む。
窓から差し込む月の灯りに照らされた部屋に
優しい優しいピアノの音色が響く静かな静かな夜だった。