一角獣協会
誘拐というのは、もっと過酷な目に遭うモノだと考えていた。
現在は畳の上で寛ぎ、茶と茶菓子まで出ている。
「縛ったりとかしないんですか?。」
帽子の男と大男と小男の三人が、俺の言葉に顔を見合わせる。
「なぜ?」
…だって普通はそういうモノじゃあるまいか?
「何か…その…そういった特殊な性癖の持ち主なのかね?。」
なぜか全員が嫌そうな顔をしていた。
「そんな訳ではないけど…お約束として。」
誘拐された人質が茶菓で饗されるなど聞いたことがない。
「ちなみに縛るとすると、我々しかいないわけだが…良いのかね?」
「男には縛られたくないかな?」ちょっとヤナ感じだよね。
「その件に関しては謝罪する。何しろ我々の同志には女性の妖怪が居なくてね。」
そういう意味じゃない。…いや待てよ。そういう意味なのか?。
しばし己の心の闇と向き合ってみる。
男でも女でも「嫌だ」という結論が出た。良かった。
「あの雪姫にやられている様には出来ないと思うが…努力はしてみよう。」
雪音さんまで誤解された!
「ところで貴方たちは?一体何者です?なぜ俺を?」
やっぱり妖怪なんだろうな。何が目的だろう?
「我々は一角獣協会
妖怪の人倫団体とでも思って頂ければ結構。」
彼はそう言ってテンガロンハットを脱ぐ。
そこから現れたのは一本の角。いわゆる「鬼」だった。
「私の名前は「温羅」と云う。」
「そして、こちらの大きい方が「狒々(ひひ)神」。こちらの小さい方が「油すまし」だ。」
二柱の妖怪は俺にペコリと頭を下げる。
思わず俺も頭を下げた後、懐から名刺入れを取り出しそうになった。
「ここに招待したのは他でもない。君の「波」の件だ。」
俺はとっさに尻を押さえる。
「………そっちの「ケ」も無いので安心して欲しい。」
我々は人の世の闇に棲まい、人と共に生きる存在の妖怪だ。
ある意味に於いては妖怪とは人間社会の影法師でもあるのだよ。
妖怪たちの間に於いても、ヒトと同じように格差が広がっている。
富める妖怪たちは更に富み栄え
一方において底辺的な生き方を強要される妖怪ですらいる有様だ。
(瞬間、高笑いをする玉藻さんの顔が俺の頭をよぎった。)
更に昨今では妖怪としての尊厳を忘れ
日々を一時の享楽に溺れ刹那的に生きる妖怪が増えてきてもいる。
温羅は俺をズビシッ!と指差し。
「そこで君の「波」なのだよ!」
「転落し堕落した妖怪たちを、君のそのホンワカした「波」で更生させて欲しいのだ!」
…一介の社畜に無茶言うなぁ。
てか、コイツラまだ何か他に隠してることがあるような気がする。
「君は「垢舐め」という妖怪を知っているかね?」
有名ですから知ってます。
「お風呂とかの垢を舐めに来る妖怪ですよね。で「垢舐め」が何か?」
………彼女は特殊なお店で働くお姉さんになっていたのだ!
「 なん…だと…」
バンバン!と温羅は何かの情報誌でテーブルを叩いた。
わかるかね?無論、こんな悲劇を当協会としては座視する訳にはいかない。
私は彼女の説得に赴いたのだ。だが……
「わー、お兄さんも妖怪なんだー。こういうトコ来るの始めてー?」と言われた時の哀しみ
「うふふ、かーわいー」と言われた時の屈辱感
「んー?妖怪の尊厳?でも垢も舐められるしお金も貰えるからー」と言われた時の空しさ
説得が失敗に終わった後の「また指名してねー」と名刺渡された時の虚しさときたら…
「ちょっと待て」
あんた単に遊びに行っただけじゃねえか!
「…説得だ。」
こっちを向け。目を逸らすな。
「ちなみに「垢舐め」は童顔巨乳のお姉さんだった。」
「説得に行くから、どこのお店か教えなさい。」
その時、一角獣協会のドアがぶち破られ、誰かがこのアジトへと飛び込んできたのだった。