お出かけ
ホッホと雪をかく
誰かが南関東には雪は降らないと云っていた。
でも降る時はドカ雪なんだ。
夏だけどな。
庭はもはや一面の雪景色。
局地的な大雪警報が出されるレベルである。
とにかく寒い。
今は舌をヤケドするほど熱い珈琲が飲みたい!
近所の子供達が庭に入り込んで雪だるま作ってる。
まあ、いいか。
…何とかする必要があるよな-。
「雪音さん。ちょっとだけいい?
どっかに出かけない?2人で。」
気分転換にデートへと誘ってみる。
「どこへ?」
雪音さんが、いたずらっぽく聞いてくる。
急遽デートコース策定のための脳内討議が行われ
あれもそれもという要望と願望がスケジュールに書き込まれ
立案されたデートプランは緻密かつタイトな列車の時刻表を思わせる分秒刻みで作成されており
焦点は、このスケジュールのどこに「お花摘みタイム」をねじ込むか?であった。
「美人はトイレ行かないよ」派と
「美人だってトイレ行くよ?」派の激しい激論が交わされた。
状況を変えたのは脳内の皆が疲労感と徒労感を覚えつつあった時に
誰かが発した一言だった。
「オーソドックスじゃ駄目なのか?」
この天啓とも思える一言によってゴミ箱へと破棄投棄された
秘匿作戦名称「雪の場合」の一号計画書が
再び陽の目を見ることになったのである。
それには、こう書かれていた。
「映画、飯、帰る。」
皆がその単純明快にして直截簡明なプランに感動を覚えた瞬間でもあった。
かのユリウス・カエサルの「Veni vidi vici」(来た、見た、勝った)にも匹敵する名文であかのように思えた。
「映画見て、ご飯食べてこよう。」
うーん。と考えてから提案する
「それと家から一緒に行くんじゃなくて、どこかで待ち合わせしてデートっぽく。」
雪音はクスクスと笑う。
「一緒に住んでるのに。へんなの。」
「それがデートというものです。」
エッヘンと胸を張って云う。多分そうだ。
自分から誘ってデートとかしたこと無いからわからんけど。
「じゃあ十時に駅前で。」
待ち合わせ場所には三十分前に着く。
女性を待たせちゃいかんよな。男として。
「待った?」背後から声が掛かる。
そこに居たのは。。。
白いワンピース姿に雪の結晶の髪留め。
ピアスではない小さな雪のイヤリング(これ大事。試験に出ます。)
そして首には白いリボン地のチョーカー!
ナマ足眩しいサンダル姿の雪音さんだった。
着物姿で来るのかと思っていたから、これは新鮮な衝撃だった。
神様ありがとう!
俺は今、猛烈に感動してる。
今まで何度バカップルたちを見ては
disって来たことか
……だが、しかし今「俺が!俺達が!バカップルだ!」
俺が天を向いて感動の涙を堪えているのが不審に思えたのか
クルリと回って自分を確かめ
「どこかヘンでした?」と尋ねてくる。
「いいえ、ちっとも!」と拳を握りしめ首を振って否定する。
俺のために、こんなおめかししてくれたのか。と思うと緊張してきた。
「じゃあ行きましょうか。」
と歩き始めたが、右手と右足が同時に出た。
映画は恋愛映画だった。
最初から最後まで寝ずに見ていたはずだが、内容を全く憶えていない。
本音は隣でやってた怪獣とロボットが戦うアクション映画のほうが良かった。
でもダメ。それはダメ。
デートと言うのは、こういう苦行にも耐えなければいけないのだ。
映画の後の食事で雪音さんが
「あの時のヒロインと主人公の会話に感動しちゃった。」という話に
「そうだねー」と適当に相槌を打っていたのはココだけの秘密だ。
で、ちょっとお店など冷やかしながらの帰り道。
(そろそろ来るな。)と考えつつ周囲に注意を払う。
ここまで順調だった。このまま終わるはずがない。
今までのパターンから考えると、何かしらのトラブルに巻き込まれる筈だった。
気がついたら連込宿街に迷い込んでいた。
(……そう来やがったか)
諦観を抱きつつ、右から来るか?左から来るか?と警戒する。
いきなり手を握られた。雪音さんだった。
顔を下にむけて恥ずかしげに手をキュッと握ってくる。
(あれ?何か勘違いしてる?)
改めて周囲を見渡してみれば仲睦まじげな男女が大勢歩いている。
(しまった!誘いこんだと思われた!)
「ごめんね。ちょっと迷ったみたい。ハハハ」
見苦しい言い訳をする。まさか騒動警戒してました。なんて言えるわけがない。
だがスッと彼女は俺の肩に頭を預けてくる。
(こ、これは、ましゃか!)
「………ちょっと休む?」聞くとコクリと無言で頷く。
その時だった。
ポロンポロンとギターを爪弾く音色がどこからともなく聞こえると同時に
「ちょっと待ちな。生き急ぐ若者たちよ。」と後ろから男に声を掛けられた。
その声に俺は(畜生!良いとこだったのに!)と思うと同時に(あー、やっぱり来た騒動)と安堵する思いがあった。