災難が依り憑きました。
※本作は東方project二次創作作品です。
※独自設定を含みますが、それらは貴方の中の幻想郷を否定するものではありません。ご注意下さい。
※キャラ崩壊を含みます。ご注意下さい。
※四月一日は依姫の日です。
『月の裏側には、都が存在する』
この話を真実と捉える人は、酷く少ないだろう。
地球上の六分の一の重力では、その身に大気の衣を纏う事が出来ない。生物の生存に必要な酸素が存在しないのは当然の事、更には生物に有害な宇宙線、精密機器に有害な太陽風を防ぐ事すら出来ない。保温性もなく、昼は100℃以上となる表面温度も、夜になれば−200℃を下回る。
地球では大気による断熱圧縮の熱で燃え尽きる程度の隕石が、何一つ妨害を受ける事なく地表に到達する。常に頭上からの脅威に晒されては、建物の一つも迂闊に建てる事が出来ない。
結果そこに広がるものは、あらゆる生命体の生存を許さぬ過酷な環境と、荒涼とした砂の大地のみ。それら事実を知る者に『都』の存在を声高に訴えても、一笑に付されて終わりである。都など、あるはずがないのだ。
そう――常識の表側の月では。
常識の裏側――幻想の結界の内部は、そうではない。
そこには、大気が存在する。土が、山が、川が、海が、植物が、生物が、建物
が、科学が、文化が、活気が、――都が、確かに存在する。
彼の地に住まうは、偉大なる神々と高貴なる月の民、そして玉兎達。寿命と言う概念さえ超越した天地にて、彼等は悠久の時を生きている。
この物語は、穢れ無き都の守護者にして、八百万の神の声を聞く巫女――
「何なんですか貴方達はーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
――綿月依姫の受難を描いた、割と穢れた物語である。
「うるさいわねぇ、依姫。どうしたのよ?」
そう言って依姫の部屋にひょっこりと顔を出したのは、姉の綿月豊姫である。
「ああ、お姉様。見て下さい!」
入り口の姉に目を向けながら、依姫は部屋のあちこちを見渡している二人の人物を指す。
一人は和服に身を包み、前髪をぱつんと切り揃えた十代前半と思しき少女。興味深げに調度類を眺めながら、手にした筆をメモ帳に踊らせている。
もう一人は黒髪のショートヘアに頭襟を乗せた少女。遠慮会釈なく部屋内を物色しながら、手にしたカメラのシャターを切っている。
当然の事ながら、依姫の知らない人物であった。が、賊と言うには堂々とし過ぎている。油断なく腰の刀に手を掛けながら、先ずは様子を探るべく依姫は侵入者へと声を張った。
「何者ですかっ! 怪しい動きをすれば、容赦はしませんよ!」
「ああ、わざわざありがとうございます。では、紅茶でお願いしますね」
「致命的なまでに噛み合わない答えが返って来た!?」
「ほっほう。表は簡素で実務的、しかして一度布団を捲ると可愛いクマさんがお出迎え、ですか」
「私のクーちゃんを勝手にフィルムに収めないで下さい!?」
「うーん、ベッドの下ではない……。となると、本棚の裏側か、それともタンスの普段使わない服を入れている棚の奥か……」
「そして何便乗して部屋を漁ってるんですかお姉様!? そしてナニを探してるんですかお姉様!?」
「紅茶お待たせしました〜。ごゆっくりどうぞ〜」
「ご苦労様ですレイセン!? その異様に早い仕事ぶりを普段から発揮してくれれば、こんなに嬉しい事はないのですが!!」
依姫の絶叫を聞き流しながら、和服の少女は「では、早速……」と、上品にカップに口を付けるのであった。
「……それで結局、貴方達は何者なのですか?」
取りあえず二人をソファに座らせ、依姫は尋ねる。最も彼女には二人が『何者』であるのか、ある程度の察しが付いている。
その身から薄っすらと感じる『穢れ』。月の都に、ほぼ存在しないはずのそれを纏わせた存在。つまりは間違いなく、
「貴方達は地上の者ですね。何故、月の都に? 誰の許可を得て、ここに居るのですか?」
眉根を寄せながら依姫は問い質した。詳細は省くが、穢れとは寿命を呼び込む存在だ。月の都にあってはならない存在なのである。それを纏う地上の民も、だ。
無論、多少であれば問題ない。実際に豊姫は、興味本位で数年程地上の人間を匿った事があるし、依姫自身、地上の巫女を一月程滞在させた事がある。その程度、川に数滴インクを垂らすようなものだ。それで月の都がどうにかなる訳でもない。
かと言って、気安く許しても良い事ではない。依姫が硬い声になるのも、無理ならざる事であった。
「許可でしたら、先程サグメさんと言う方から。あ、これがその時に頂いた許可証です」
「サグメ様ぁーーーーーーーーーーーーっ!?」
気安く許した相手が、まさかの月の賢者。達筆で『よろしくね、依っちゃん』と書かれた紙を眼前に突き付けられ、依姫の喉から絶叫がほとばしるのであった。
「申し遅れました。私は稗田阿求。そしてこちらが――」
阿求と名乗った少女が、カメラを手にした少女を指し、
「どうもー、私は射命丸文と申します。烏天狗の新聞記者やってます。本日はよろしくお願い致しますね」
文と名乗った少女が名刺を差し出した。『社会派ルポライターあや』と書かれたそれを手元に引き寄せながら、依姫は尋ねる。
「……ええと、阿求さんに文さん、ですか。本日は何用で?」
「桃でも食べに来たの? はいどうぞ」
「お姉様は黙ってて下さい。あと、客人に食べ掛けを渡さないで下さい」
隣に座る豊姫が手にした桃を差し出すのを、たしなめる依姫。二人の姿を眺めながら、阿求は口を開いた。
「はい。本日は依姫さんに豊姫さん、お二方の取材に参りました」
「……取材?」
首を傾げる依姫に、阿求は一冊の本を取り出し、中身を開いた。様々な妖怪の情報が収められた本をパラパラと捲りながら、
「これは、我が稗田家が編纂している『幻想郷縁起』です。この度、月の都関連の内容を充実させようと思い立ちまして。依姫さん、博麗霊夢さんはご存知です
か?」
「霊夢? ええ、覚えています」
博麗霊夢。幻想郷は博麗神社の巫女であり、前述した『月の都に滞在させた地上の巫女』とは、彼女の事である。
「霊夢さん達は以前、月の都に行った事があると聞きまして、霊夢さんに月の様子を訪ねていたんです。ちょうどその時に紫さんと言う方が、霊夢さんの袴の中から現れましてですね」
「待って自然におかしな状況が混ざっています」
「ああ、その時の霊夢さんは白でした」
「別にそう言う事を知りたくて口を挟んだ訳じゃなくてですね」
「猛り狂う霊夢さんの弾幕を掻い潜りながら、紫さんが『何でしたら、私の能力で月まで連れて行って差し上げますわ』と仰って下さいまして」
「あのスキマ妖怪……」
胡散臭いあの笑顔を脳裏に描き、依姫は溜め息を吐いた。空間を自在に行き来可能な能力を持つ彼女は、月の都においてもその名が知られている。厄介と言う意味で。
「ふーん、なるほどー。要するに紫に連れて来て貰って、わざわざ月まで桃を食べに来たって訳ねー」
「お姉様、話聞いてましたか」
モグモグと口を動かしながら要約する豊姫に、依姫は呆れながら言った。そこ
に、文が口を挟んで来る。
「私もその時、阿求さんと一緒に居ましてですね。残念ながら、霊夢さんの白の決定的写真はフィルムごと消滅させられてしまいましたが」
「だから、そんな事は聞いてません」
「お二人の事も、その時に伺いましたよ。例えば、豊姫さん」
「何々? 霊夢は私の事何て紹介してた?」
文に言及された豊姫は、身を乗り出して続きを促した。
「霊夢さんによると、豊姫さんは桃が大好きな方で、いつも桃を食べていたとの事です」
「その通りです。全くお姉様、桃の食べ過ぎは控えるようにとあれ程……」
「もー、依姫うるさーい」
「更に霊夢さんは、桃があれだけ好きなんだからきっと桃尻に違いない、とも」
「安直過ぎる推測!? 霊夢、もっと見るべきところはあるはずよ!?」
「あらやだ霊夢ったら。目聡いんだから」
「そして正解ですよ霊夢!? 確かに一緒にお風呂に入った時に、お姉様のお尻は見事な安産型だと何言わせてるんですかーーーーーーっ!?」
「依姫さんには自爆癖がある、と。メモメモ」
顔を真っ赤にして叫ぶ依姫を尻目に、阿求は滑らかに筆を走らせるのであった。
「そして依姫さん。貴方は霊夢さんによると、目が三つ、ポニーテールが一本あって、恐らくは脊柱動物の一種だろうとの事」
「一体私の何を見てたんですか以前に、初手から重大過ぎる誤情報が入ってますよ霊夢!?」
「更には、夜寝る前にポン吉と名付けた狐のぬいぐるみに、モフモフしながら話し掛けている、とも」
「事実無根ですよ!? 第一、ポン吉君は狸ですしそれはミイちゃん事実無根ですからねーーーーーーっ!?」
「依姫さんは意外と乙女チックである、と。メモメモ」
依姫の叫びが部屋中に響くのを尻目に、阿求は力強く筆を刻むであった。
取材は恙無く行われた。
内容は他愛のないものから、普段の仕事内容まで様々であった。
当然、月の防衛に差し障るような事は秘密だ。答えたのは、あくまでも地上の者に知られても構わないような範囲内である。
「……なるほどなるほど。良く分かりました、ありがとうございます」
一通りの質問を終えた阿求と文が頭を下げる。依姫はティーカップを持ち上げ、口を付けた。すっかり温くなってしまった紅茶ではあるが、疲れた喉を癒やすには十分であった。
「それでですね、次は写真撮影をお願いしたいのですが……」
文の言葉に、依姫は首を傾げた。
「写真って、先程から(勝手に)撮っていたじゃないですか。あれでは不十分なのですか?」
「いえ、不十分と言う訳ではないのですが、出来ればこちらから注文を出しての撮影を行いたいと思いまして」
「ああ、そう言う事ですか」
要するに、記事に向いた写真が欲しい、と言う事だろう。得心が入ったとばか
り、依姫は頷いた。
「では、脱いで下さい」
「辞世の句を読みなさい。大丈夫、苦痛は与えませんから」
「待った待った待った!? 待って下さい!?」
神速で抜き放たれた依姫の刀を首筋に添えられ、文は慌てて弁明をする。
「もうっ、文さんたら。ちゃんと順を追って話さないからです。……すみません依姫さん。私から説明させて頂きます」
「あ、ああ、これは失礼しました」
横合いからの阿求の声に、依姫は刃を収める。阿求の落ち着いた声から察する
に、妙な注文と言う訳ではなさそうだ。己の早合点を軽く恥じ、依姫は阿求の言葉に耳を傾けた。
「聞いた話、依姫さんは月の巫女なのですよね?」
「ええ、そうです」
「巫女さんであれば、巫女服に着替えて『お祓いしちゃうぞっ☆』とポーズを取るのが道理と言うものです」
「いきなり話が分からなくなりました。一体、何処の世界の道理ですか」
「更に巫女さんであれば、メイド服やバニースーツ、それにナース服も着るべきだと考えまして。あ、服は既にこちらで用意してます」
「明らかに巫女関係ないですよね。あと、無駄に手際良いですね」
「そして可能であれば、オトナな写真も入手したいと思いまして」
「つまり私が刀を抜いたのは正解であったと」
「そう言う訳ですので、脱いで下さい。大丈夫です、私は『一度見たもの忘れな
い』程度の能力を持ってますので、大丈夫です」
「何がですか!? て言うか、目が怖いですよ!?」
妖しい光を瞳に宿しながら迫る阿求に、依姫はたじろぐ。席を立ち、彼女から距離を取ろうと後退り、
「大丈夫です。痛い訳じゃないですし、減るものでもないですから。大丈夫です」
いつの間にか背後に回り込んでいた文に、がっちりと羽交い締めにされてしまった。
「離して下さい!? 痛くなくて減らなければ、賛同するってもんじゃないんですよ!?」
「大丈夫よ、依っちゃん。私も、前から依っちゃんのバニー姿とか見てみたいと思ってたから。大丈夫よ」
「そしてお姉様が参戦!? そもそも『大丈夫』と口にしている全員に、何一つ安心感を見出だせないのですが!?」
文と豊姫に拘束されて動けない依姫に、一歩、また一歩と阿求が迫る。
「「「さあ、脱ぎましょう」」」
「いやぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
絹を裂くような依姫の悲鳴が木霊する。
花瓶に生けられた百合の一枚がはらりと床に落ち、木目に彩りを添えるのであった。
「うう……。何でこの巫女服、脇が開いてるんですか……」
激しい抵抗の結果、着るのは巫女服だけと言う事で落ち着いた。頬をほんのりと桜色に染めながら、依姫は呟く。
「「「グッド」」」
そして豊姫、阿求、文の三人は、もじもじと身体を揺する巫女さんを、弛緩し切った顔と一糸乱れぬサムズアップで称えるのであった。
現在依姫が着ている巫女服は、博麗神社の巫女服を参考に、阿求が作らせたものだ。
と言うか、明らかに元デザインよりも露出が多い。
丈が全体的に短く、おへそは丸出し、袴は膝上。もちろん、博麗神社巫女服特有の、開いた脇も健在である。
「ちなみに、サイズは霊夢さんに教えて頂いたデータを参考にしました」
「道理でピッタリ合うと思いましたよ!? いつの間に調べたの霊夢!?」
地上の巫女の油断ならないその仕事ぶりは、依姫に戦慄を植え付けるに十分であった。
「さあ依姫さん、仕上げですよ! 先程指定した通りのポーズを決めての『お祓いしちゃうぞっ☆』、お願いします!」
カメラを構えた文が叫ぶ。
「い、いえ、流石にそれは……」
「頑張って依っちゃん! お姉ちゃん、応援しているからね!」
「て言うかお姉様!? 人前で依っちゃんは止めて下さい!?」
「豊姫さんから普段依っちゃんと呼ばれている、と。メモメモ」
「さっきから思ってたけど、阿求も本当に油断ならないわね!?」
「さあさあ依姫さん! 一度だけ、一度だけで良いので!」
「ううう……」
尋常でない勢いでポーズを要求する三人に、依姫はたじろぐ。そして、しばしの逡巡の末、
「わ……分かりました。い、一度だけですよ……?」
もはや退路無しと悟り、弱々しく頷いた。
「「「さあっ!!」」」
「…………お……」
意を決した依姫が、おずおずと口を開き、
「依姫様、豊姫様、来客中申し訳ありません。サグメ様をお連れしました」
「資料を持って来ました。後で良いので目を通しておいて下さい」
「お祓いしちゃうぞっ☆!!」
ガチャリと開いた扉に向かってポーズを取り、ヤケクソ気味に叫んだ。
「「「…………………………」」」
依姫、レイセン、サグメ。三者の間に、沈黙が降りる。静寂の支配する空間を切り裂くは、カメラのシャッター音のみであった。
やがて、
「……あ、あの、依姫様。と、とても可愛いですねっ」
「誰か私を殺してぇっ!! この脳裏に焼き付いた部下の苦笑の記憶と共に、私を滅ぼしてぇっ!!」
「パネェ……。依っちゃんマジパネェ……。この娘、私を萌え殺す気だわ……」
「月の賢者の言葉遣いが狂っているのですが!? サグメ様、その鼻血の量は命に関わりませんか!?」
精一杯の笑顔を浮かべるレイセンと、床の上に血の池を作るサグメ。両者の姿
は、依姫の羞恥心の限界をもたらすのに十分であった。
「さあ、次は少しずつ脱いで行きましょうか。先ずは帯を緩めるところから始めましょう」
そんな依姫へと、阿求が迫る。手をワキワキさせ、袴の帯を視線の先に捉えながら。
「何故そうなるのですか!? これで終わりのはずでしょう!?」
「約束は『着るのは巫女服だけ』でしたよね。その巫女服を着崩す分なら、約束の範疇だと言えますよ」
「そんな理屈認めませんからね!? 絶対に脱ぎませんからね!?」
「「つーかまーえた」」
「お姉様に続き、まさかのサグメ様参戦!? 離して!? 離して下さい!?」
「フィルムの予備はたっぷり用意してますからね。レイセンさん、手伝って下さ
い」
「あ、はい。分かりました」
「分からないでレイセン!? むしろ私を助けて!?」
「「「「さあ、宴の始まりです」」」」
「もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
穢れ無き大地の上で、穢れた野獣の毒牙が踊る。
神霊の依り憑く姫君の受難の時は、まだまだ続くのであった。