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あれから、リックは自分の工場に戻った。
もちろん、ヒロとエイジも連れて。
ヒロがこっちに来てから一週間。
評判は上々。
ただし週に二台しかできないことと、ヒロ以外では絶対にイジれないことが欠点だが。
チューニングは基本的に頻繁に行わなければならないために、
ヒロはあらゆるレーサーから引っ張りダコになってしまっている。
無理難題で脅してきたやっかいな走り屋も、
今ではすっかりヒロのファンだ。
ヒロだけではなく、片腕のエイジもいい動きをしてくれる。
技術はそこそこだが、経営を任せたら途端にその才を発揮した。
リックはすっかり店長兼技術班に回され、今ではすべての経営戦略をエイジ一人に任せるまでになった。
日本から連れてくるまではそう苦労はしなかった。
ヒロはエイジと同じ家で育ったために、家族の了承も一括で済んだ。
エイジと一緒ならヒロはどこでも大丈夫だと両親・本人は共に言い、悩んでいたのはエイジだけだった。
そのエイジも三日考えた結果、ヒロを絶対解雇しないという条件を突きつけ、渡米に踏み切った。
今日も評判を聞きつけた新しい客が、仕事依頼の為に訪れている。
「あんたのメカニックはヒロ・クラモトがやる。
人見知りする奴だから、あんまり話しかけるんじゃねぇぞ」
「日本人か。まだ子供じゃないのか?」
体の大きな男どもの中で、女のような細い体で車の下に潜り込んでいるヒロ。
最初の客は、必ず不安に駆られる。
エイジのおかげでリックの工場も人が増え、ヒロ以外の整備士・ディーラーが常時歩き回っている。
それでも最前線に立っているのはヒロだった。
大事な仕事は、ヒロに任せる、それが暗黙の常識だった。
「ナリは小せぇけどな。
ヒロは天才的なインスピレーションを持ってる。
安心してくれ」
ヒロを優しい目で見守る男は、依頼主にそう言ってほほ笑む。
横を通り過ぎるがたいのいい男が、汗で褐色の肌をテカらせながら言う。
「あのガキはバケモンだぞ。
お前のヘボマシンをGTO並にしちまう。
おい、ヒロ!
おめぇの客だ!挨拶しろ!!」
びくっと体を震わせて、オイルだらけの顔のまま、
こちらに走ってくる。
痩せぎすで、黒い瞳がなんとも可愛らしい。
「クラモトです、よろしく」
ぼぞりとした覇気のない声。
体を歪めるような変なお辞儀をして、同じようにとろとろと元の車に走っていく。
依頼主の男は慌てる。
「おい、データの話は…」
「ああ、データ打ちは必要ねぇよ。
ヒロは自分でやっちまうから」
依頼主は再び驚く。だがそんなリアクションも目の前の男は慣れた様子。
驚くのは当たり前だ。
チューニングは極めて精密な作業で、
下手な技術でやれば二度とその車が走る姿を拝めない。
最近ではデータ化して仮想マシンの中で、テストチューニングを繰り返して最も最高の状態に近づけていく方法が主流だ。
だがヒロはまず、その車を触る。
次にチューニングのために、エンジンを含む部品をほとんど外してしまう。
そしてもう一度組みながら、配置や全体の構想、改良部分を製図にも起こさずに、
最高の状態に仕上げていくのだ。
「部品の数だけで千を越えるんだぞ。
元の付属部品を覚えていることはあっても不思議ではないが、
その部品にとってのチューニングを一発でできるわけないだろうが!
技術と経験を積んでもいねぇあんなガキにできるか!
フザけてんじゃねぇ、テメェら!!」
案の定、怒り狂う依頼主。
いつものように、店長のリックが重い腰を上げて、依頼主の前に立つ。
「あんた新しい客か。
この店に来る前にきちんと勉強してこい。
うちのトップ、ヒロ・クラモトは計算しない。
自分の直感と本能で部品を組むイカれた天才だ。
ヒロを軽く見るんなら、最高のチューニングは諦めるんだな」
リックの覇気に後ずさりする依頼主。
その様子を、エイジとヒロが横目で見ている。
心強い兄を尊敬するように、安心した顔で。
ヒロは後に、技術の腕に惚れ込んだプロの日本人レーサーと共に、
さらに高みへと昇り詰めていく。
日本ではアーティストすぎるという気質で埋もれていた才能ゆえに飛び出したが、
最高の実力と謳われて戻って来ることになる。




