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カエリ  作者: sonora
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たまには真面目に気分悪くなる話が書きたかった後悔はしてる

結構すぐ終わります。

――始めはそんなんじゃなかった。ただの友達だった

――いつからか、少しおかしいなって思ってた。私達って友達だよね?

――もう誰も私に声を掛けてくれる人なんて……


 昼休みの学校、それぞれがそれぞれの友達と一緒に机を囲い仲良さげに食事をする時間。

 特にこの教室で目立つのは真ん中の列、後ろから2番目の席だ。


 「ねえ五十鈴(いすず)ちゃーん、あたしお腹すいちゃった~」


 椅子に座りその集団の、クラスの中心にいる明るい茶色の髪をした少女、(めぐみ)が大声で話しかける。

 その声を聞いてクラスで昼食を取っている生徒達が一瞬静まるが、すぐに元の会話を続ける。

 このクラスではいつもの光景、日常の一片にすぎない。

 

 机の上にはコンビニで売っている野菜サンドイッチと紙パックのオレンジジュースが置かれている。3つ入りの野菜サンドイッチは既に2つが無くなっていて、紙パックは握り潰され歪な造形へと姿を変えている。

 軽くウェーブした毛先をクルクルといじりながら恵は退屈そうな顔をする。


 「え? 恵も? ぐうぜ~ん。私は飲み物よろしくー」


 黒髪ショートの女の子がその声に続く。着崩したりはせず、いかにも優等生のような外見をしており、実際学校の成績も優秀であるこの少女は奈緒(なお)

 恵の隣の席を借り、弁当箱を広げている。ちょうど中身の半分程を食べ終えたところだ。

 その目は中心人物である恵ではなく、五十鈴と呼ばれた少女に向いている。

 汚物でも見るかのような軽蔑と嫌悪が混じったその冷たい視線は、人間に対するものでは無い。


 「じゃあ、くるみもー! くるみはねー。甘いのがいいな!」


 くるみは元気な声を上げ、ぴょんぴょんと跳ねる。小柄で小動物的なその愛嬌から一部の教員や男子生徒から好かれている。少し媚びたような話し方をするが、ある意味裏表の無い性格なので女子生徒からもそこまで嫌われているわけではない。

 恵の席の前の椅子を借り、ピーナッツクリームの入ったパンを一口大にちぎって頬張る。


 「うん……買ってくるね」


 廊下側の一番後ろ、そこが五十鈴の席だった。

 カバンから可愛らしいカエルの形をした財布を取り出し、早足で学校の購買に向かう。

 昼を少し過ぎた時間の購買は人気が無く、残った商品も高校生から人気の無い物ばかりだった。

 五十鈴はその中から側面が欠けたメロンパンと常温に近いコーヒー牛乳、それと梅干とおかかのおにぎりを1つずつ購買のおばさんに渡す。お腹がすいたと言った彼女たちが満足するであろう商品を五十鈴なりに選んだつもりだ。


 週に何度か昼にしては遅い時間に商品を買いに来るこの女生徒が明らかにおかしいことに購買の店員は気がついていた。成長盛りの年頃とは言え、毎回1人で食べる量にしては少し多い食べ物を買っていく。

 しかし購買の店員はあくまで部外者、もしそうだったとしても何か力になれることなんてない、部活動が終わった後に食べる為に買っているのかもしれない。自身への免罪符を作り出した店員は何も少女に語ることなく商品を売る。


 財布から取り出した千円札を渡し、代わりにお釣りの小銭を入れる。

 ビニール袋に詰めた食べ物を持って教室へと走る。


 


 五十鈴は教室の扉の前で止まり呼吸を整える。

 静かに扉を開き、真ん中の列後ろから2番目の席へ歩き出す。


 「あの……ごめんね恵ちゃん。これしか無かったけど大丈夫かな?」


 恵の机の上に買ったばかりのメロンパン、コーヒー牛乳、それとおにぎり2個を置く。

 スマートフォンを親指でいじっていた恵が置かれた食べ物に目を落とす。


 「え? 何これ? ちょっと五十鈴ちゃーん、あたしの机の上に生ゴミ置くなんてひどくない?」


 それを聞いていた奈緒とくるみが笑い出す。

 奈緒が机の上のコーヒー牛乳を手に取る。


 「マジひどすぎー。ってかなにこれ? 温すぎなんだけど、私達になんか恨みでもあるわけ?」


 「恵ちゃんだけに謝るなんてずるーい! 私たちにも謝って!」


 くるみが頬を膨らませながら五十鈴に抗議する。


 「ごめんなさい、奈緒さん、くるみちゃん……」


 下をうつ向き、ぎゅっと唇を噛み締めた五十鈴は、買ってきた食べ物を再びビニール袋に入れ始める。

 コーヒー牛乳を手に取ろうとした時、誰かの手が先にそれを掴む。


 「待って、折角五十鈴さんが好意で買ってきてくれたんだから、それを無駄にするなんて悪いわ」


 奈緒がコーヒー牛乳のパックの側面を開く。

 ストローがついているにも関わらず、わざわざそこから開けた事の意味を恵は悟ったがすぐに興味を無くして携帯へと目線を移す。


 奈緒が教室の扉の方へと歩きだし、五十鈴の席の前でピタリと足を止めた。


 「あっごめーん。手が滑っちゃったー」


 そう言いながら紙パックを五十鈴の机の上で斜めに傾ける。

 薄茶色の池がみるみると広がる。平面に広がった液体が溢れ出し五十鈴の机は泥水のような滝を作り、床へとその範囲を広げた。

 全ての中身を吐き出したそれを五十鈴の机の上に置いた奈緒が満足そうに話始めた。


 「ごめんねー、わざとじゃないの。でも許してくれるよね?」


 「――うん、そうだね」


 無理やりに作った微笑みを崩さないよう空になった紙パックをゴミ箱に捨て、ロッカーから雑巾を取り出し、自分の机を拭き始める。1枚ではすぐに足りなくなり教室の後ろに置いてあったトイレットペーパーを手に取る。


 「あっ! いけないんだー! くるみ達が前に教えてあげたじゃん! そうやって無駄遣いするのは環境破壊なんだよ~。ね、恵ちゃん?」


 自身の机を雑巾で拭く五十鈴を横目で見た恵が鼻で笑う。


 「そうね。授業始まる前にとっとと拭かないと隣の人に迷惑よ」


 「さっすが恵ちゃん! 隣の子の事考えるなんてえらーい!」


 五十鈴はトイレットペーパーに伸ばしていた手を下げる。

 掃除用具の中に入っている、いつから使われているのか分からない埃だらけの雑巾を数枚取り出し、床のコーヒー牛乳を吸わせる。

 茶色い染みを作ったそれらを水道まで運び、洗い流す。それを3回程続けた所で昼休みを終えるチャイムが鳴った。

 

 五十鈴は急いで雑巾を元の場所に戻し授業が始まる前に席に着く。全て拭き取れていなかったのか机はべとつき、甘ったるい臭いが周囲に漂う。

 隣の席の男子生徒は眉間に皺を寄せ、五十鈴を睨むと元から離れていた席をさらに横へと動かした。


 手には雑巾の独特な臭いが染み付き、吐き気を誘う悪臭が五十鈴を包む。


 クスクスと笑う声の方へと五十鈴が顔を向けると、あの3人がこちらを見ている。

 3人の席は離れているが、五十鈴の席からはちょうど全員が見える位置にいる。


 次の授業の教科書を取り出すために引き出しに手を入れると無機質な乾いた音がする。

 その音の正体を手で掴み出す。 

 食べかけのサンドイッチが入った袋と飲み終わった紙パックのジュース、ピーナッツクリームと書かれたビニール袋がそこにあった。


 五十鈴の引き出しをゴミ箱として彼女達が利用することはいつものことだった。

 そのまま彼女達が詰めたゴミを引き出しの中に戻し、ひどくボロボロの国語の教科書を机の上に出し他の生徒と同様に授業を受けた。





 始めは異常なこの事態をクラスの誰もがいけないことだと認識していた。にも関わらず誰も止めに入るということはしない。そんなことをすれば次は自分がそうなるかもしれないと思っているから……

 「きっと自分以外が自分の知らないところで止めてくれるはず」心の何処かでそう思っている。漫画や小説で見るようなヒーローが現れることなんて無い、子供の作った積み木のように絶妙なバランスでこのクラスは存在している。


 馴れとは恐ろしいもので、異常だと思われることも繰り返されるとそのこと自体に何も違和感を覚えなくなる。

 これが普通の出来事なのだと思うようになり、今の状況を生み出した。


 五十鈴は自分が毎日受けている出来事を他人に話したことは無い。もちろん「個」ではなく「全」にしか興味の無い教員がこの事に気がつくことも無い。



 

 五十鈴がこのような仕打ちを受け始めたのは2年生になってからだった。

 

 1年生の始めは恵と五十鈴は友達だった。実際2人もそう思っていた。

 社交的な性格の恵と内向的な五十鈴、2人の溝を深めたのはそのプラスとマイナスとも言える性格なのかもしれない。

 クラスが一緒で、すぐ近くの席にいた五十鈴に恵が話しかけたのが始まりだった。

 恵はその性格故、たくさんの友達が出来た。だからと言ってすぐに五十鈴との関係が悪くなった訳ではない。


 五十鈴は恵にばかり話しかけた。他に数人の話せる友達も出来たが、知り合いもいない寂しいクラスで始めに話しかけてくれた恵は彼女にとって特別な存在だったのだ。まるで初めて見た物を親と認識するような純粋さであった。


 恵にとって五十鈴は友達の内の1人、言葉にしなくとも五十鈴が自身に特別な感情を抱いている事は肌で感じていた。

 自分と五十鈴との友達としての認識の差、その違いが妙に気持ち悪く感じた。

 それから恵の中で急激に気持ちが冷めた。

 1度そう思ってしまうと五十鈴の何もかもが嫌いになった。


 五十鈴は恵の知っている多くの高校生と違っていた。子供の頃に誕生日で貰った財布を今でも使っている事、髪の毛も染めることなくずっと同じ床屋で切って貰っている事、微かに線香と畳の混ざった香りがする事、家にパソコンも無い機械音痴な所、私服も中学生の頃の物を今だに着続けている事、全てが嫌いになった。   


 始めは今まで会ったことも無いようなタイプの子で、それを新鮮にも感じていた。

 しかし1年生の3学期には恵の感情は完全に逆転していた。

 

 恵はだんだんと付き合いを無くそうかとそっけない態度を取り続けていたが、五十鈴は前と変わらず話しかけ続けた。体の全身から近寄るなと発してみても構わず話しかけてくる。

 恵はクラスが変わるまでだと自分に言い聞かせ、適当な相槌を打つだけの関係を続けた。



 2年生になり、恵の中で何かが切れた。

 「よかった。また同じクラスになれたね」

 五十鈴のそんな言葉がきっかけだった。

 今までは言わなかった。直接「貴方が気に食わない」と言うことは恵の良心が許さなかった。

 自分でも具体的に何が嫌いなのかも分かってなかったのだ。ただ単に気に食わない。それだけだった。

五十鈴を思って、せめて態度で示したつもりだった。


――もう、限界

 恵の頭の中にはその言葉が何度も何度も木霊する。

 どこまでも鈍感な五十鈴を少しからかってみた。

 日直の仕事を代わりにやらせてみたり、昼ご飯を買いに行かせたり、そのくらいだった。

 それで自分を嫌いになってもらえばよかった。


 五十鈴はいつも笑顔でそれに応えた。それが余計に五十鈴の逆鱗に触れた。

 五十鈴の友達、奈緒とくるみはそれを見て面白がり始めてから加速度的に内容がエスカレートした。



 この学校には五十鈴に優しく話しかける生徒はいない。

 クラスメイトが彼女に話しかけることは無い。他クラスの生徒は彼女の事について知らないが、そもそも違うクラスの人間と関わる機会はそう多くない。内向的な五十鈴なら尚更だった。


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