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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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九百九十九の華の意味 *矢玉

 紫子は困惑していた。

 目前にいるのは四人の青年。己の後ろにいるのは四人の少女。

 いったいこの図は何なのだろうかと。ひたすら困惑していた。




「あの、東郷さま。これは・・・・・・・」

 出迎えの挨拶を言う前にそう問いかけてしまう。

 ピアノ教室が終わり、後輩たちを玄関先まで見送り言葉を交わしていた。楽しかった、是非次回も、今度は友人を誘います。そんな言葉をたくさんもらい、紫子は心の底から嬉しく思っていた。ひとつやり遂げたという達成感、紫子が心に決めたある事が果たせそうな糸口。

 そんな場面で将臣の姿が門の先に見え、紫子はこぼれるような笑みで出迎えかけて、一瞬ののち、そのかんばせは困惑にくもってしまった。

 わかるものにだけわかる、凍りの微笑を浮かべた将臣。それを泣きそうな面持ちでちらちらと見る青年の部下の二ノ宮。いつも以上に達観した笑みで若干疲れた面持ちの山縣。

 そしてなぜだか、先日世話を受けた大林は炯々と光る眼をむけ獰猛にも見える笑みを浮かべている。

 事の成り行きがわからず、少女たちも困惑顔で何やらささやいている。

「こちらの御仁が、どうしても紫子さんに用があるとかでお連れしました」

 その台詞のなかに“しかたなく”という心の声が紛れ込んだ気がしたのは気のせいだろうか。だが紫子が問うより早く、大林が歩み寄る。

「紫子嬢、先日ぶりですね。傷は痛みませんか?」

 そういわれてしまえばあの日の振る舞いが脳裏に鮮明に思い出されて、頬に血が上る。転んだ手のひらのかさぶたを隠すように両手をすり合わせる。

「あの時は、お助けくださりありがとうございました。それなのに今までろくろくお礼を申し上げることもせず申し訳ありません」

「いえいえ、あなたの意思ではないとわかっていましたから」

 太い笑みに、何やら色々含ませているようで紫子の眉が下がる。

「その辺でやめとけ大林。将臣の顔が怖い」

 投げかけられた山縣の言葉に本気で救われた思いがした。

「あの、今日はどういったご用件で私をお尋ねになど・・・・・・」

「ああ、今日は」

 そういって差し出された包みを受け取る。中から現れたのは、いつか無くしたままになっていた草履の片方。

「灰かぶり姫の落とし物を届けに参りました」

 気障すぎる、ぼそりとした呟きが山縣の口からもれた。

 きちんと職人に修繕させたのだろう。しっかりとすげられた鼻緒を紫子は見つめた。

「このような、こと。あの」

「謝罪ならやめてください紫子嬢、どうせならお礼が聞きたいですね」

 肩をすくめて見せる芝居がかったしぐさに、何を言えばいいのかわからない。とりあえず、ありがとうございますと頭を下げた。

「ではついでにこれももらってくださいますか?」

 差し出されたのは、色とりどりの薔薇。秋風にその薫り高い匂いがふわりとまじる。

「あいにく先ほどの店では三十本しか手に入りませんでしたので、後程残りの七十本は届けさせます」

 謎かけのような意味がわからず、首をかしげたが再度差し出されて思わず受け取ってしまった。それを目に収め、将臣が唇を動かした。

「君にかかれば、赤い薔薇も薄紅の薔薇も。すべてまたたくまに黄色に染まりそうだな」

 酷薄なその響きに、紫子とその背後の少女たちがぎょっとする。

 すっとその青灰の眼を向けられ、紫子は固まる。

「紫子さん異国では花に意味をつける事はご存知ですか?」

「え、ええ。花言葉、というのですよね」

「中でも薔薇は花言葉が多いことが有名で、贈る本数によってもその意味合いが変わってくる。百本の薔薇の意味は――――――」


 『あなたと死ぬまで添い遂げたい』


 紫子の顔から表情が消えた。

「そういうことならこちらは受け取れません。大林様。戯れにしても悪趣味です」

「おや戯れでなく本気、と言ったら?」

「なおのことです。そんな戯言は聞きたくありません」

 目元を険しくする紫子の様子にこたえた様子もなく、大林は悠然と笑い突き返された花束を受け取ろうとしない。

 紫子の飴色の眼が、ついっと細められる。

「私は異国の風俗にはくわしくありませんので」

 そう断ってからその口唇をそっと開いた。


 夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ


「これを、返答とさせていただきます」

 詠まれた和歌に大林が面食らう中、少女たちのため息が重なる。

「え?なんだって?」

「お兄さま・・・・・・こんな有名な和歌なのですから知っておいてくださいな」

 枕草子ですわよ?と妹にあきれ顔をされてしまった。

「清少納言が藤原行成に返した歌で孟嘗君の故事をなぞらえて彼女は」

「すまん、要点だけ頼む」

「私と貴方の間にある逢坂の関はけして開きませんからね。という意味です。貴方と私が男女の関係になるということはない、という断りの歌ですわ」

 それが大林の耳にも届いたのであろう。自信に満ちた表情が苦笑へと変わる。

「才女の貴女と渡り合うのには、まだまだ俺のような男は勉強不足のようですな。出直してまいります」

 そう言いひょいと薔薇の花束を抱え、立ち去ろうとした男の背後に将臣は声を投げかけた、今の今まで薔薇を抱えていた紫子のその手をそっと持ち上げる。

「私なら、紫子さんに贈るのは九百九十九の薔薇にするよ」

 手のひらの傷口に、唇をよせながらの言葉だった。

 瞬時に紫子の頬が染め上げられる。

「やめ、てくださいと。いつも言っているではありませんかっ」

 動揺に上擦る声がまた恥ずかしい。

 急いで取り返した手を握り締めれば、背後から抑えきれない歓声があがりさらに飛び上がる心地がした。

 興奮で眼をきらきらさせながら少女達は囁きあう。

「まるで小説のような恋の鞘当ですわっ」

「あのやりとりなんてとても素敵で、紫子さまも」

「西洋の童話の、姫君と騎士のようではありません?」

 きゃあきゃあ言い合う少女たちの姿にいっそ眩暈がする。

「紫子さん?」

 大丈夫ですか、などと気づかってくれる言葉より何より。

「あ、明日からどんな顔をして女学校に行けばいいのですかっ」

 いっそ泣きそうな声で嘆いた。





***


あとがき


ちなみに999本の薔薇の意味は

「何度生まれ変わってもまた貴方を愛します」


中将、大林以上に重いです。


黄色の薔薇の花言葉はたくさんありますが

「うつろう心・愛情の減退・やきもち・嫉妬」

など恋愛でネガティブなイメージが強いので中将はああ言いました。ポジティブなのもあるんですけど今回はこっちのほうで

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