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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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鬼神の微笑み *奏嘉

男どもはわりとずっと子供のようです。


ーーーーーー事の始まりは、二時間ほど前の事だった。



普段から自身の周りをまるで犬のようについて回る部下、二ノ宮を適当にあしらいながら将臣は珍しく私服で街中を緩やかな足取りで歩を進めていた。


非番が重なったらしく、この後輩は将臣の謎に満ちた普段の生活(といっても口外するほどのものでもない為に口外しないのだが)が知りたいと物好きにも着いてきたらしい。



「中じょ…先輩、次はどちらに?」



癖からか中将と呼びかけたのを言い直しつつ二ノ宮は目を輝かせながら将臣の顔を覗く。



特に明確な目的を持って外を出たわけではなく、所謂ぶらぶらとしているだけなために期待されるのは困る。



困ったように眉を潜めながら、将臣はゆっくりも街を見回して行った。





「…花屋、花はいらんかね」



囀るような幼い声音が耳に響いて、将臣はそちらへと体を傾ける。



そこには美しい着物を着飾った少女が建物の隅に佇み、花を揺らしながら通行人へと声をかけている姿があった。



「花はいらんかね」



少女の表情には、一切の感情がない。


着せられた、という表現が合うその美しい着物が、少女にはあまりに似合わなかった。




江戸の時代からある花屋のその姿は何処か痛々しくて、あまりに傲慢な人間らしいエゴが疼く。



側に在る手押し車には沢山の花が積まれており、そこには文明開化の影を見せるように薔薇なども差されていた。



「……もし。薔薇が百本ほど欲しいのだが、あるだろうか」




将臣が声をかけようとすればそれよりも早く、その少女へと声をかける人物が青年の視界を過った。




何処か見覚えのある髪型とその体躯に、将臣は少し目を丸くする。




「…君は…、」




そう将臣が呟くより早くか、その男は将臣へと振り返りその目をいっそう細めてみせた。



「…これはこれは、珍しい御人に出会ったな」




日常的な会話に違いないというのに、鈍く光るあの青い光。




ーーーーー獅子をも狩る、鷹の目。




(……嫌な男だ)




第一印象からだろうか、将臣はこの男が酷く苦手だった。



それでも仕方なく平静を装いながら、将臣は唇を開く。



「それは此方も同じだ。……君にもそんな相手が出来たのか。知らなかったな」




花売りの少女に頼んだ、『百本の薔薇』の意味。

多くの異国の地を踏んできた大林にとって、それが何を指すのかなど、きっと理解できてのことに違いなかった。



「嗚呼、出会った瞬間運命の相手だと思ったよ」



まるで歌でも歌うかのように、大林は上機嫌に答える。




それが誰なのか、素直に問おうかどうかと悩んでいたその時、大林の口から突如飛び出したその名前に将臣の思考は一瞬完全に停止した。




「…婚約なら、まだ口約束だろう?」



自信たっぷりなその言動と表情に、将臣の表情は次第に不自然なほどの笑みへと変化していく。


大林の後を追うように、団子の串を銜えながら現れたこれまた私服の山縣は将臣の表情を見て状況を理解、引きつった笑いを浮かべた。


将臣の背後、完全に怯えきりあわあわと慌てる二ノ宮が余りに不憫に映り、仕方なくその二人の元へと歩み寄る。




大林の背を一瞥すると、山縣は盛大な溜息を吐いた。



(……やりやがったなこいつ)



その時の将臣の表情と身を纏う空気を、その場の誰もが真似をすることなど出来まいだろうと思った。



それほどまでに恐ろしかったのだと、後に二ノ宮は同僚に涙目で語る。





「やめとけってお前、まず顔と身長で負けてるだろ」



山縣がまずそこを褒めた当たりが本当に嫌味のようで、他には無かったのかと内心将臣はツッコミを入れた。



「男は顔じゃないだろう?確かにそれ以上に地位も名声もあるが、東郷殿は人間味が無いからな。その辺りや貿易の手腕等では負ける気はしないな」



ーーーーよくもまあこれほどまでに饒舌に、ぺらぺらと喋るものだ。



聞こえようによっては、人格が破綻しているとでもいったその口振りに山縣は腹を抱える。




「だがお前、そんなもので紫子さんが掴まると思うのか?」



「だから、試してやろうと言ってるんだ」



挑発的なその男に嫌気が差しながらも、受けて立つというように将臣はいっそう微笑んで見せた。

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