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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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懐かしい匂い *奏嘉

―――――こんな話を、自ら誰かに話すのは初めてかもしれない。

驚いたように自分を見つめる少女に、小さく笑うと言葉を続ける。



「私の母は、異国の女性でした。私が幼い時分に亡くなったそうですが」



少女は青年の傍らで、話しを静かに聞いていてくれている。

その事が何故が嬉しく、思考が穏やかになるのを感じた。



(……ああ、そうだ。彼女を知りたいと願うのに、自らを偽るのは傲慢だ)




ひとつひとつ、彼女に身の上の話しを曝け出していった。



(自分の事を話すのは、こんなにも難しい事なのか)


旧い記憶を、ひとつづつ簡潔に纏めながら、そんなことを痛感する。


母親が父の妾で、異人の歌姫であった事。

そのせいで幼いころ外に出してもらえず、幽閉されていた事。

腹違いの弟が、嫡男にも関わらず家督を自身に譲り書生をしている事。



「軍学校に入学していたので、それなりに武術や勉学は得意でした。それでも私には、夢や野望と言ったようものがお恥ずかしながら何もありませんでした。だからこそ、弟に好きな事をさせてあげたかった。その為には、『妾の子』を頭の硬い父に認めさせなくてはいけなかった…父が病床に伏し、中将になったところでやっとそれは叶いました」




そして目的を達成し、腐り切った軍部や政府の内情を知り、失望感に似た虚無感に苛まれた頃。



――――――この、美しく強かな女性に出会った。



目の前に佇む少女の飴色の瞳は、あの夜と同じ強い光を宿しながらも、美しかった紅い髪は朝露に濡れたような漆黒に染められている。




(あの姿を、捨ててしまうのだろうか)




何処か寂しげな青年の微笑みに、少女は、不思議そうに首を傾げる。




「こんな話をして申し訳ない」



小さく謝罪をすると、少女は「いいえ」と微笑み首を振る。

青年は苦笑すると、話題を変えようと手元にあった植物図鑑を広げる。



中身の無い封筒が、アイリスのページにそのまま収まっていた。



先程の少女の言葉とは合っていない状況に不思議に思いながらも、青年は少女の小さな膝に植物図鑑をそっと置くと口を開く。



「この図鑑も貰ってやってください。私はこれをただ読むより、貴女に教えて頂いた方が覚えられるようなので」



「ありがとうございます。…では、こちらは……」



植物図鑑を受け取りながらその青年の言葉に笑うと、少女は招待状が入っていた筈の封筒を拾い上げ、その薄さに気付き目を見開く。


中身を確認し、少女は更に動揺する。



「どうして……お返ししようと、本当に…」



困惑し声を漏らす。

その様子に青年も僅かに困惑し少女を見つめると、思い出したように少女が固まる。


先程、義母兄が自身からこの封筒を取り上げ、汚い言葉の羅列で愚弄したあの時。

そのまま、招待状はどうなってしまったのか。



あの『父』と瓜二つの性格の義母兄のやることなど、容易に予想がついた。





「申し訳、ございません…」



少女が頭を下げようとするのを、青年がそっと制止する。



「貴女の様子を見れば解ります。貴女の意志では無いのでしょう」



微笑みを浮かべそう告げると、「それに、」と呟きながら青年は少女の手を掬う。



「私には、喜ばしい事です。また違った貴女を見れるかもしれないのですから」




僅かにぽかんとする少女を見ると、青年が少女の手の甲に唇を寄せた。




「私は、貴女の事をもっと知りたいのです」




貴女が、あの時のように、自由に生きられる方法があるのなら。





(私に出来ることは、なんなのだろう)





あの夜、救われたのは、私の方だった。





―――――その恩返しをしたかった。


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