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『明治浪漫譚(仮)』→『花あやめ鬼譚』に移行します  作者: 矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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母達の遺した思い *矢玉

「なぜ、母は私を産んだのでしょうか」

 ぽつりと零された呟きに、明代は眉をひそめた。

「きっともっとやりようがあったはず。死産とでも偽れば、きっと逢崎から追い出されずにすんだはずです。なぜ藤乃の母上は、私を捨てなかったのでしょうか」

「お前は藤乃を侮辱する気ですか」

 怒りに柳眉を逆立てる明代に我に返ったたようにその飴色の瞳を瞬かせる。

「藤乃がそんな鬼のような振る舞いをするとお前は本当に思っているの?それならば藤乃に謝りなさい。私はお前をそんな愚かな娘に育てた覚えはない」

「違います!そんなことを思っているわけではありません!!」

 必死の形相で叫ぶように言い放つ娘に、今度は明代が目を丸くする番だった。

「なぜ、母親はそんなことをしてまで子を生かそうとするのですか?私にはわからない。なぜ自分の命を引き換えにしてまで、自分の幸福を犠牲にし、周りを不幸にしてまで」

「母親というのは、そういうものですよ。身を分けたわが子のためなら、鬼にも仏にもなれる。私は子を産めなかったけれど、それぐらいはわかります。私にはお前という子がいるのだから」

 泣きそうな顔をその両手で覆い紫子が囁くように落とした一言に、明代は瞠目した。

 ならばアロイスさまの母上も、そうだったのでしょうか、と。

「紫子?」

 その言葉に我に返ったように、少女は指をついて礼をし、女学校へ行ってまいりますとだけ早口に告げその襖の向こうに消えてしまった。

 明代がそのまま考え込んでいると、ふと自分に呼びかける言葉ではっと我に返る。

「明代さん?入ってもよろしいかしら」

 是と応えれば、この家の女主人が小さな盆を下げて明代の布団の横に座る。

「栗をね。沢山頂いたの。だがら栗きんとんを作ってみたのだけれど、お口に会うかしら」

 おやつにしませんか?ころころと笑いながらそう告げられ、明代は目を細めた。そして不意にその声色を変える。

「弥生さん、この問いはあなたをご不快にさせるかもしれません。もし、お応え願えないならそれも結構です」

 その瞳に強い光を宿し、明代は口を開いた。

「将臣殿はあなたが産んだお子ではありませんね?」

 動揺したように、かちりと湯飲みを鳴らした弥生は信じられないものを見る眼で明代を見た。

「それは、紫子さんからお聞きになったのですか・・・・・・?」

「いいえ、あの子はそんなことを気安く話すような子ではありませんよ。あの逢崎がわめいていたのです。将臣殿に向かって“混血児”と」

 立ち入ったことを尋ねる無礼は、重々承知です。そう告げながら続ける。

「何やら、紫子が悩んでいるようです。おそらく将臣殿の母上について。あの子も、母親については色々ありましたので。あの子はきっと将臣殿には何も言えないのでしょう」

 紫子の事情は、すでに弥生も聞き及んでいた。ふと瞳を下げ、弥生はお話いたしますと静かに告げた。


***


 さんざん迷ったものの、山縣が将臣に伝えられたままのことを薫に告げると、彼女はその白皙顔から更に血の気をひかせた。

「嘘・・・・・・嘘です、嘘・・・・・・。だってあの方は、あんなにも母さまに似ている。嘘です!!」

 そういって駆け出した薫を止めることも出来ずに、山縣は見送ってしまった。




 異人の女性が尋ねてきた、そう下士官が告げられ将臣はだいたいの事態を悟った。

 案内を振り切ってきたのだろう。息を乱したままの彼女が執務室に飛び込んで来たのにぎょっとして飛び上がる二ノ宮に退出をうながし二人だけになった部屋で彼女が叫んだ。

「Werden Sie sein Alois, Ihr älterer Bruder?!Warum lügt es?

(あなたが兄のアロイスなのでしょう?!なぜあのような嘘をつくの)」

 母によく似たその顔を歪められれば、心のどこかに痛みが走る。けれどそれを無視し、淡々と告げる。

「Wahrscheinlich hörte es von Yamagata.Alois, Ihr älterer Bruder, starb.Wenn jung.Der Großvater tötete.

(山縣から聞いたでしょう。君の兄であるアロイスは死んだ。幼い頃、実の祖父の手に掛かって)」

「・・・・・・Was?(・・・・・・え?)」

 信じられない言葉を聞いたように、薫はその大きな眼をまたたかせた。

「Welcher wird nicht gemocht, und ein fremdes Kind wird Sie nicht in diesem Land kennen.

(君は、この国で異人の子がどれだけ厭われる存在が知らないだろう)

Das... fremde Substanz des Mischlings, die zur angesehenen Familie geboren wird .Es Beseitigung sofort.

(名家に生まれた混血の子などという異物は、そうそうに取り除かれる)」

 悪鬼のように歪んだ顔で刀を振り下ろす、祖父のまなざしは今でもこの眼に焼きついている。

「Deshalb.Alois hat kein Grab auch. (だから、アロイスには墓も無い)」

 そうアロイスの墓は、あの桜の木だけ。

「Ich bin Alois' Bruder Masaomi.Verstehe ich?Gehen Sie bitte fort.

(私はアロイスの兄弟の将臣。わかったなら出て行ってくれますか?)」

 冷淡にも聞こえるその声で告げれば、薫はその青灰の瞳から一粒だけ涙を零した。


***


 昼間の出来事で、心がだいぶ疲弊していた。

 無性に紫子の顔が見たくて、あの細い体を腕に抱きたいと思いながら、馭者に礼を告げながら自宅の門をくぐる。女中が出迎えの言葉をかけた後、こっそりと告げてきた言葉に首を傾げる。

 明代が自分を呼んでいるというその言葉に。

「明代さん、将臣です。入ってもよろしいでしょうか」

 どうぞと次げる言葉に、襖を開ける。

 明代は半身をおこし、布団に座していた。その顔色が良いのに、将臣は安堵する。

「お帰りになった早々、お呼びだて申し訳ありません」

「いえ、ご健勝そうで何よりです。何か、私にご用でしたか?」

 その瞳を伏せながら告げられた言葉に、将臣の息が止まった。

「弥生さんからお聞きしました。あなたの産みの母のことを」

 呆然とする将臣に、明代は少し微笑んで告げる。

「異国の方だったそうですね。金の髪に、あなたと同じ青灰の眼の。さぞや美しい人だったのでしょう」

 言われた言葉に何の反応も返せない将臣を置き去りにしたまま、明代は続ける。

「結核で亡くなられたと聞きました。あなたをひとめ父親に会わせるために病床の身でありながら海を渡りこの国へ参られたと」

「は、い」

「けれどあなたはこの家に認められず、亡くなった弥生さんの長子の“将臣”殿として生きている」

「・・・・・・そうです。私は、将臣や母の身を喰らってのうのうと生きている」

 己を嘲るようないい様に一呼吸おき、明代はその身を動かした。

「失礼しますね」

 ばちん、と音を立ててその両頬がはられた。

「母親を馬鹿にするのも大概にしなさい、この痴れ者が」

 両頬を包むようにしながら、明代はその柳眉を怒りにひそめる。

「なぜあなたのせいなのです。母上は病気だったのでしょう。それを自分の所為だと思うことで自分に酔っているのですが、馬鹿馬鹿しい。母親の気持ちを、決意を踏みにじるまねですよそれは。だいたい、自分の命をどう使おうか、己の勝手でしょうになぜ紫子もあなたもそうぐちぐち思い悩むのです。藤乃もあなたの母上のミシェル殿も、自分がしたいから己の子を生かすために無理をしたのです。それは己の勝手な決意で行動です。それをなぜ己の所為だと思うのですか」

「いえ・・・・・・母は、母国にいられたらもっと長生きできたはずなのです。独国は医学が進んだ国で、結核さえ治せると」

「そんなものは希望的観測でしょう。治療法があっても病で命を落とすものがどれだけいると思っているのです。ミシェル殿は天秤にかけたのでしょう。自分の死ぬかもしれない命と、あなたを父親にあわせたいという己の欲を。あなたのためと言いながらそれは真実自分のためです、あなたのために行動したかった自分の欲です」

「そん、なことは」

「正直、ほうっておいてくれと思いますね。私がミシェル殿の立場であったら。自分の生きたいように生きて何が悪いのですか。だいたい人は必ず死ぬのです。それでもどうしても自分の所為だと思うなら、くよくよ悩んでないで、しっかりと幸せになること。それが一番の恩返しで、母達の行為に報いる行為です。いつまでも自分の所為で、産んだ子が不幸であったらそれこそ“死にがい”がないでしょう。あなたは母の死を犬死にする気ですか?」

 母親の一人として言います、そう告げる明代の言葉は厳しく優しい母の顔をしていた。

「幸せに、おなりなさい」

 お前もです、紫子。そう隣室の襖に向け放たれた言葉にその肩がびくりと揺れる。

 すっと明代は立ち上がり、隣室の襖をさっと開ける。

 その先には泣き崩れる愛しい少女の姿があった。声を殺すためか、口元に手をきつく当て嗚咽を噛み殺している。

「あとは、馬鹿な子ども同士で反省しなさい」

 それだけ告げ、颯爽と明代は部屋を後にする。

 紫子と将臣、どちらとも無く手を伸ばし、その身を腕におさめる。かみ殺し損ねた嗚咽の合間から、紫子が呟いた。

「母達は、赦してくれるのでしょうか。母を殺した私たちを、本当に?」

「わかり、ません」

 泣きたい気持ちで、顔を歪める。わからない、本当に、わからないことだらけで、混乱し心が乱れぐちゃぐちゃになってしまいそうだ。

 しばらく寄り添いながらその身を抱いていると。徐々に少女の嗚咽がおさまってきた。その身の震えさえ愛しくて、そのままその細い体を抱いていた将臣の耳に紫子のささやきが落とされる。聞いてください、と。

「私も言いたい事があったのです。アロイスさま」

 知っていますか?私はあなたを将臣さまと呼んだことは、一度も無いのです。そう告げられ瞠目する。そういえば少女は外ではずっと“東郷さま”と呼び、二人きりの時だけ“アロイス”と呼んでくれていた。

「私はあなたを将臣と呼ぶのが、怖かった。あなたは将臣と呼ばれ、自分で振る舞ううちにあなたを消してしまう気がして」

 私だけは、あなたがアロイスであることを守らなければ。あなた自信は少しも守らないから。

「はっきり考えていたわけではないでが、そのようにどこかで思っていたから、呼べなかった」

 震える声で告げられる優しい言葉を、どうすればいいか、本当にわからない。

「名前を貸してくださる将臣さまも、自分があなたを殺したと知れば悲しく思うのではないですか」

 あなたの、ご兄弟で。伊織さんの兄君で、弥生さんの息子である方なのですから。

◆あとがき


ドイツ語がんばった。翻訳サイトさん使ったけど!でも日本語→ドイツ語→日本語とやってあまりに不自然なら表現かえたりー・・・とか地味な努力を。独語わかるひとからしたら変かもしれませんがスルーで

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